第6話
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身支度を整え、前橋さんと家を出てエレベーター内にて。
俺は、周りが田んぼだらけの田舎にはちょっと異物感のある14階建てのマンションの12階に住んでいる。
12階から階段で1階まで行けなくもないが、さすがにエレベーターを活用する。
「前橋さんはこれからどうするんだ?」
「うーん、どうしようかしら。目覚めたのはあなたの部屋の中だけど、ずっとこのままってわけにもいかないだろうし、なんで私がこの世に幽霊として現れたのか分からないまま。いつ消えるかも分からないけど、とりあえず今まで行ったこともなかったところを旅してみるのもいいかなって思うの」
相変わらず無表情だが、こんな訳も分からい状況にも関わらず、なんだかワクワクしているような感じがする。
この状況を楽しんでいるのか?
ちなみに、幽霊だから足がなくて空中をフワフワ漂っているような姿を想像する人もいるかもしれないが、ちゃんと足があるし、薄っすらともしていない。
しっかりと足を地面につけ、生きている人と見分けがつかないほど、はっきりとここに存在している。
「いいんじゃないかな。生きているときにできなかったことをやってみても。空は飛べるの?」
本当に幽霊かと疑いたくなるような佇まいでいるので、興味本位で気になっていた質問をぶつけてみた。
「飛べるわ。ほら」
飛べるんかいっ!
さっきまで俺の頭一個分下の方にあった目線が、俺と同じ高さになった。本当に浮いている。
普通に生きている人と遜色ないほど当たり前に存在しているから幽霊なのかと疑いたくなることもあるけど、これは確実に人間ができることじゃない。
「すごいな。だったら空を自由に飛んで、色んなところに行けそうだな」
「でも、これくらいの高さだとしてもすぐ疲れちゃうの」
スッと、また先ほどと同じ高さまで目線が下がる。同時にエレベーターも1階に到着し、エントランスホールを抜け、外に出る。
「俺の中の幽霊のイメージだと、フワフワ自由に空に浮かんで、あちこち飛び回れるもんだと思っていた」
「現実ってこんなものなのかもね。でも自分の知らないことを身体で感じて、自分の狭かった世界がどんどん広がっていく感じはすごく素敵なことだと思うの」
この子は周りや自分が言うほど外の世界と関わっていくのが嫌いじゃないのかもしれない。ただ溶け込みにくいだけで。
「確かにな。じゃあこの辺でお別れかな。朝起きたときはびっくりしたけど、元気でな。幽霊に元気でなっていうのも変な話か」
へへっと自然に笑いが込み上げてきた。
女の子に面と向かって笑えたのはいつ以来だろうか。
「そうね。あなたも私とこんな風におしゃべりできるってことは、他の子とも仲良くできるんじゃないかしら。あなたこそお元気で」
そう言って俺はいつもの通学路へ、前橋さんは俺とは反対方向へ歩いていく。
こうして、不思議だけど、なんだか懐かしくて、楽しくて、もしかしたらもう少しだけこのままでいたいと思えるような時間が終わりを告げる。
そんな朝の出来事をしみじみと思い返していたとき、
「ぐへっ」
そう遠くない距離で、苦しげな短い叫び声。
何事かと振り返ってみると、
————仰向けに倒れている前橋さんの姿があった。
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