第4話

「しゅみまへんでした(すみませんでした)」


 目を開いてるはずなのに、視界が狭い。

 口を開いてるはずなのに、思ったように喋れない。


 そんなの当たり前だ。

 今の俺の顔は、掴める場所が多くてロッククライミングも楽ちんなくらい凸凹になってるに違いないのだから。

 風呂から上がり、ぶくぶくに腫れた顔を晒しながら、待合室に正座させられている状態のニート。

 ぷんぷんな顔をしながら仁王立ちでニートを見下ろす美女。

 ケダモノを見るかのような恐れた顔をして美女の背中に隠れる美少女。

 これが地獄ってやつか。

 さっきまでの天国が懐かしいぜ……。


「なんで自分が男だってずっと黙ってたの?」

「私……男の人に初めて……ぐすん……」


 ついさっきまで親睦を深めようと優しくしてくれた人たちが、今はまるでゴミクズでも見るような冷たい視線を俺に向けている。

 今は夏のはずなのに、凍えて死にそうです。

 いや、その前に首を絞められて殺されかねない。

 それくらいの殺気を感じる。


「ダピルもひどいよ! どうしてこいつが男だって教えてくれなかったの?」

「ダピルにとっては、君たちが生物学的にどちらに属していようが関係ないピ」

「でも……あの……変身するには女の子である必要があったんじゃ……」

「ダピルもそう思ってたピ。幼女というのは生物学的には女ダピ。だから女の人しか変身できないと思っていたんダピ。でもレッド……武能新斗は生物学的に男のはずなのに、たしかに膨大なYOJOパワーを持っていたし、変身もできた。正直なところ、謎ダピ」

「謎って……。ダピルが教えてくれなかったから私たちは……うぅ……」


 一糸まとわぬ姿を見られたことを思い出したのか、杏沙の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。

 でも、さすがにやり過ぎたと思ったのか、


「でもまぁ、私たちも君が女の子だと決めつけてグイグイいっちゃったのは申し訳ないと思ってるわよ。お互い初めましてでなかなか言い出せなかったってのもあると思うし、今回はこれでチャラにしてあげる」

「おふぉふぉろぶかい、かんひゃします(お心遣い感謝します)」


 なんとか殺されずにすんだみたいだ。

 俺は用意してもらった氷嚢で、顔の腫れを治すのに専念することにした。


 しばらくすると、杏沙のおばあちゃんが俺たちのところに来て、


「これでも飲んでゆっくりしなさい。お客さんが来るのはもう少し後だと思うからね」


 と言って、三人分の牛乳をくれた。

 それを一気に飲み干す。お風呂のあとの牛乳は最高だと再認識。

 顔の腫れも一気に引いた気がする。


「あいたた」と言いながら腰に手を当てて番台に戻っていくおばあちゃん。

 見たところ、働いてるのはおばあちゃんしかいないようだ。

 杏沙と二人で切り盛りしてるのかな?

 でも、人の家のことをとやかく聞くのも失礼だろうし、杏沙と一葉には改めて自己紹介からコミュニケーションを取ることにした。


「改めまして、武能新斗です。しょっぱなから色々ありましたが、よろしくです」

「年はいつく?」

「22です。あっ、早生まれなんで来年の3月で23っすけど」

「げっ、私が一番年上になるわけか……」


 杏沙は少し落ち込み気味だ。

 年上なのは雰囲気的にもお姉さんっぽいし納得だけど。

 でも実際いくつなのかは気になる。


「杏沙……さんはおいくつ————」

「あん?」

「いえっ! なんでもありましぇん!」


 すごい剣幕で睨まれてしまった。

 やっぱり女性に年齢を聞くのは失礼なことみたいだ。

 実際に聞ける女の知り合いなんていなかったから都市伝説だとばかり思っていたけど。

 しかし、杏沙はニコッと笑いながら、


「冗談よ。私は君より1つ年上。でも杏沙でいいわ。気を遣われてるみたいで嫌になっちゃうし。私も新斗って呼んでいい?」

「ど、どうぞ」


 隣にいる一葉ももじもじしながら、


「私は……すぐそこの大学に通ってます。……今年で21です。よろしくお願いします」

「う、うん。よろしく。えと……萌黄さん?」

「一葉で大丈夫……です」

「ん? ごめん。よく聞き取れなかった」

「一葉で大丈夫……です……!」

「お、おう。よろしくね。一葉……ちゃん?」

「一葉で」

「よろしく。……一葉」

「はい……!」


 一葉は控えめなんだけど、どこか頑固さも兼ね備えてる感じだ。

 ってか、合コンみたいな感じになったな。

 まぁ、合コンなんて誘われたことないんですけどね。

 改めて自己紹介を終えたところで、杏沙が話を切り出す。


「よし! というわけで、これで幼女戦隊に仲間が加わってついに三人組になったね! しかも男! これで少しは楽ができそう!」

「……頼りになります」


 あれ? そういえばうっかり流されちゃってたけど、これだけは確認しておかないと。


「俺って、その幼女戦隊とやらに入ることは確定なの? 拒否権は?」

「ないよ。そんなの。いい? 幼女戦隊は悪い敵から地球を守る正義のヒーローなの。男ってこういうの好きでしょ?」

「確かに憧れてたけど、まさかこういうのとは思ってなかったし」

「こういうのって?」

「だから、まさか変身したら幼女になって戦うなんて普通は思いもしないだろ。しかも俺は男だぞ? 敵は悪魔だっていうなら、普通は中高生くらいの女の子が魔法少女になって戦うものなんじゃないの? なんでよりにもよって、全員20歳越えてるんだよ。色々設定がガバガバすぎるだろ!」


 ついつい熱くなってしまった。

 しかし、俺の言葉を聞いていたダピルは、まるで某スナイパーのサーティーンのような濃い顔つきになり、


「魔法少女……だと?」

「えっ? 引っかかったのそこ? それに語尾が普通になってるよ?」


 こちらに迫って来るダピル。身体はぬいぐるみみたいに小さいからあまり凄みはないけど。


「魔法少女は、我々幼女戦隊の宿敵ダピ。ダピルはこんな愛くるしい見た目だけど、他の平行世界からやってきたネコ型AI。そして、その魔法少女は、ダピルが元いた世界を滅ぼしたんダピ」

「えっ? 魔法少女が? 嘘だろ……」

「本当ダピ。奴は少女の見た目をした大悪魔ダピ。ダピルは元にいた世界の主様から、奴を倒すようにと遺言を託されたんダピ。そして奴を追ってやって来たのが、この素晴島なんダピ。奴はこの島に眠る〈スンゴイパワー〉を狙ってるピ。だから手下の悪魔やら魔獣を送り込んできて、この島で悪さをしてる。もし、そのスンゴイパワーを取られたら……」

「……ゴクリ。取られたら?」

「この世界も滅ぼされるダピ」

「マジかよ⁉」

「大マジダピ。魔法少女に対抗できるのは、YOJOパワーをもった強い正義感の持ち主だけダピ」

「それを持ってるのが俺たちだと……?」

「そうダピ。男の新斗がYOJOパワーを持っているのは何かのバグとしか思えないピけど、まさか自分にそんな力があるとは知らずにあの親子を助けようとしたピ。だから大いなる正義感の持ち主であることには間違いないピ」


 そうか……。

 ついにこの俺にも真の力が目覚めたってわけか……!

 ニートなのは変わらないけど、「無能」からは脱却できたんだ!

 ん? でも待てよ?

 まだ解決してない疑問が残ってる。

「俺たちの敵については分かった。でもなんで幼女なんだ? ヒーローの姿は、まさに昔テレビで見た戦隊モノそのものだし納得なんだけど」

「あっ、それ私も疑問だったんだよね。なんで小さくなった方が強くなれるの? 一葉もそう思うよね?」

「確かにそうですね」

「ダピ。そういえば説明できてなかったピね。正直このダピルの優秀な分析力をもってしても謎が多いダピ。でも一つ言えることは、この世界で最もピュアで未知の力を秘めているのが小さい女の子。すなわち幼女なんダピ。しかし、ただの幼女にはその力を制御することはできない。だから大人が変身する必要があるんダピ。パワーを一番ため込んでいるのがまさしく君たちのような、ある程度大人で、なおかつ若さもあって敵からの攻撃にも立ち向かえる精神と肉体を持ってる必要があるんダピ。そしてその身体にため込んだYOJOパワーを圧縮させ、身に纏うことにより、より純粋で洗練された幼女戦隊のヒーローとして、魔法少女率いる悪魔軍団に対抗するができるんダピ」


 ハァハァと息を切らしながら、いかにもやりきったご様子のダピル。

 なんとなく事情は分かった。

 ツッコミどころは山のようにあるけど。

 杏沙と一葉も、改めて自分たちの存在意義を再認識したようだ。

 でも、大事なことを確認できていない。

 これが一番重要な問題だ。


「ちなみに……幼女戦隊ってお給料は出ます……? いや、あの、幼女戦隊として魔法少女をぶっ潰して世界を救うってのは分かったし、やってやろうじゃないかって思うんです。思うんですけど! やっぱり正義を遂行するためには日常を生き抜かなといけないわけで……」

「あんたそれ本気で言ってるの?」


 杏沙が軽蔑の視線を向ける。


「だって、これは死活問題なんだぞ? 俺は今ニートで金も住む場所も……ゴホン、ゴホン!」


 カッコ悪い今の状況を赤裸々に暴露するところだった。

 しかし、杏沙は話を流してくれないようで、ニマっと笑いながら、


「あんたって、もしかしてニートなの? しかも住む場所もないって……、それはヒーローとしてどうなのよ?」

「うるさいな! 俺にも壮絶な過去があんだよ! それに、今は、ただのニートじゃない。正義のニートだ。ジャスティスニートだ」

「かっこ悪っ! 残念だけど、この仕事に給料はでないわよ」

「そんな……。じゃあ俺はどうすればいいんだよ……」

「それは自分でなんとかしなさいよ」


 容赦ないな。この姉ちゃんは。

 一葉の方を見てみるが、


「あはは……」


 苦笑いしかされない。

 こんな哀れなヒーローって、他にいるか?

 しかし、そんな俺の前に、真のヒーローが現れた。

 少しヨボヨボだけど。


「じゃあウチで働くといいよ」


 振り返ると、先ほどからずっと番台にいた杏沙のおばあちゃんがそこにいた。


「えっ、いいんですか?」

「もちろん。ワタシもそろそろ身体にガタがきちゃって、正直人手が欲しいと思ってたんだよ。ここの隣がワタシと杏沙が住んでるおうち。空き部屋もあるし、しばらく住んでもらってかまわないよ」


 おお……!

 これが本当の女神様というやつか……!

 でも、納得がいっていないご様子の人間が約一名。


「ちょっとおばあちゃん! それ本気で言ってるの? こんな奴と一緒に住んで働けっていうの⁉ さっきから私と一葉の胸ばかり見てくるんだよ?」

「み、み、み、み、見てねぇし!」

「絶対見てた! それに自分が男だって黙って私たちの裸を……!」

「それは許してくれたんじゃないのかよ⁉」

「うるさいわね! 過去の出来事が全部なかったことになるわけないじゃない!」

「さっき出会ったばかりと言っていたが、ずいぶんと打ち解けたようだね」


 おばあちゃんはニッコリ笑顔。

 でも俺と杏沙はお互い修羅の形相だ。


 ずっとごね続けた杏沙であったが、本人もおばあちゃんの身体を気にしていたようで、なんとか了承を得ることができた。

 一緒に住むにあたって変な注文ばかり付けてくるけど……。


 そして、あれ以来悪魔が現れることなく、働き始めて1週間が過ぎた。労働と住まいを手に入れ、ブラック企業勤めのときに比べたらこれ以上ないくらいに充実した日々を過ごしている。

 銭湯の仕事は、朝がゆっくりな分、夜は遅い。

 しかし、その分やりがいとささやかな楽しみを手に入れた。

 それは……


「いらっしゃいませ!」

「大人一人で」

「はい。480円です。ごゆっくり~」


 番頭に座る俺。

 そして、暖簾をくぐってやって来たのは、ちょっとセクシーなお姉さん。

 意外とこういう人も銭湯にやってくる。近場で大きなお風呂でくつろげるというのがウケているらしい。


 おっと、ささやかな楽しみの瞬間だ。


 お姉さんが脱衣所へと続く暖簾をくぐるその一瞬を逃さず、その先に広がる男の楽園を垣間見る。

 別にがっつり見えるわけでもないが、見えそうで見えない感じがたまらない!

 銭湯は最高だぜ!

 しかし、この楽園が地獄に代わる瞬間もある。


「あ~ら~と~……!」


 悪魔にも負けないくらいの鬼の形相でこちらを見る杏沙。


「えと、あの……。そう! ゴミが落ちてたんだよ? だからお客さんがそれを踏んで怪我をしないか心配で……」

「そう。ゴミね……」

「そうそう。ゴミゴミ♪」

「新斗♪」

「はい♪ なんでしょう?」


 鬼の形相から一変し、ニッコリ笑顔に。

 分かってくれたようでなにより。

 先ほどの楽園を思い出しながら上機嫌に返事を返す俺。

 しかし次の瞬間、何もかも飲み込むかのように思いっきり目が見開かれ、


「ゴミはお前じゃーーーーーーーー‼‼‼‼‼‼」


「ぎゃーーーーーーーーーー‼‼‼‼‼‼‼‼‼」


 武能新斗、22歳

 職業:銭湯スタッフ(住み込み)

 趣味:楽園観察

 特技:幼女に変身。


 こんな感じで、ニートからヒーローへと転身した俺の新しい物語が幕を開けたのであった。

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