1章 第3話 ヤンキー女騎士、教師を救う
ローゼンバーグ大公、陣頭指揮してんのマジでビビる。
エインズワース屋敷は俺のホームのはずなのに超アウェーと化していた。それもそのはず、家人が俺一人なのに対して百人からのローゼンバーグ兵が入って来ているからだ。
客人を通す部屋でホスト側のソファに座っているものの、槍の穂先に取り囲まれており生きた心地が全然しない。
まあしかし正面にローゼンバーグ大公が座ってくれているのは助かる。爆裂で巻き込める距離なのでいざとなったら屋敷ごと爆破してやろうと思います。
まあ、相手も貴族なんで殺せないとは思うけど、私兵を屋敷に入れたのは失敗だったと後悔ぐらいはさせてやれるだろう。
「ずいぶん、ぎらついた目をなさっていますね?」
「い、いえ〜……わたくし、もとより目つきが悪いとよく言われまして……」
油断ならねぇな、このおっさん。
ローゼンバーグ大公は四十がらみの紳士だ。
初老と言うには最近の平均寿命が伸びているけれど、ひと昔前であればそろそろ長子あたりに家督をゆずっていてもおかしくない年齢ではある。
それがなぜいまだに大公位に居着いたまま陣頭指揮までとっているかと言えば、単純な話で、子がいなかったからだ。
十数年前にレイチェルが生まれるまで、ローゼンバーグ大公家は子宝に恵まれなかった。
貴族家というのは血筋により能力を継承するので養子をとって次の大公に据えるわけにもいかない。
しかしローゼンバーグ大公は側室を娶るのを嫌い、その結果としてレイチェルが生まれるまで子がいなかったという話だった。
もちろんそこには『奥方様を深く愛されていたのよ』とかいう余計な情報が乗っかって人の口にのぼっているわけだが、まあ、愛はよくわからないし、大公ともあろうお方がそんなもので断絶の危機の中側室をとらないとは考えにくいので、なんかしらの理由があるのだろう。
金髪をなでつけてあざやかな紫のスーツを身にまとった紳士は、もてなされるがわのソファにいてさえ家主のような風格があった。
自前のティーセットで優雅にお茶なんぞ飲まれるとこっちが居心地悪くて恐縮してしまう。
でも。
話し合いのテーブルには、つかせたぞ。
「……娘が世話になったようですね?」
耳触りのいい低い声と社交界で評判のローゼンバーグボイスは、俺からすると耳から入って背筋をぞわぞわさせる不快なものでしかなかった。
こういう状況でもなければもう少し好意的な評価もできたと思うんだけれど、レイチェルの行動のせいで事態がここまで肥大化しているので好意的になれというのは無理な話だ。
さて。
ギリギリ生き残れるように、ここから、無理を通して道理を引っ込めるか。
「ええ。驚きましたよ。まさか、家出なさったお嬢さんが、私の領地に迷い込んでいるだなんて」
「…………」
「急いでお帰りになられるよう説得しましたが、気の強いお嬢さんなものですから、私では説得あたわず……たまたまローゼンバーグ様の兵が近くで演習をなさっていて、助かりました」
「なるほど」
ローゼンバーグはお茶を一口すすり、
「
「ええ、まあ、なんと申しますか。私は事実を申し上げているだけでございまして」
「しかし、あなたの提供してくださった筋書きだと、少し、足りない」
「と、申しますと?」
「我が家には二つ、醜聞がある。一つは『娘が誘拐されたと思って兵を動かしたこと』。もう一つは『娘が家出をしたこと』です」
「……」
「
めちゃくちゃぶっちゃけてくるじゃん。
ようするに挑戦されているのだ。『自分たちのメンツをたもち、なおかつ、お前の家が滅ぼされない筋書きを用意してみせろ』と。
……思ったよりかなり態度が軟化してておどろくが……
まあ、貴族社会のクソさがたっぷり詰まってることには変わりないよね。
いや、知らねーよ! テメェの娘の家出とか!
俺のせいじゃねーじゃん!
……と、言えたらそれが『道理』だとは思うのだけれど、貴族社会において、家格の劣る者は、常に家格の勝る者のメンツを立てないといけない。
……しかし、レイチェルの野郎、なにを言ったんだ?
槍を突きつけられてるのさえなければ、想定してたよりめちゃくちゃ穏やかな話し合いになってるぞ……
まあ、俺が大公の満足いく筋書きを用意できないなら、この場で家もろとも潰されることに変わりはないんだけども。
そうだなあ……プランがなんか、もう、めちゃくちゃだけども。
「やはり、歳を重ねてから得たお嬢さんは、かわいらしいものなのでしょうね」
「……そうですね」
「だから、
「ふむ?」
「ご存知の通り、
「うむ。それで?」
「お嬢さんの教育、あまりうまくいっていない様子ではありませんか」
向けられた槍の穂先が近づいて来る。
しかしそれは、ローゼンバーグが片手を挙げることで、俺に突き刺さる前に止まった。
「たしかに、娘につけた家庭教師は『自分には荷が重い』と言って辞めてしまうことも多い。あなたがそこまで知っていたのは、意外でしたが」
「お嬢さんご本人からうかがいました。そして、私は思うのです。私なら、お嬢さんを教育するにあたうと」
「ではお任せしましょう」
「いまだ実績の一つもない若造に任せるのは不安かもしれな━━はい?」
「お任せする、と申し上げたのです。いえ。
「……」
「我が家の娘は、新しい教師を我慢しきれずに見に来てしまった。それが偶然にも、騎士団にあずけていた娘の教官としてすでに面識のあったあなただった。我々は娘からあなたの武勇について聞いていたので、あなたの領地兵と是非演習をしたいと持ちかけた。それらが同時期に起こってしまった」
「……」
「演習も、家庭教師のお願いも、すべて、そうですな……七日ほど前に交わされた約束でしたな?
「…………あの、つかぬことをおうかがいしますが」
「なんでしょうか、
「最初からこのつもりで?」
「七日ほど前に締結した契約です。そういうことになったでしょう? ……ああ、一つ、不手際がありましたな。契約書は先生の側で保管していただく写しも、こちらに置いたままでした。後日、届けさせます。七日前の日付のものをね」
すごく優雅に公文書偽造を白状されたぞ。
でも家格が低いのでつっこめない。
……やられた。
やられた!
いつからだ!? 少なくとも私兵を出したところまではガチでこっちを滅ぼすつもりだった!
それがいつの間にか、俺に家庭教師をさせるっていう目的での行動になってる!
タイミングは━━そうだ、レイチェルが帰ったあたりだ!
くそ、俺も家も無事に生き残った……でも悔しい……! いつかぶっ殺してやる……!
なんか、なんかないか、意趣返し……!
このままクソ偉そうなやつの手の平の上で転がされるの、クソムカつくんだよなあ……!
「……ああ、そうそう、そういえば、面白い契約でしたね、あれは」
「ふむ? なんでしたかな。歳のせいか、文面の細部までは思い出せませんで」
「ご覧の通り、我が家は家人に暇を出してしまい、私が家庭教師で不在のあいだ、家を見る者がおりません。そう申し上げたところ、ローゼンバーグ卿は快くおっしゃってくださいましたね」
「……」
「『それなら、うちの娘をメイドとして働かせればいい。行儀教育にもなるでしょう』と」
「一理ある」
「あるのぉ!?」
いや、ねーだろ!
俺はあんたが『娘をメイドによこせ』って言われてキレかけながら『まとまりかけた話を反故にもできないしどうやって言い聞かせようか』って悩んでるところに『まあ、思い違いかもしれませんね』って言ってやる程度の意趣返しを考えてたんだよ!
同意されちゃったら意趣返しにならねーだろうが!
「……実は」
ローゼンバーグが身を乗り出してくるのだが、こっちはまだ槍が突きつけられてるので姿勢を変えられない。
「エインズワース卿であれば一目見ただけでご理解くださっているものと存じますが、私は少々、娘を甘やかしすぎた」
「……」
「騎士団に放り込んだのも、こういった娘への甘さを反省したからなのです。しかし……それはあまり効果がなかった。ある人が教官として来るまでは」
「……」
「その『教官』は娘を半殺しにしたわけですが」
「ははは……」
「困ったことに、その半殺しにされた娘当人が、いたくその『教官』を気に入っておりましてな。助命嘆願などするほどに」
どうやら、態度が軟化していたのは、レイチェルが俺の助命をローゼンバーグに嘆願したからっぽい。
ああその、レイチェル……
それは俺が用意してた『宿題の答え』じゃないんだよ。
『自分はさらわれたわけではない』と冷静に話してくれれば及第点。
『エインズワースの側にはローゼンバーグの体面に配慮する用意があります』と伝えてくれれば満点。
人生で初めて挑む『問題』なんだから、そのぐらいの難易度だったんだ。
それが、俺の用意してたプランを全部台無しにする勢いで、たった一人で俺と領地を救ってしまうことまでは、期待してなかった。
教師の用意した以上の答えなんだ、それは。
教え子として━━とびきり優秀なんだよ、お前は。
「もしもあなたが、娘をたぶらかし、『婚約者にでも』などと言い出すならば、こちらも大公家として対応するしかありませんでしたが……しかし、『メイド』とは! 大公の娘を伯爵がメイドに迎え入れるなど、前例がない!」
まあ普通、格上の家に行儀見習いに行くもんだからね。
大公なら王宮あたりが適正であって、間違っても伯爵家はない。
というか時代と状況によっては王族に行儀見習いさせる側だしな、大公。
ローゼンバーグは肩を震わせて笑った。
俺は頬をヒクつかせて笑った。
ローゼンバーグは笑いをおさめて、
「しかし、爵位を抵当に入れているのはいただけませんな」
「よっ、よくご存知で……」
「エインズワースの借金はうちで一本化しておきましょう」
「え“」
「返済能力を見込んでのことです。いやあ、いいお付き合いができそうですね、エインズワース卿」
「え、ええ、ほんとに……あははは……」
なに笑ってんだ。ぶっ殺すぞ。
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