第47話 そして時は流れて

村雨が目を覚ましたのは3日後のことであった。保護された村雨と時雨はすぐに病院へ。時雨は非常に衰弱すいじゃくしていたが、医師たちの懸命な治療により元気になっていった。村雨も同様。傷はすぐに完治した。


義久と海琴は――当然といえば当然だが、ダメであった。


海琴は出産による失血死。義久は何度も腹部を刺されたことによるショック死。村雨が入院している間に葬儀そうぎは終わらせられた。


もちろん警察は他殺として考えて捜査が開始された。しかし有力な手がかりも見つからず。最終的に迷宮入りとなることになる。


――両親を一夜にして失った村雨と時雨。2人は祖父母である官寺と菫に引き取られた。


「――村雨」

「じいじ……ばぁば……」


泣きそうになる村雨を2人はただ抱きしめるしかなかった。




――時間は流れていく。義久と海琴の死から10年後。村雨は15歳、時雨は10歳となった。


どちらもすくすくと育ち。2人は町一番の美少女姉妹と言われるようになった。


時雨は――両親のことは覚えていない。あんなことを幼い時雨に言えるはずもなく。祖父母を実の両親のように慕っている。


村雨も両親の記憶は徐々に薄れつつあった。なにせ5歳の時のこと。覚えておくのにも限界がある。ただ一つ。決して頭から離れない言葉――。


『妹を守ってやるんだぞ』

『妹を護ってあげて』


この言葉だけは。ずっと胸の中にあり続けていた。




「――ほ、ほんとに行っちゃうの時雨?」


村雨が詰め寄るように言う。


「心配しすぎだよ村姉むらねぇは……ただのお泊まりだよ?」

「でもさほら。最近は世の中物騒でしょ?時雨は可愛いし……変な男の人が絡んでくるかも!」

「別に外に遊びには行かないよ。出ていくとしても、てるちゃんのパパとママも着いてきてくれるらしいし」

「うぅ……でもぉ……」

「心配症だなぁ村雨は!」


居間の方から官寺の大きな声が聞こえた。


「こんなバカ田舎に悪い奴が来るわけないだろ?」

「バカ田舎だから来るのぉ!行動力のすごい変態ってよくいるものなんだよ!?」

「――朝からやかましいわね」


眠たい目をこすりながら起きてくる菫。老人は早起きのイメージがあるが、この人は例外らしい。


「あら?まだ時雨行ってなかったの?」

「村姉に絡まれてて……」

「お婆ちゃん!お婆ちゃんも言ってよー。心配だよね?時雨のこと」

「もう子供じゃないんだから駄々をこねないの。有馬さん家はいい所だから。強盗も悪漢あっかんも居ないわよ」

「お婆ちゃんまで……」


時雨はソワソワとしている。早く行きたくて行きたくてたまらないようだ。


「ほら光ちゃん待たせてるんでしょ?早く行ってあげなさい」

「ありがとうお婆ちゃん!」


菫の声と同時に家から飛び出る時雨。


「あ――もう!気おつけていくのよ!!」




腹いせだろうか。村雨はテレビを見ている官寺の背中をドンドンと叩いていた。


「もう!もう!時雨行っちゃったじゃん!お爺ちゃんとお婆ちゃんのせいで!」

「あーそこそこ。もうちょっと上も頼む」

「……もう!」


官寺の言う通り、少し上の部分を叩いた。


「いい加減、妹離れしなさいよ。もう15歳でしょ?」

「15歳でも妹は可愛いのー!」

「おせんべい食べる?」

「……食べる」


お婆ちゃん特製オリジナル砂糖さとう醤油じょうゆせんべいを口に放り込む。


「将来はどうするの。もうすぐ卒業でしょ?高校はこの辺りに無いし……そんなベッタリしてたら一人暮らしできないでしょ」

「……まだ家出たくない。働く」

「ダメだ」


――ふざけていた声から一気に真面目なトーンに。叩く拳が少し弱くなった。


「お前は頭がいいんだから高校へ行きなさい。せめて働くのはその後でもいいだろう」

「でも……」

「時雨もお前も。どっちも大学まで行かせてやる金くらいはある。それともなにか。爺ちゃんと婆ちゃんが信用ならないか?」

「そ、そんなこと……ないけど……」

「あなた。強く言いすぎよ」

「……すまん」


しょんぼりとする村雨の手を菫は握った。


「貴女の気持ちは……簡単に『分かる』って言えないわ。でも貴女が時雨を大事にする気持ちは分かる。だけど……貴女にとっての時雨と同じように、私たちも貴女が大事なのよ。しっかりと未来を生きてほしいの。……パパとママの分まで」

「……分かってるよ。分かってる……もん」

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