三家会合
「失礼……いたしましたの。」
扉に向かい、死の恐怖と無駄骨を折った虚無感に苛まれながら部屋を出ようとして「クリス、話は未だ終わってないが、良いのかい?」父に止められた。
「へっ?」
父の方に顔を向けるアマリリスが見たものは相も変わらぬ穏やかな笑顔だった。
違う、先刻のそれとは違う。笑顔の中には子どもの成長を喜び、我が子の努力を慈しみ、そして、少しだけ立派になって遠く離れていく愛娘を悲しむ父親が居た。
「このままだと巧くいかない。だからこそ、一寸僕からも意見を述べても良いかい?
「どうぞ……」
「このままだと巧くいかない。だけど、素案・草案としては十分に見込みがある。
もし、クリスが未だやると言うのなら、私は力を貸す。今の案を実用段階にまで研鑽する手伝いをするけど、どうするんだい?
私としては、折角あんなに頑張ってたんだから勿体無いと思うんだが……。」
クリステラの心から消えていた火が、再び点いた。
「是非とも、御指導御鞭撻を、お願い致しますの、お父様。」
その目はキラキラとメラメラと、輝いていた。
【アマリリス家 客間にて】
大きな卓に座していたのは二人の男。
同じ卓にその二人が座るというのは、本来ならば有り得ざる光景だ。
が、このアマリリス家では有り得るのである。
「珍しいこともあったものですね。」
座っていた男が口を開いた。
骨に肉をギリギリまで薄くコーティングした様な痩身に神経質な顔。身に纏った服の方が存在感さえ感じてしまう。
「ったくよぉ、世にも珍しい
対照的に全身を皮膚が弾け飛ぶギリギリまで鍛えた巨漢がそれに応える。
その鍛え上げられた巨体故に、少しドスを利かせた声だけで周囲が、場が揺れる。
痩せた男の名前はロムロ=リード。名門リード家現当主にして国内の職人と名乗る者達の実に三割が所属していると言われている『職人連合会』の頭目を務めている男だ。
筋骨隆々の男の名前はライム=トリオン。豪傑揃いのトリオン家の現当主にして極北地域の大型魔獣群生地と人の領域を隔てる防壁、『極北対魔獣同盟』の盟主である。
両者共に各方面で高名であり、貴族としての力も信頼も圧倒的である。
が、故にこそ、この二人はそれぞれ派閥を作り上げており、仲が悪い。
片や職人達の頭目にして経理計算物資調達の中枢。極北の現状は知る由もない。
片や魔獣退治のエキスパート。対魔獣の戦略構築と支援の為の根回しをしつつ、挙げ句に自信も前線に立つ。職人達の今は遥か遠くの世界の話。
互いに互いの様子が見えない為にその溝は深い。
実際に客間は険悪で、今にも争いが始まるか、良くてお開きになるかの瀬戸際にしか見えない。
しかし、ここが『誰かの家の客間』ではなく、『アマリリス家当主
そもそも、呼ばれた段階で互いに互いの存在は明かされている。
それを承知で二人ともここに来ている。
リード家はアマリリス家現当主、スターク=アマリリスに大きな借りがある。
以前アマリリス領地で起きた贋金事件。その時に贋金作りに巻き込まれて浚われた職人連合会の会員をスタークは救っている。
具体的には、王国通貨管理委員会に口添えをして、贋金の製造所の襲撃の際に浚われた職人達の人命を優先するようにして貰った。
その甲斐有ってか、職人達は全員無事に保護されている。
故にロムロ=リードは
トリオン家はアマリリス家現当主、スターク=アマリリスに大きな恩義がある。
トリオン家の治める領地は極北だけあって作物の実りは少ない。
魔獣との遭遇率の高さもあって、穀類の値段は高く、供給も少ない。
そんな悩みを抱いたまま行った社交パーティー。退屈で自分には合わない場所。そこで彼は軟弱そうな男に出会った。彼は豪傑ライム=トリオンに臆すること無く話し、その度胸と話に機嫌が良くなったライムは口を滑らせ己の悩みを口にした。
『良かったら、これを使うかい?』
それを聞いた軟弱そうな男が懐から一冊の手帳を渡した。
物は試しとその場で手帳を開き、固まった。
そこには、寒冷地に強い作物と育てるノウハウが教科書の様に書かれていた。
今、極北対魔獣同盟には狩りをする者と農耕をする者の二者が居る。
両者は互いの得た物を交換し、より豊かな生活を得る為に毎日を生きる。
自分達の手で狩った魔獣の肉と自分達の手で育てた穀物を毎日十分に食べ、眠る事が出来ている。
故に、ライム=トリオンは
険悪な雰囲気の客間。そんな空気を知ってか知らずか、主役が登場する。
客間の扉を開けて現れたのは二人を呼び出した凡夫にして非凡の男、スターク=アマリリス。
そして、その後ろから覗いているのは、場違いだと知りながらも死地へ赴く歴戦の闘士、クリステラ=アマリリスだった。
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