第6話 終わりの始まり

「では失礼しました!」

「じゃあおやすみー」

「気おつけて帰れよ」

「風邪ひかないようにね」


話も終わり、家を後にする2人。そのまま歩いていこうとする八重を陸が止める。


「私の言ったこと……決して忘れるなよ」

「――分かりました」




帰り道。時雨が聞いた。


「何を話してたの?」

「『時雨を悲しませたら怒るぞー』って話」

「ふーん。怖くなかった?」

「死ぬほど怖かった」


まだひたいに残っている冷や汗がその緊張を物語ものがたっている。


「……あのね。悪い人じゃないんだよ。ちょっと見た目が怖いだけ」

「それは分かってるよ。ちゃんと時雨のことを考えてるいい人だ」


冷や汗をぬぐいながら話を続ける。


「それと……ご両親のこと初めて聞いたんだけど」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてない」

「あの人たちは私の叔父おじ叔母おば。パパの兄夫婦なの。私のパパとママが死んで――なんやかんやあって、その後に引き取ってくれた」

「へぇ……その……大変だったんだな」

「……うん」


……また気まずい空間になった。(聞くべきではなかったか)と心の中で反省する。


「ごめんね。言う機会が無くて」

「いや全然。むしろ聞いて悪かったな」

「ううん……このことを話すのは光ちゃん以外だと初めて」

「信頼されてる、って喜べばいい?」

是非ぜひとも喜んで」

「――じゃあ外でパーッと食ってくか!何食いたい?」

「八重の好きな物でいい」

「うーん――カレーにしよう。インドカレーが食べたい」

「前に言ってたとこ?」

「そう。なんか弦之介がさぁ――」




「――ふぅ」

「いい人そうだったわね」


八重と時雨が居なくなって静かになったリビング……さっきもだいぶ静かではあったが。今はどこかさびしさを感じる。


そのさびしさを紛らわすかのように2人はお酒を飲んでいた。どこにでも売っているような、ありふれた日本酒。物悲しさを感じる透明なコップでチビチビと飲んでいる。


「あの子もそんな歳かぁ……早いわねぇ」

「そうだな。もう7年か」

「……7年、ね」


萩花が呟いた。


「あの馬鹿共が。娘の成長を見ずに死におって」

「まぁまぁ……」

「……。それに……あの子は大事な人を失いすぎてる」

「そんなあの子が家族を作るんですよ。天国で……もしかしたらもっと近くで喜んでますよ。きっと」

「どうせなら娘の前で喜んでやれば良かったのにな」

「あら?素直じゃない貴方あなたが言えること?」

「お互い様だろ。それは」

「ふふ、違いないわね」


飲み干したコップにもう一度日本酒を注ぐ――が、もう無い。いつの間にか一本飲みきっていたようだ。


「もう一本出すか」

「明日も仕事だし、止めておきましょう」

「そうだった……明日仕事なのに飲んじまった」

「頭痛薬とお水を用意しておくわよ。先に風呂入っちゃいなさい」

「おう、助かる」



風呂場へ向かう陸を見送り、キッチンへと向かう。


「えっと薬は……」


たなから市販の頭痛薬を取り出す。


「期限とか大丈夫かしら」


消費期限を確認しながら蛇口をひねる。



――だった。水と一緒にベトベトした髪の毛が出てきた。


「ひっ!?」


思わずシンクにコップを落としてしまう。


「びっくりした……髪の毛?」


流れた髪の毛はそのまま排水口へと落ちていった。


「なんで髪の毛なんかが――」

『ねぇ』




時間は夕方。――いや違う。違うはずだ。いまは夜の10時だったはずだ。なのに窓から夕陽ゆうひが刺している。


その前にここはどこだ。家は家なのだが、つい数秒前まで居た我が家じゃない。だが――萩花はこの部屋を見たことがある。


「…………!?」


唖然あぜん。疑念。色々な感情が揺らぐ中――萩花はゆっくりと振り向いた。


「ねぇ祐希ゆうきちゃん」

「止めて……来ないで……」


腰が抜けて座りながら後ずさりをしている少女。祐希という少女の前に立っているのは――同い年くらいの少女だ。手には血の着いたバーベルをにぎりしめている。


「違うでしょ。ミクちゃんの中身は一緒に見たでしょ。なんで私だけ怒られるの」

「わたっ、あの時は……だって!私は――!!」

「もういいよ」


少女がバーベルを振り上げる。――見覚えがあった。その顔に。その髪に。その声に。萩花の頭に1人の大切な人が浮かんだ。


「まさか……時雨――――」

「あははははははははははあはははははははははきゃははははははくくはははきゃばはははははははははははははあははははははははひはあははあはあははははひははははひゃばははははははははははははははははははははははははははあはははははは!!!!!!」






「ふぅ。ちょっとは酔いが覚めたかな」


首を回しながらリビングへと入る陸。


「萩花?……寝たのかな」


チラッとキッチンに頭痛薬が置かれてあるのが見えた。用意してくれてたやつだろう。ありがたく頂戴ちょうだいしようと移動する――。



――倒れていた。萩花が血を大量に流してうつせに倒れていた。


「――萩花――萩花!!??」


すぐにけ寄って体を抱き寄せる。腹部からの大量出血。なにか鋭利な物でズタズタにされたようだ。


「誰がこんなことを……とにかく救急車を!!」


携帯を取り出す――。



「ぁ………………」


呼吸音だけが陸の耳に聞こえてくる。神経は『死』を直前にして過敏かびんとなっていた。のにも関わらず、だ。


陸はゆっくりと。ゆっくりと振り返る。そこには――――。


「え――――なん――――――」






「――ただいま」

「おー遅かったな」

「トイレの立て付けが悪くって」


時雨が椅子に座り直す。


「どうかしたの?」

「……いや、なんでもない」


妙な胸騒ぎを胸にしまいこんで、八重はナンを口に放り込んだ。

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