第38話 死神を着た悪魔

それから一週間後。十分に休息した3人は帰宅することにした。


「もう少し居ればいいのに」

「悪いしいいよ。それに1週間も空けりゃあ相手も諦めるだろ」


楽観的。そうとしか言えない。だがストレスが抜けた今の状態では誰も文句は浮かばなかった。



その次の日は早速出勤。海琴も仕事に行き、村雨も幼稚園へと行った。


1週間も休んだので仕事は山積み。周りからの心配の声もほどほどに。喜久は頭をきながら仕事にはげんでいた。


「大変そうだな。少し寄越せ」

「あぁ悪いな」

「そう思うなら昼飯くらい奢れよ」

「今ので奢る気なくした」


喜久の軽口を聞いて岩尾も安心する。


「ストーカーだっけ?戻ってきてからはどうだ?」

「帰って一日目だぞ。なんもないよ。居なかった間に家に入られた形跡もなし。多分相手も諦めたんだろ」

「……もうあと1週間くらい休んだ方が良かったんじゃないか?」

「仕事をこれ以上は空けられない」

「そうか……なんかあったら言えよ」

「おう」



仕事も一区切りを終えた。体を伸ばして骨を整える。手元にある缶コーヒーを飲もうとした時――ふと気がついた。


「……祐希ちゃんは?」

「あ、そうなんだよ。お前と同じくらいのタイミングで祐希ちゃんも休んじゃって。珍しいよなーあの仕事ウーマンの祐希ちゃんが」

「……」


――悪い予感がした。――嫌な予感がした。


背筋が冷たくなるような。あの恐ろしい目線。悪意と憎しみに満ちた目線を喜久は思い出していた。




幼稚園では村雨が無邪気に遊んでいた。大人たちの苦労も少ししか知らない。なんとなく『悪いことが起きてるんだろうな』と思うくらいだ。


久しぶりの友人。先生。昼食を終えて元気いっぱい。楽しい楽しいグラウンドでの鬼ごっこ。何も考えなくてもいい子供の特権だ。


楽しくワハハ。嬉しくキャハハ。そうやって走り回っていた時――柵の外に女が見えた。


「――――?」


女は手招きをしていた。警戒心のない村雨は無垢むくな笑顔で女に近づく。


「どうしたのー?」

「……貴女。青谷村雨ちゃんだよね?」

「そうだよ!」


顔はとても美人で。頭がクラクラするほどいい匂いで。母親のように優しい声で。


見とれてしまう。見惚れてしまう。警戒心もさらに緩んでしまう。そんな村雨に女は――



――鎌を振り上げた。


「――え?」


振り下ろされる――が、柵に少し引っかかった。刃は村雨の額に少し刺さる程度で止まる。


「ちっ――――」


もう一度鎌を振り上げる――が、異常に気がついた先生が走ってきた。


「ちょっと!!何やってるんですか!!??」


女は顔を隠しながら走り去っていった。



村雨は大きな声で泣いていた。心配した園児たちが近寄ってくる。


「他の先生を呼んできてくれる?」

「う、うん」


抱き寄せる――額の傷はそう深くない。驚きと恐怖で泣いているだけのようだ。ひとまずは安心――してはダメだ。先生の目から見ても明らかに女は村雨を殺しに来ていた。


子供を殺すなど相当な理由があってもできないことだ。異常者。もしやすると――いや絶対。あの女が幼稚園に死骸しがいを置いていた犯人。青谷家に死骸しがいを置いていたのも同一人物だ。


疑問や理由。そんなものよりも確定的なもの。――あの女は狂っている。ほとんど部外者の先生ですらそう感じた。


「何があったの――――!?」


呼んできた園児と共に園長先生が走ってくるのを村雨は先生の胸から見ていた――。




警察からの事情聴取を終えた村雨と海琴。疲れと安心からか眠っている村雨を抱えたまま家へ帰宅。――その道中で汗だくになりながら走ってきた喜久が合流した。


「すまん、すまんすまん……電車が止まってて……走ってきた」

「大丈夫よ。傷も深くはないみたいだし。汗だくじゃないもう……」

「あぁごめんな村雨……」


頭と頬をでる。前髪からチラチラと覗く絆創膏ばんそうこうの端を指の腹で触った。


「警察は?」

「調査するって。すぐに見つかるわよ」

「くそっ……最初から動いてくれたらこんなことにならなかったのに」

「……そうね」


怒りのあまり道端の石を蹴り飛ばした。


「ちょっと……!」

「あ……すまん」


村雨は眠っている。その顔を見て怒りがほんのりと和らいだ。


「とりあえず帰りましょう。お義父さんとお義母さんも来てくれているらしいし」

「……ごめん」

「悪いのは村雨を傷つけたやつよ」

「……そうだな」


夕暮れの中3人は家路につく。その夕日には雲がかかっていることにも気が付かず。

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