第6話
5月。大型連休の中日。
「ハァ……、ハァ……、ハァ……」
「柊、バテすぎぃ~。まだ20分も歩いてないよ?」
「だって……、ハァ……、ボクは……、普段外に出ないし……」
今日は結葉と遠出して、とある渓谷に来ていた。
『やっぱり5月といえばハイキングでしょ』という普段から気だるげオーラを出している彼女からは想像もできないような提案から始まり、こうして息を切らしながら歩く羽目になっている。
いつもは家でゲームしたり、動画投稿サイトの映像を見たり、音楽を聴いたりして過ごすことが多いボクにとっては苦痛の時間だ。
対して、結葉はものすごく楽しそう。
ハイキングと言っているにも関わらず、半袖の黒ワンピースと麦わら帽子を身に付けてやってきたときは驚いたが、とても似合っているし、こうして木漏れ日に照らされながら緑をバックに佇む姿は、どこか神々しいまである。
すると、いつまでものろのろ歩いているボクを待ちかねたのか、足を翻してこちらにやってきた。
「もう、これだからモヤシっ子は。ほら、手を出して」
「いや、汗かいちゃってるし……。危なくない?」
「そんなの気にしないよ。それに、ここはずっとなだらかな道だし、道幅も広いから大丈夫」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
差し出された結葉の手を取り、再び歩き出す。
結葉の手もほんのり湿り気を帯びていた。
そして、心地よい鼻歌も聞こえてくる。
「楽しそうだね」
「うん。だって柊と一緒だし」
「うっ……」
「あれ? もしかして照れた?」
「照れてないし。なんか男らしいなって思っただけ」
「あっ、ひっどーい! これでも前の学校ではそれなりにモテてたんだからね」
「ははっ。ごめん、ごめん」
「柊は私が守ってあげるから」
「……うん」
恥ずかしくてうまく口に出せないが、ボクだって彼女を支えられる人になりたい。
でも、今はもう少しこの手の温もりを感じていたいからこのままでもいいかも。
少しは余裕が出てきたのか、周りの環境に目がいくようになった。
確かに道は歩きやすいように整えられている。
歩くごとに靴と土が擦れる音。
木々のざわめき。
小鳥のさえずり。
身体を通り抜ける涼しい風。
普段から田んぼに囲まれている環境だけど、こういう自然も心地よくていいかも。
歩き続けるのは勘弁してほしいけど……。
周りの環境を楽しみながら足を進めていくうちに、目的地の川に到着。
「まずはお昼にしよっか。じゃじゃーん! サンドイッチを作ってきたのです♪」
「おお! ありがとう! ……って、たまごサンドだけ?」
「だっておいしいじゃん」
「それはそうだけど……」
可愛いらしいデザインのランチボックスの中身は、全てたまごサンドだった。
こんなに好きだったのか。
せっかく作ってくれたんだし、文句を言う筋合いはないか。
「じゃあ、いただきます」
「どうぞ、どうぞ」
「もぐもぐもぐ……。うん! すごくおいしい!」
「よかったぁ! 朝早く起きた甲斐がありました」
「わざわざありがとう。そうだ! ボクもポッチー持ってきたらおやつに食べようか」
「やったー! さすが柊! じゃあ早速いただいたちゃおうかな」
「ご飯の最中に? 合わなくない?」
「いいの、いいの!」
「わかった」
リュックからポッチーの箱を取り出し、中にある2つの袋を取り出す。
すると、何やら変な違和感が……。
「やばっ」
「どうしたの?」
「ポッチーのチョコが溶けてる……」
「あははっ! 今日はあったかいしね」
「ごめん……」
「いいよ、いいよ! 家に帰って冷やしてから食べよ?」
「うん」
今日は醜態を晒してばっかりだ。
ちょっと落ち込みつつ、結葉の作ってくれたサンドイッチで体力の回復に努めた。
お昼を食べて川遊び。
と言っても、水着を持ってきているわけじゃないから、足元を水につけることくらいしかできないんだけど。
「きゃー! 冷たっ!」
「足元に気を付けてね」
「うん!」
お互い裸足で川の中に入っている。
流れは穏やかだが、川底にある大小さまざまな石が足場を悪くし、さらに滑りやすいので、気を抜くと転んでしまいそうだ。
それでも、結葉はスカートをたくし上げながら、水を蹴って遊んでいる。
その勢いで麦わら帽が外れてしまっているが、首紐のおかげで水面に落ちずにすんでいる。
学校では見せない自然な笑顔と無邪気に遊ぶその姿は、水の光の反射も相まってものすごく絵になっている。
思わずスマホのカメラでその姿を保存。
「綺麗に撮ってね!」
「うん」
「そうだ! 一緒に撮ろうよぉ!」
「そうだね」
何のためらいもなくボクに引っ付く形でカメラに向かってピースをする結葉。
汗臭いと思われないかと心配になるが、気を取り直してシャッターを切る。
「あとで送ってね。待ち受けにしてもいいんだぞ」
「考えとく」
一通り川遊びをしたボクたちは、近くの木陰で休むことにした。
連休の中日ということもあり人も多かったが、少し川を下るとたまに釣り人がいるくらいで、静かなものだった。
やっと落ち着けた気分になる。
「はぁ、今日は楽しかった! 久しぶりにこんなマイナスイオンを感じた気がする!」
「うん。すごく気持ちいい」
結葉は目をつぶり、この自然あふれる環境に浸っている。
汗で少し前髪が濡れているけど、それが逆に美しさと色っぽさを強調させる。
「あーあ、また家の用事で連休明けまで柊に会えなくなっちゃうよ」
「なら、毎日連絡する」
「本当に?」
疑い交じりの甘えた声で、こちらにすり寄って来る。
「うん、本当に」
「絶対だよ? 嘘ついたらこしょこしょだかんね?」
「それは絶対嫌だから約束はちゃんと守ります」
「よし」
ニコっと子供のような笑顔を見せながら、再び川の方に視線を向ける。
ボクも合わせて川の方へ目線を移す。
川のせせらぎがさらに身体をリラックスさせてくれる。
周りには誰もおらず、まるで世界でたった二人取り残されてしまったかのようだ。
このまま二人きりで過ごしていたい。
でも、現実はそうはいかない。
ボクは、今まで気になっていた疑問をぶつけてみることにした。
「……なんで結葉は、他の人と仲良くしないの?」
「えっ?」
なんでそんな質問をするのという不思議に思ってる顔。
彼女の中では意外な質問だったみたい。
しかし、すぐに我に返ると同時に、こともなげにこう答えた。
「柊以外の人と仲良くする意味なんてないから」
「でも、さすがに態度があからさまに冷たいというか……。たまにそれが原因でクラスメイトから変な目で見られてる気がするし……」
「じゃあ柊は、私が他の人と仲良くなっていいの? 女の子だけじゃなくて男の子とも」
「あまりいい気分はしないけど、波風が立たない程度には体裁を整えてほしいというか……」
結葉はおもむろに立ちあがり、川の方へ歩いていく。
近くにあった平の石を手に取ったかと思うと、川に投げ込んだ。
おそらく水切りだと思うが、一回もバウンドせずに川底に沈んでいく。
「そんなの面倒くさい。別に私は柊以外の人に嫌われたっていい。これからも、柊が私の全てなの」
「ちょっと大げさじゃない? いや、嬉しいんだけどさ」
「ちっとも大げさじゃないよ。柊とまた出会えたから、こうして笑っていられるの」
綺麗な微笑みを浮かべながら、こちらに戻って来る。
ボクの横にではなく、正面へ。
中腰のまま、ボクの胸に手を当てる。
「だからもし、あなたを傷つけたり、何か良からぬことをする人がいたら————」
言葉に合わせ、ゆっくりと首から顎へと指を這わせていく。
指先にクイッと力が入ったかと思うと、ボクの目線が結葉と交わった。
瞳の中にボクがいる。
このまま吸い込まれてしまいそうだ。
そして、彼女はいつもの気だるそうな甘ったるい声でこう囁いた。
————殺人だって犯してあげる。
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