【エピローグ】彼女はボクを狂おしいほど愛する
×××
「沙央梨! いつまで起きてるの? 早く起きてご飯食べちゃいなさい!」
下の階から大きな声で私を呼ぶ声。
「……ん~」
起き上がりカーテンを開ける。
「うっ、眩しい~」
もうそろそろ秋分の日が近づいているにも関わらず、お日様は元気だ。
窓を開けると、心地よい涼しい風が身体を優しく撫でる。
昨日は遅くまで起きてたから、寝不足の身体にはちょうどいい。
やっぱり着々と秋が近づいているみたい。
朝は正直なところ苦手。
お母さんに起こされても、しばらくは寝ぼけたままになっちゃう。
でも、今日は何かが違う気がする。
身体がいつもより軽いし、それに……なんか幸せ。
「うふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
だって私は————
ガチャ
「ほら沙央梨、いつまで寝て……あら、珍しい。起きてるなら早く朝ごはん食べちゃいなさい」
「うん。お母さんはさっき帰ってきたところ?」
「そう。昨日に続いて今日も夜勤だから、朝ごはん食べたら少し寝るわ」
「いつもご苦労様です」
ペコリとお辞儀。
「はいはい。分かったからさっさと支度して下に降りてきなさい」
「はーい」
いつもと変わらない微笑ましい時間。
お母さんは近くの大学病院で看護師として働いている。
夜勤で働くことが多いから、この朝のひと時くらいしか一緒にいる機会がない。
お父さんは単身赴任で北海道にいる。
めったに家族全員で集まれないのはちょっと寂しい。
でも、みんな家族のために働いてくれてるんだから、私も勉強とクラス委員長を頑張らないと。
身支度を整え、リビングに。
すでにお味噌汁さんと白米さん、サラダさんにベーコンエッグさんなど、朝の定番メニューが用意されていた。
夜勤で疲れてるはずなのに、こうして朝ご飯の準備をしてくれるお母さんには頭が上がりません。
「ほら、早く食べちゃってね」
「はーい」
コップさんに注いでもらった牛乳さんを受け取る。
「そういえば沙央梨」
「ん?」
キッチンで片付けをしながらお母さんが話しかけてくる。
「昨日の服、ちょっと泥だらけだったわよ。もしかして転んだの? 沙央梨はしっかりしているようで、どこか抜けてるもんね。ふふっ」
「失礼だなぁ。確かに何もないところで躓いちゃうこともあるけど。昨日は公園さんにお散歩に行ったら子供たちがいて、一緒にお砂場で遊んだの。もしかしたらそのせいかも」
「まったくこの子は……。最近物騒なことが起きてるみたいだし、塾で夜遅くなっても一人になっちゃダメよ。お母さん心配だわ」
「もう、子供扱いしないでよ~」
「お母さんにとっては、あなたはいつまでも子供ですから」
そんな軽口をたたきつつリモコンさんを手に取り、テレビさんの電源をつける。
黒い画面に、朝のニュース番組が映し出された。
頭の良さそうな男のアナウンサーさんが、淡々と原稿を読んでいる。
「ちょっと遠いけど、昨日も夜中に放火があったんだって。別のところでは殺人事件も」
「えー、そうなんだ。ちょっと怖いね……」
自分たちにとっては他人事だけど、いつそんなことが自分の身に降りかかるのかは分からない。
それでも当事者じゃない人にとっては、どこか別次元で起きた単なる出来事に過ぎない。
お母さんの話す放火事件もそう。
だから、テレビで流れるニュースをどこか他人事のように見ながら一緒にご飯を食べ進めた。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせて、いつもおいしいご飯を作ってくれるお母さんに感謝する。
ご飯の量はそんなに多くないから、すぐに食べ終わった。
それでも、時間を確認するとすでに学校へ向かわないといけない時間。
今日はいつもより早く起きられた気がするけど、油断するといつもこうなっちゃう。
こういうところが抜けてるって言われちゃう原因なのかな?
でも、あの人はそんな私でもきっと受け入れてくれる。
「じゃあ、そろそろ学校に行ってきます♪ お母さんもお仕事頑張ってね!」
「うん。いってらっしゃい。……あ」
「どうしたの?」
手を振っていたお母さんが何かに気付き、視線をそちらに向ける。
私も同じ方向を見てみる。
先ほどのニュース番組だ。
さっき言ってた放火事件の話みたい。
私には、それを見るほどの時間は残されていなかったため、
「もう行くね! 行ってきま~す♪」
玄関に移動して急いで靴さんに履き替える。
今日はなんだか幸せな気分なので、お気に入りのものを履いちゃおうかな。
学校は服装自由のため、可愛い服をいつでも着て行ける。
あまりオシャレをし過ぎても浮いちゃうけど……。
玄関を開けて外へ。
日陰から出ると、やっぱりお日様は元気だと実感させられる。
清々しくて、明るくて、キラキラした朝。
まるで私の今の気持ちみたい。
その気持ちを大切に仕舞うように胸に手を当て、家の方を振り返る。
当然、目の前には生まれてからずっと住んでる自分の家。
でも、私の心は、目の前にある家じゃなくて、その先の庭にある大切な、かけがえのない私の宝物を見ている。
そう、いつまでも守り続けるって決めたから。
それを誓うように、私は笑顔で言葉を投げかける。
————行ってきます。武田さん。
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