第2話


「ごめーん! 待った?」


 待ち人が来たのかと思い、振り返る。


「全然待ってないよ! 今日も可愛いね♪」

「ふふっ♪ ありがと! じゃあ行こっか! そういえば、来週の土曜日は夏祭りだよ」

「そっか! じゃあ来週はお祭りデートだ」

「うん♪」


 見知らぬカップルが、デートの待ち合わせをしていたらしい。


 ああ、落ち着かねぇ……。

 かくいう俺も待ち人がいるのだ。

 緊張しすぎて約束の時間の2時間前から待機している。

 ってか、今はその人とは同じ家に住んでるんだし、待ち合わせする必要もないはずなんだけど。

 まぁ、とりあえず屈伸でもして気を紛らせよう……。


 フン! フン! フン!


 うん、ダメだ。

 余計に心臓の鼓動が早まるばかり。


「アンタ何やってんのよ……。恥ずかしくて声掛けづらかったんですけど」


 ここ最近になって、やたらと聞き馴染んでいる声。

 振り返って見てみると、想像だにしていなかった光景に思わず唖然としてしまった。


「ちょっと……なに口開いたまま固まってるのよ。起きてる?」

「ああ……」


 開いた口が塞がらないとは、まさにことを言うのだろう。


 目の前にいるのは青柳杏沙。

 幼女戦隊リトルガールズのブルー担当。

 水の力を操る一つ年上のお姉さん。

 いつも俺に対して厳しくて、何かと暴力をふるう狂暴女。

 まぁ、たいていは俺のせいでもあるのだけど……。


 でも、今目の前にいるのは本当に杏沙なのかと疑いたくなってしまうほど……見惚れてしまっている。


 狂暴だし怒ると怖いけど、なんだかんだ頼れるお姉さんって感じで、言ってしまえば美人だ。

 しかし、目の前の女性は、そこら辺の芸能人よりもはるかに綺麗で華やかさにあふれている。

 スレンダーな身体をさらに美しく艶やかに見せる黒のノースリーブニット。

 ウエストをより細く見せるとともに、すらりと伸びる足を強調させるカーキ色のワイドパンツ。

 なんか周りの人もチラチラこっちを見てくるし、そんな人の隣にいるのが俺とか……ちょっと気恥ずかしいというか、ふさわしくないというか……そのくらいのギャップを感じてしまうほど気おくれしてしまう。


「……と! ……らと! ……新斗!」


 バチンッ!


「いとぅあ! 何でビンタ⁉」

「アンタがいつまでたっても無視するからでしょ!」

「見惚れてたんだからしょうがないだろ! ……やべっ!」


 慌てて口を塞ぐ。色々と不意打ち過ぎて、つい口が滑ってしまった。また怒られる……!

って、あれ? 身構えているけど何も起こらない。恐る恐る確認してみると……


「えっ……?」


 今度は杏沙がフリーズしていた。だが、すぐに元の調子に戻り、


「な、何言ってるのよ! いいからさっさと行くわよ!」

「へいへい」


 歩き出す二人。しかし、


「きゃっ!」

「ん?」


 後ろにいる杏沙が何か言ってきたのかと思って後ろを振り返ると、

 ゴツン!


「「いたっ!」」


 何かにつまずいたらしい杏沙が、倒れた拍子に俺に頭突きをしてきた。


「ちゃんと受け止めてよね……うー、いた」

「いきなりすぎるわ! てか、何もないところでこけたの? 案外ドジっ子だな」

「うっさい。いい? これだけは死んでも忘れないでね! これはデートなんかじゃないから! し・か・た・な・くやってるんだから!」

「わぁってるよ。さっさと行こうぜ」


 そう。これはデートでは断じてない。


 つい先日。

 ダピルから、幼女戦隊の三人は信頼関係が構築できていないと指摘された。

 敵も段々強くなってくるため、今後は信頼関係を前提とした連携プレーが必要不可欠。

 不本意ながら、俺がその信頼関係構築のネックになっているということで、こうして一緒に行動して、お互いを知っていくことから始めることにしたのだ。


 だから、まずは杏沙とこうして休日に一緒に街に出てきた。

 ゆえに、これはデートではないのだ。


 ……でも、見た目だけは芸能人並みの美女と一緒に歩くことができて、ちょっと誇らしく思う自分もいる。

 複雑な男心だぜ。


「着いたわ。今日は買いたいものとか見たいものがいっぱいあるのよね♪」


 そう言いながら、スマホのメモアプリを見て楽しそうにしている。


 やって来たのは、この島で一番大きな商業複合施設。

 衣食住に関連するものはほとんど揃えることができるし、ボウリングやバッティングセンター、カラオケなど様々なアミューズメント施設が入った娯楽施設まで併設されている。


 ……って、あれ? 俺ってもしかして荷物持ち⁉


 その予感は的中し、オシャレな洋服店や雑貨店を回っては試着と購入を繰り返す。

 すでに俺の両手は重い荷物で塞がっていた。


「あの……杏沙さん……? これじゃ信頼関係どころか主従関係を築き上げちゃってるんですけど⁉」

「それもいいかもね♪」

「なんですと⁉」

「ふふっ♪ 冗談よ♪ ねぇ、こっちの服とこっちの服、はたして私はどっちを着たいと思っているでしょうか?」


 突然のクイズ。

 杏沙が手に持っているのは、黒のワンピースと白のワンピース。

 デザインはあまり変わらない。どっちの色が好みかの二択の問題ということか。

 これは杏沙の理解度が試されるぞ。

 今日の買い物の傾向や今着ている服の傾向から考えると……


「黒の方?」

「ブッ、ブーッ! 残念。正解は白でした~♪ 二択でも間違うなんて、理解度が足りてないぞ!」


 そう言いながら、少女のような可愛い笑顔を見せる。

 ったく、不意打ちはやめてくれ。

 心臓の鼓動が早くなってる。

 これって、疲れて息が上がってるってだけだよね?


 そんな俺のことなんて露知らずの杏沙は急に立ち止まり、


「お腹が減っちゃったからお昼にしましょ!」


 ということで、荷物は全部ロッカーにしまい、すぐ近くにあるレストランに入った。


 そして、各々食べたいものを食べ終わった頃。


「お待たせしました。りんごたっぷりパンケーキです」

「わー! おいしそう♪ ここのパンケーキ、食べてみたかったんだよね~」

「えっ? まだ食べるの? さっき食べたばっかじゃん」

「リンゴは別腹。私、リンゴが一番好きなの」


 そう言いながらおいしく頬張る杏沙。

 そして、嘘のようにペロリと平らげてしまった。こんなに細いのによく食えるな……。

 そう思っていた矢先、おもむろに杏沙が口を開く。


「久しぶりにこんな遊んだ気がする! お買い物して、おいしいもの食べて」


 こんな無邪気な姿を見るのは新鮮だ。

 いつもはおばあちゃんを無理させないために、精一杯働いてるし、少しでも息抜きになったのならよかったかな。


 ちなみに、今日は夏休みと称して銭湯も3日間の休業中だ。

 だから今日は存分に遊べる。


 紙ナプキンで口を拭いていた杏沙は、次の予定を提案。


「カロリーをいっぱい取っちゃったことだし、少し動かない?」

「マジ?」


 食べたばかりたというのに、本当にアクティブな人だ。

 しかし、これは今までの俺の評価を覆すビッグチャンス。


 なぜなら————


「せいっ!」

「きゃっ! もう! ちょっとは手加減しなさいよ! なんでこんなに強いのよ」

「がはははっ! これが俺の実力だ! 見直したか?」

「普段はあんなに足手まといのくせに……」


 アミューズメント施設に移動した俺たちは、バドミントンに興じている。俺の見事なラケットさばきにより、杏沙には一ポイントも取られていない。


 その後もボーリングやバスケとかもやったが圧倒的な力の差を見せつける。


「ハァ……ハァ……、アンタって……意外と運動できるのね」

「まぁ運動だけはね」

「そっか。頭は悪いか」

「そこはもうちょっと俺を持ち上げてよ! 『あなたの良さは運動だけじゃないわ』とかさ!」

「嫌だよーだっ! 思ってもそんなことは絶対に言いません!」


 こうして、楽しようなドキドキするような一日があっという間に終わっていく。


「そろそろ帰ろっか」

「そうだな」


 再びあの大量の荷物をたずさえ、帰ろうとしたとき、


「待って」


 急に呼び止められ、杏沙が自分のカバンからある箱を取り出す。


「これ……アンタにあげる。別に他意はないからね。今日は荷物も持ってもらったし、そのお礼というかなんというか……ただの気まぐれだからね!」

「ツンデレみたいな発言だな。まさか俺のこと……」

「なわけないでしょ!」


 バシッ!


 背中を思いっきり蹴られる。

 痛みを我慢しながら、いつ買ってくれたのか分からない箱の蓋を空けてみると……


「おお! ネクタイだ! ありがとう‼」


 入っていたのは、赤が基調の水玉模様のネクタイ。

 女の子からのプレゼントなんていつ以来だろう。


 ……そうでした。

 記憶にありませんでした……。


 ん? 待てよ?

 普段の俺って、ネクタイをする必要がないのに、なんでだ?


「早くそれをつけられるように、さっさとちゃんとした仕事を見つけなさいよ」

「なんだよその、ニートな息子を持つ母親のプレゼントと称した無言の働けアピールは!」

「ふふっ! だってそうでしょ? アンタがいて助かってるのは事実だけどね♪」


 そう言って笑う彼女は、やっぱり可愛くて綺麗で見惚れてしまうほど魅力にあふれていた。

 今日一日で、今まで見ていなかった杏沙の一面を見られたのは事実だが、これが本当に信頼関係構築に結びついたのかは分からない。


 ただ……楽しかった。


 それだけは事実として胸の中にしまっておくことにした俺であった。

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