第31話 再会と変貌と

 その名前を聞いて、黒い鎧の男を見る。兜をかぶっていて顔を見ることができない、それにかなり禍々しくごつい鎧を纏っているので、よくわからない。

 ただ、二年一組にショウという名前は、小田巻将おだまきしょうただ一人だけだ。

 鎧の男は焦れたようにゆっくりとこちらへ歩き始めた。


「あいつ、が? ショウ?」


 この世界に来て優しく声をかけてくれた、あのショウなのか?

 鎧の男が谷間の道の手前までたどり着く。彼が歩いて接近する間、村人も、ライカも誰一人動くことができなかった。

 鎧の男が首を上げ、手を顔の前に添える。


「そこにいるやつら、姫田紅雄を呼んできてくれ! 話がある!」


 メイデン村の住人へ呼びかける声は確かに、小田巻将の声だった。

 紅雄は谷間の道を降りていく。


「呼ぶ必要は、ない。紅雄は俺、俺だ! 俺に何か用か⁉」


 一応警戒しつつ、鎧の男へ接近していく。


「おぉ! 紅雄! 紅雄か! 本当に目覚めてたんだな! 俺だよ、そうか兜をつけてちゃわかんないよな! 将だよ、小田巻将だ! ハハッ!」


 兜を脱ぐと、下から笑顔の小田巻将の顔が出てきた。兜を地面に投げ捨て、声が嬉しさで上ずっていた。

 手を広げてゆっくりと紅雄に近寄ってくる。そのまま抱きしめようとするかの如く。


「おっと、ハグはやめろ、抱きつくのはやめてくれ、どう考えてもお前に抱き着かれると痛い。その鎧絶対刺さる」


 炎のような形の鎧のため、全体的にとげとげしい。この世界に来た時の同じ井関高校の制服を着続けているため、絶対にあの棘は貫通する。


「……将、なんだな?」

「当然だ。誰に見えるっていうんだ?」


 にこやかに笑う将。三ヵ月前に見た時と同じ笑顔、同じ声だ。


「将なんだな、やっぱり! 何だよ。お前全然変わってないじゃないか! 皆が魔王軍に裏切ったって聞いて、すっかり性格も変わっちゃったんだと……でも、どうしてここにいる? もしかして、お前も魔王軍に、魔王の配下になっているのか?」

「あ~……紅雄。お前を誘わなくて悪いと思ってる。だけど、あの時、お前を残してメイデン村を旅立つときに、思ったんだ。紅雄が起きようが起きまいが、俺たちで世界を救えるから、お前を連れて行かなくてもいいかって、みんなチート能力を持っているんだから、すぐに世界を救えるだろうって。眠っている間に元の世界に帰すことができるだろうって。だから、お前を残したまま世界を救うたびに出たんだよ。あ~……寂しい思いをさせたな。本当に申し訳ない」


 ペッコリと、将が頭を下げた。

 質問に答えていない。

 それに、いけしゃあしゃあと、「魔王の配下になったのか」という質問に対して否定もしていない。この世界の人間に対して、一言も謝罪の言葉を発していない。

 将の説明を聞いているうちに、紅雄の中でフラストレーションがたまり、爆発した。


「俺を残していったことはもうどうでもいい。じゃあ、何で俺はまだここにいる。この世界にいるんだ? 世界を救いに行ったんだろ⁉ 魔王を倒しに行ったんだろ⁉ 魔王の城まで行ったんだろ⁉ そこで一体何があったんだよ⁉ どうして『異能騎士団アルタクルセイダーズ』なんて名乗っているんだよ⁉」

 怒りをぶつけ、一気にまくしたてられ、将はたまげたようにのけぞった。

「あ~……紅雄。落ち着け?」

「答えろ! お前らは‼ お前はこの世界の人間を殺しまわっているのか⁉」


 おどけたような顔をしていた将の顔がスッと真顔になった。


「紅雄、いい加減にしろよ。俺も怒るぞ」


 目が吊り上がり、怒りを内包した目を向けていた。将はごまかそうとはしていない。本当に、紅雄の言葉に対して怒りをあらわにしていた。

 逆に、少しだけ、安心した。もしかしたら、紅雄は何か誤解をしていたのかもしれない。『異能騎士団アルタクルセイダーズ』は、二年一組はこの世界に来ても性格が変わったりなんてしていないのかもしれないと。

 紅雄が表情にほころびが出ると、将は呆れたようにため息を吐いた。


「全く、人間を殺しているって言い方は良くない。紅雄、気を付けろ。他の奴らはそんないい方されると傷つくやつがいるからな?」

「他の奴らって。二年一組の奴らとよく話すのか?」

「当然だろ、仲間なんだから」


 将の言い方に安堵が増す。この優しい男が仲間と認め続けているのだ。恐らく『異能騎士団アルタクルセイダーズ』とは何かの誤解だ。このイノセンティアでは何か誤解されて広まっているんだ。


「全く、言い方を改めろよ。人間を殺してるんじゃなくて、キャラクターを消してるって言い方にしろよ。その言い方だったら、俺たちが人殺しみたいだろ?」

「……将? キャラって……」


 将は肩をすくめて何でもないことのように話す。


「あ~……何をまだ話してないっけ? ああ、魔王を倒していないことか。いやね? 皆魔王の城に向かっているときに気が付いたのよ。俺たちチート能力を持って無双してたんだけど、魔王を倒したらこの能力が消えるのかなって。そして、この世界の登場人物たちは皆褒めてくれるわけだよ。俺たちのことを、誰にもできない世界を救う異能を持つ騎士団。『異能騎士団アルタクルセイダーズ』って」


 『異能騎士団アルタクルセイダーズ』は元々自称していたものではなく、この世界の人から呼ばれた称号だったのか、その事実を初めて知ったが、それよりも気になるワードをこの男は言った。


「登場、人物?」

「ああ、で、みんな考えたわけさ。もしも魔王を倒して、もとの現実世界に戻ったら、このチート能力がなくなっちゃうんじゃないかって。みんなの賞賛の声がなくなってしまうんじゃないかって。だったら、この世界だったらみんなが褒めてくれる、勇者だと認めてくれる。の・に、もとの世界に戻る必要がどこにある? ないんだよ、紅雄」


 新しいことを習って、それを自慢する子供の用に将は語る。


「メイデン村を旅立って一か月ぐらいだったかな。俺たちは魔王の城へ着いた。ああ、やろうと思えば一日で行けたんだけど、あまり焦っていってもしょうがないかなって。のんびり観光しながら行ったよ。竜のいる火山とか、人魚のいる入江とか、地球じゃ見られない景色ばかりで楽しかった。ああ、話が逸れたな。そのうちお前にも見せてやるよ、ウフフフフ。で、魔王の元に辿り着いた時に、クラスメイトの誰だったっけな。確か九条か権藤かそこらへん当たりだったと思うんだけど、そいつが言ったんだよ。魔王を倒さないで、このまま俺たちがこの世界を管理した方が良くないかって」


 こんなテンションの高い将を見るのは初めてじゃない。一年の時も同じクラスだった。思春期で、自分のキャラじゃなく誰かの真似だったり、今までの自分が嫌だったりと、妙にテンションを上げて、今までと違う話し方で話そうとすることはたまにある。将も去年に一度くらいだったが、野球部のレギュラーに選ばれたときに嬉しそうにクラスメイト達に自慢していた。こんな感じの奇妙な口ぶりで。


「だってそうだろ? 魔王は倒そうと思えばいつでも倒せるし、倒した後に俺たちはこの世界を出て行ってしまう。なら、倒す前に俺たちの超常の力で、この世界をちゃんと人族や魔族たちが仲良く生きていけるように調整した方がいいんじゃないかってな」

「調整? 人を殺して回ってるのが調整だって言いたいのか?」


 やめろと言われたのに、紅雄はまた「人を殺している」という言い方を使った。


「だから、その言い方はやめろって」

「答えろよ。ビアーギッシの虐殺は、お前の言う調整の名目で行ったのか⁉ 何か目的があってやったっていうのか⁉」

「ビアーギッシ? どれのことだ?」


 将は首を傾げた。


「お前たちがやったっていう。街の人間をみんな閉じ込めて、そこの奴らを殺し合わせた街だよ! 『異能騎士団アルタクルセイダーズ』がやったっていうのに、知らないのか⁉」


 激昂する紅雄に将は顎に手を当てて考え込む。


「閉じ込める……殺し合わせる……なら多分、清村と崎島の能力だな。た、ぶん? 詳しくは知らないけど、キャラが多すぎると思ってやったんじゃないか?」

「詳しくは知らない? やったんじゃないか? そんなに軽く言えることじゃない。何人の人が死んだと思っているんだ! 何人殺したと! お前らは人の命を何だと思ってるんだ⁉」


 胸倉をつかむ。鎧で重く、持ち上がらせるのは不可能だったが、できればそのまま将の体を持ち上げたかった。


「紅雄。お前の言う通り、人の命は大切だ。そんな簡単に失っていいものじゃない。人の命は地球と同じぐらい重いというが、それほど命は大切にしなきゃいけないと、俺も思う」

「だったら!」

「でも、イノセンティアは現実じゃないだろ?」

「はぁ?」


 将の目に曇りはなかった。純粋にそう思っていた。


「この世界にいるキャラクターたちをいくら消したところで、現実に戻る俺たちを誰がとがめるっていうんだ? とがめられるっていうんだ? この人間をいくら殺したところで、俺たちは現実にそのうち帰るんだぞ? いわば超リアルなゲームの中にいるようなものじゃないか。なら、こっちで良いことしようが悪いことしようが関係ない。なら、楽しんだ方が得、だろ?」


 将の手が伸びる。


「お前も、一緒に遊ぼうぜ」

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