第48話 にげられない

「……ばか。ばか。お爺ちゃんもお婆ちゃんも」


敷布団しきぶとんにくるまりながら天井を見上げる。時雨はまだ菫と一緒に寝ている。途中までは『私も時雨と一緒に寝る』と言っていたが、中学に上がったあたりから『あんたは流石に卒業なさい』と菫から言われてしまった。


なので今は一人部屋。そりゃ怖くなんてないが……時雨と一緒じゃないのが寂しい。


「……はぁ」


――言われなくとも分かっている。自分でも過保護すぎるのは分かっているのだ。友人からは『シスコン』と呼ばれてるし、光ちゃんからは『妹大好きウーマン』とか言われてる。


それでも心配なのだ。時雨が可愛いのもあるし――両親から言われた言葉もある。


「どうしよ。これから……」


結局まだ高校も決めていない。まだ7月とはいえ、時間はあっという間に過ぎていくものだ。さっさと決めて勉強するならしないと。


「……ダメだ。眠れない。今日は起きとこう」


まだこの時代にはスマホがない。テレビも居間に一台だけ。たまに眠れない時はとても暇になる。そんな時に村雨がやっていることは――アルバムを見ることだ。


昔の時雨の写真を見る。とても可愛い頃――今も可愛いが。時雨の写真をずっと見ていると楽しくて時間がすぐに経つ。だから眠れない夜にはよくアルバムを見ていた。


……このことを友人に言うと気持ち悪がられる。だから今は誰にも言っていない。村雨だけの秘密である――。




その頃。居間では官寺がテレビを見ながら酒を飲んでいた。菫はコップに注ぐだけで飲んではいない。


「……」


昼間は漫才やらバラエティなどを見ていたが、村雨が寝室にいる今はずっとニュース番組だけを見ている。


淡々と今日起こったことを話すニュースキャスター。面白みなどあるはずもない。そんなものを2人は0時を過ぎるまでずっと見続ける。


「……今日も……か」

「そうですね……」


その理由は単純。――義久と海琴の事件の進展である。


最後に話を聞いたのは3年前くらいだろうか。ワイドショーでやっていたのを見ただけだ。あれだって特別な情報もなく。何かが進展したわけでもなかった。


最初の頃は毎日のように報道されていたが、もう誰も覚えてすらいないだろう。不満はあるが……仕方の無いことだ。


しかし少しでも希望があるのなら。見られずにはいられないのだ。だから毎日毎日。2人は『今日こそは』と思いつつテレビの前に座るのだ。


でも……『今日もダメだった』と落胆するのも毎日のこと。2人は黙ったまま寝室へと向かうのだった。




――次の日。村雨はソワソワとしながらテレビを見ていた。


「……どうしたトイレか?」

「違うし」

「ん?じゃあどうしたんだソワソワして」

「ソワソワしてないし」

「――どうせ時雨を迎えに行きたいだけなんでしょ」


机に置かれる昼食。今日はそうめんだ。


「お前なぁ……昨日言ったばかりだろう」

「ちゃんと高校には行くよ。決めたから」

「え?……そ、そうか。ならいいんだが」

「――だから決めた!その前に時雨とできるだけ一緒に居るって!」


梅を裏ごしにしたものを麺つゆで溶く。これだけで1キロは食べられるほど美味しいのだ。村雨も時雨も大好物。『いただきます』と言った瞬間にすすり始めた。


「……なんか妹好きシスコンに拍車がかかった気がするんだけど」

「ま、まぁ離れたらちょっとは収まるでしょ。ささ食べましょ」



――食事を終えて数時間。村雨は立ち上がった。


「――それじゃあ行ってきます!」

「おういってら――って速いな」


まるで神速。言葉が終わる前には家を出ていた。


「本当に妹離れできるのか……あれ」

「なんとかなるでしょ……多分」


食器の洗浄、そして夕飯の用意をしながら菫は答える。


「今日のご飯はなんじゃらほい」

「ラーメンでも作ろうかなって。村雨が高校へ行く決心をしたお祝いにってね」

「ははは、村雨よりも時雨が喜びそうだな」

「だからラーメンなのよ」


今へ戻って座り込む。村雨も居なくなったので、官寺はいつものようにニュース番組へと切り替えた。






――映らない。砂嵐になった。


「あれ?なんでだ?」


横を叩く。……直らない。


「アンテナが悪いのか……面倒だな」


また屋根に登って見るしかない。前回は屋根から落ちかけて死ぬ思いをした。なのでまたとなると憂鬱ゆううつな気持ちになる。


とりあえず見れないものを付けててもしょうがない。テレビの電源を消した。



――消えない。何度押しても消えない。


「……どうなってんだ?」


砂嵐はずっと音を立てている。灰色の砂嵐が――――。




――赤色へと変わった。


「……!?」


異変に気がついた官寺は咄嗟とっさに後ずさりする。


「……菫?」


――もうひとつ。異変を感じた。菫の音がしないのだ。台所に菫がいるはずだが、台所からは音がしてこないのだ。


「菫――菫!」


台所へと走る――するとそこには倒れている菫の姿があった。


「は、お、おいどうした!?」


目、鼻、口。顔の穴という穴から出血している。重体だ。呼吸もしていない。心臓は――かろうじて動いているが、いつ動かなくなるか――。


「すぐに救急車を呼ぶからな――――!!」


家には電話もある。救急車を呼べば遅くても20分くらいには着く。今ならギリギリ間に合う。だからできるだけ早く電話を――。



気がついた時には遅かった。背中に。ゆっくりと背中に手を当てて。ゆっくりと首に手を当てて。――は言った。


『お前だろ。私の邪魔したの。許さないからな』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る