第14話

「うわ、結構混んでるな」


 金曜の夜だからだろうか、電車内は朝の通勤時間帯のような混みようだった。


「あ、晶、大丈夫か?」


 電車に乗り込むと乗車する人の波に押され、宏樹と晶は反対側の乗降口の扉まで押し込まれてしまう。


「だ、大丈夫」


 晶は扉に背中を預け、宏樹はその正面に立ち、抱き合うような体勢になっている。宏樹は扉に肘を付き晶と自分との間にスペースを作り、後ろから押される乗客の圧力に耐えていた。


「きゃっ!」


 電車がカーブで大きく揺れ、後ろの乗客からの圧力に負けてしまった宏樹は、自分の体重を晶に預ける形になってしまう。


「ご、ごめん。大丈夫か?」


「う、うん……だ、大丈夫」


 先ほどの揺れで完全に押し込まれてしまった宏樹と晶は、ほとんど抱き合うような体勢になり密着していた。


 電車に揺られ密着した晶の体温を感じる。

 宏樹の目の前にある晶の頭からシャンプーの良い匂いがする。それだけでも宏樹の鼓動は早まっていった。

 

 ――ッ⁉︎


 晶が両手を宏樹の背中に回し、宏樹の身体を強く引き寄せその胸に顔を埋めた。


「あ、晶?」


「ひろくんの胸……広くて大きい。それに良い匂いがする」


 ずっと無言だった晶が口を開いた。

 宏樹もまた晶の背中に腕を回すと彼女はビクンと身体を震わせた。


 晶の豊かな胸の柔らかい感触、その身体から放つシャンプーや石鹸とは違う良い匂い。宏樹が晶に異性を意識するには十分だった。


 駅に到着するまで二人は無言のまま抱き合っていた。


 目的の駅に到着すると名残惜しそうに晶は宏樹の身体から離れた。そのまま二人は改札を抜け晶の家へと向かった。


「めぐみさんと喧嘩でもした?」


 休憩時間を境に二人の態度がよそよそしくなった。休憩室でめぐみと晶の間に何かあったのは間違いなかった。


「ううん……喧嘩なんかしてないよ」


「じゃあ、何があったんだ? 二人とも変だぞ」


「ごめん……ひろくんには言えない。でも大丈夫だから心配しないで」


 話すことができないと言われてしまった以上、宏樹はこれ以上追及はできない。


「……分かった。これ以上は聞かないよ」


「うん、ひろくんに迷惑掛けちゃってごめんね……あ、ここが私の住んでるマンションだから」


 晶は一棟のマンションの前で足を止めた。


「今日は送ってくれてありがとう。ひろくんも気を付けて帰ってね」


「ああ、おやすみなさい」


「うん、また来週学校でね。おやすみなさい」


 マンションのエントランスへと駆けて行った晶の背中を見送り、宏樹はポケットからスマホを取り出しめぐみにメッセージを送った。


『もう家に着いた?』


 メッセージを送り終えるとすぐに返信があり、めぐみが無事に家に着いたことを宏樹は確認できた。


「……電車で帰る気分でもないし歩いて帰るか」


 電車で晶と密着して火照った身体と心を冷やそうと、宏樹は四十分ほど時間をかけて自宅へ徒歩で帰宅した。家に帰ると健治はまだ帰宅しておらず、帰りが遅かった兄を心配した綾香に怒られ、次は早く帰ろうと心に誓った宏樹であった。



 宏樹に送ってもらった夜、晶は眠れぬ夜を布団の中で過ごしていた。


『私は宏樹くんのことが好き――』


 めぐみが言ったその言葉を思い出し、晶は枕に顔を埋める。


 恋人同士になりたい、キスがしたい、そして――


 晶も子供では無い。めぐみが言ったキス以上のことが何なのかも理解していた。


 晶は電車の中での事を思い出す。

 広くて厚い宏樹の胸板と暖かさ、そして抱き締められ包み込まれた男の子の匂い。どれもが晶の女を刺激した。


「あ……」


 晶は右手でパジャマの上から下半身の大事な部分に刺激を与え、左手は大きな胸の膨らみに手を添えパジャマの上から揉み始める。


「はぁ……」


 ――もっと刺激が欲しい


 左手をパジャマの中に滑り込ませるとその豊かな胸の先端に手が当たる。


「あっ!」


 すでに敏感になっていた先端に手が触れると晶は肩を震わせた。


 ――ひろくん……もっと!


 晶は先端を指で摘みながら、更なる刺激を求め右手を下着の中に滑り込ませると薄い恥毛に手が触れた。


 そのまま薄い茂みの奥に右手を進めるとヌルッとした液体が指先を濡らした。


「はあ……」


 初めてのことで中に指を入れることを躊躇した晶は、恐る恐る入口付近を擦り始める。


 クチュクチュと水音を立て、晶の右手の動きは次第に速くなり、手の動きに合わせて腰も動き始める。


「ああ……っ!」


 入口を激しく擦っていた右手の指が敏感な突起に当たり、その刺激で晶は身体がビクンと跳ねた。


「はぁはぁ……」


 達してしまった晶はしばらく心地良い余韻に浸っていた。


『宏樹くんに告白する』


 ふと我に返った晶はめぐみの言葉が脳裏に浮かんだ。


 ――イヤ……だ、な。


 そして晶は胸を痛め初めて恋を自覚した。



 休みが明けた月曜日、晶は重い身体を引き摺って登校した。色々な感情で気持ちがぐちゃぐちゃになり眠れない週末を過ごしたからだ。


「晶、ずいぶん眠そうだな。大丈夫か?」


 席でボーッとしている晶に宏樹が心配そうに声を掛けてきた。


「だ、大丈夫! ち、ちょっと寝不足なだけだから」


 頬を赤く染めた晶は宏樹から顔を背けてしまう。

 宏樹の事を想像しながら自分を慰めてしまった晶は、本人を目の前にして恥ずかしさで顔を合わすことができなかった。


「なんか顔が赤いけど熱でもあるんじゃないか?」


「べ、別にないから! 遅れそうで走って来たからだよ。きっと。うん」


 宏樹とまともに顔を合わせられない晶は会話もままならない状態だ。


「ならいいんだけど、本当に体調悪かったら言えよ」


「う、うん」


 結局、晶は授業が始まってからも宏樹と目を合わすことはなかった。




「晶、大丈夫か?」


 二限目の授業中、晶の顔が赤く浅い呼吸をしている事に気付いた宏樹はそっと声を掛けた。


「なんか暑い……」


 朝、走って来たからと言っていたが、あれから時間が経っているのでそれが原因では無いだろう。


「先生! 宮古さんが体調が悪そうなので、保健室に連れて行きますがよろしいですか?」


 宏樹は手を挙げ教壇の教師に許可を求めた。


「宮古さん辛そうですね。小島くん彼女を連れて行って保健室の先生に診てもらってください」


「はい、分かりました。晶、保健室に行こう。立てるか?」


 フラフラして足元がおぼつかない晶を支えながら教室を出た宏樹は保健室へと向かった。


「あれ? 保険の先生いないのか?」


 保健室には養護教諭がいるはずだは姿が見当たらない。仕方がないので晶をベッドに座らせ額に手を当てる。


 ――熱い……結構熱がありそうだな。こんな時に先生はどこ行ったんだ?


「とりあえず晶はベッドに横になって」


「制服シワになっちゃう……」


 このままベッドで横になるとシワになる事を晶は嫌がっているようだ。


「今、着替えを持ってくるから待ってて」


 こんな状況で気にする事ではないだろうと宏樹は思ったが、しばらく横になることを考えると着替えた方が良さそうだと着替えを探しにベッドから離れた。


 ――確かこの辺に着替えのジャージがあったよな。


 以前、宏樹が保健室でお世話になった時に使ったので着替えのある場所は何となく覚えていた。


「あった!」


 保健室の棚から着替えを一式取り出し晶の元へと戻った。


「ほら、着替えを持ってきよ。俺は外に出てるから着替えて」


 ――⁉︎


 宏樹がカーテンに囲まれたベッドルームから出ようとすると、左手を晶に掴まれた。


「晶? どうした?」


 かなりボーッとしているようで、晶に掴まれた手が熱いことから熱が高いのかもしれない。


「ひろくんが着替えさせて」


 晶は顔を紅潮させ、浅い息をしながら潤んだ瞳で懇願するように宏樹を見つめた。

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