『扉』にまつわるエトセトラ

松本タケル

第一話 クローゼットの『扉』の向こうは

白い布切れ

〈1〉

 その男性は、今日も大量のマンガ本を買って帰った。自分の部屋に入ると、畳んであった布団を広げて寝転がる。袋からマンガ本を取り出して積み上げると、そのうち一冊を手に取って読み始めた。


 男性は三十代前半の会社員、独身。マンガ本は彼の唯一の趣味だ。紙に書かれた遠い世界に浸り、主人公になりきることで日常のストレスを発散することができた。


 彼は一流大学を卒業したが、人見知りが災いして希望の就職先に勤めることができなかった。結果、名が通っていない中堅企業に勤めている。大学時代の友人には、何となく顔をあわせづらく疎遠そえんになった。


「続きが気になるな」


 立て続けに数冊、読み終えた男性は、室内の電灯が薄暗いことに気が付いて枕元のスタンドを点灯した。部屋は古い家屋の二階にある和室。彼は両親と同居しており、実家の一部屋を自室として使っている。家賃を両親に支払っているが、自分で部屋を借りることを考えると負担は少ない。その結果、浮いたお金を好きなマンガに注ぎ込むことができた。


 時おり、「いつまでいるつもりだ?」と両親に問われることがあるが、追い出されるようなことはなかった。一人息子が近くにいること自体は喜んでいるようだ。


 次のマンガ本に手をだした男性は、さらに一時間ほど読みふける。そろそろ、休憩をすることにした男性はトイレに行くために立ち上がった。


「おや?」


 部屋に戻った男性は、見慣れない物に気が付いた。押し入れのふすまの間から何かがはみ出している。よく見ると、それは白い布切れだ。


「何の布だ?」


 押し入れには大量のマンガ本が収納されている。大半が古いマンガ本だ。入り切れなくなったマンガ本は、別の部屋に山積みにしてある。


 男性は、十センチメートルほど出ているそれを近くで観察した。


「カーテンの端っこかな? そんなもの入れてないはずだが」


 違和感があったが男性は再びマンガの世界に帰っていった。


〈2〉

 女性は、帰宅するなりテレビをつけた。一人暮らしにしては大きいテレビだ。


「良かった、間に合った」


 目当てのテレビドラマがちょうど始まった。録画をしているが、続きが気になる性格の彼女は一秒でも早く見たかった。二十代半ばの彼女の好みは恋愛ドラマ。


 オープニングの歌が始まると音量を大きくする。ワンルームマンションで暮らす彼女が、入居前に一番に確認したのが防音だった。大音量でも周囲に響かない作りが気に入り、この部屋を選んだ。


 冬が近付いており、帰りたての部屋は冷えて寒い。彼女は急いで電熱ヒーターを小さなソファーの近くに運んだ。エアコンで温めることもできたが、風の音が気になりドラマに集中できない。そのため、ドラマの視聴中は小さな電熱ヒーターで暖を取るのだ。


 ソファーに座り、外出着のまま一時間ほどドラマの世界に浸った。


「ああ、続きがきになる」


 現実には付き合っている男性がいないがドラマで恋愛の興奮を楽しんでいた。彼女は両親が経営する建築会社の経理課に勤めている。同世代の社員は少なく恋愛対象はいなかった。


 そんな状況を変えたいとの思いで、一人暮らしを始めたのだ。決して高くはない給料から家賃を捻出するのは厳しい。そのため、夕食は自分で作ることが多かった。その日も野菜炒めを作り、冷凍していたご飯を温めた。お盆にそれらを乗せて部屋に戻った。


「おや?」


 両開きのクローゼットの隙間から何かがはみ出している。十センチメートルほど白い布切れがはみ出している。


「服の端が挟まっているのかな?」


 そう思った彼女だが、該当する服は思い浮かばない。不自然さを感じつつも、ソファーに座り録画していたドラマを再生した。


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