第36話 無力と友と
紅雄はライカにある場所を指示し、そこへ移動させた。
「ここでいいのかい?」
そこは始まりの場所。紅雄たち二年一組が初めてこの世界に連れてこられた崖の上だ。
遥か下のがけ下には川が流れている。
「ああ、ここでいい、ここじゃないと、俺はあいつを倒すことができない」
将の手から奪った剣を握り締める。
「この場所になにかあるのかい? ここは何か特別な場所?」
「特別と言ったら特別だ。俺たちが初めてこの世界に来た場所だからな。そして、俺が頭を強く打って眠った場所でもある」
「……それだけ? そんな場所でどうやってあの『異能騎士団』に勝つの?」
「将は俺たちの攻撃を時間が止める能力で全く受け付けなかった。あいつが油断したときだけ、慢心したときだけ触れることはできたけど、攻撃は全く通らなかった。だけど、一回だけ、あいつがなすすべもなくダメージを受けた時があったんだ」
そう、それは将と草原で対峙したときだ。
「あいつにもここで頭を打ってもらう!」
剣を崖に向けて投げ放った。
「『
紅雄が高らかに声を上げて能力を発動させた。
「へ?」
将が空中に現れる。地上の川から優に五十メートルは上の上空に。
「な、にっ……これは! 『
落下し始め、慌てて時間を停止させる。
「ここは空の上か、地上は? 遥か下。落ちるしかない? どこか、どこかに足場は? 足場はどこだ⁉」
空中に停止したまま周りを見渡す。
だが、将が出現した場所は崖の上からはるかに離れ、まさに空の真ん中だった。手が届く範囲には何もない。移動しようにも、空中にいるのだからどんなに腕や足をかき回してもどこにも進むことはできない。
完全に————詰んだ。
「あ、あああああああ……」
時間をこのままずっと停止させておくこともできる。だが、その間ずっと空の上にいて、解いたら自分が死ぬという恐怖を味わい続けなければならない。
「ああああああああああああああああああああ‼」
そんなの駄目だ、発狂してしまう。
崖の上にいる紅雄を見る。
「助けてくれ! 助けてくれぇ! 紅雄ォォォォォォ!」
ぐしゃぐしゃに泣きわめき、紅雄に助けを求める。
だが、停止した時間の中では紅雄の耳に声は届かない。
「そっか、動かさなければッ! 『
時間が再び動き始めて、将の体は再び落下し始める。
「紅雄ォォォォ! 助けてくれよ! 紅雄ォォォォォ!」
「頭を冷やせ、馬鹿野郎」
「ベニオオオオオオオオオオオオオオ‼ ベニッッ、『フ、フリィィィ」
パァン‼
将の体はなすすべなく、がけ下の川に叩きつけられた。
「将……」
崖の上から覗き込む。
下の川にはうっすらと黒い鎧が見え、沈んだままピクリとも動いていない。
「…………」
勝った。だが、何とも後味が悪い勝利だった。
殺すしかなかったとはいえ、将は友達だった。
「やったな、紅雄」
「ウオオオオオオエエエエ!」
気持ち悪さがこみ上げて思いっきり吐いた。
「慣れない『
ライカが背中をさするが、気持ち悪さは『
いつかはこの気持ち悪さにも慣れなければいけない時が来るのかなと、どこか冷静に紅雄は思った。
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