第29話 誤解と危険と
森の中をミントは走り続けていた。
紅雄が仲睦まじくライカと話していると胸が痛む。彼女との仲を紅雄が深めていくうちに、自分は紅雄に相応しくないのではと、ミントの心の中にはいつも不安があった。だから、今回のことはやっぱりかという感じだった。
自分は所詮、田舎の村娘。
そして、相手は王都の貴族、それも特別な
どこかで気が付いていたのだ。自分はいつか紅雄から身を引かなければならない時が来ると、その時が来ただけなのだ。ずっとわかっていたはずなのにどうしてこんなに胸が痛むのだろう。
「……ッ、ック! うぅ……」
走りつかれて足を止める。
紅雄は初めて見た時はそこまで好きではなかった。目覚めても、祖父に結婚しろと言われたときも、好きという感情はなく、結婚の話もできれば断りたかった。だが、村になじんでいく彼の姿を見ているうちにだんだん魅かれ始めた。ゴブリンの軍勢に全滅させられると絶望していた村の人たちの顔を彼が上げさせたのだ。
だから、村を継ぐために二人で逃げ延びる旅に出た時は、悲しみが強かったが、心の底ではこんな人と添い遂げることができるのかという嬉しさもあった。
「ベニオ……さん……」
名前を呼び、胸をぎゅっと抑える。
ライカがいるのだ。彼女が入る以上、自分を選んでくれない。私は紅雄に相応しくはないのだ。泣くのはこれで最後にしよう。
「ベニオさん、ベニオさん、ベニオさん……」
胸をグッと押さえつけ、彼への想いを断ち切ろうと、これで呼ぶのは最後にしようと名を呼び続けた。
ガサッと、枯葉を踏んだ音がした。
「紅雄のことを呼んでいるな。やはり、紅雄がいるんだな?」
知らない男の声だった。
「え?」
顔を上げる。
不気味な黒い鎧と、鬼の面をかぶった男が立っていた。背中には巨大な剣を背負い、絵本の悪魔がそのまま飛び出てきたような姿だった。
「………ィッ!」
声が、出ない。恐怖でミントの喉が凍った。
「女、答えろ。紅雄は村にいるのか? あいつは目覚めたのか?」
「………ッ!」
います、と答えようとしたが、どうやっても言葉が出なかった。だから、必死で頭を動かし、ぶんぶんと頷いた。
「そうか、先遣隊を全滅させたのはやはりあいつか。馬鹿なことをしたもんだ……お前、泣いているのか?」
鎧の男はミントの泣きはらした目に気が付き、
「どうして泣いているんだ?」
ミントに一瞬で近づいた。
「……ェ?」
ミントは鎧の男の手が顔に伸びているのに、体を固まらせた。三メートルほど、鎧の男とは距離が離れていた。だが、その距離が瞬きをしていないのに、気が付かないうちに詰められ、涙を拭われている。
「答えてくれ、どうして、泣いている?」
面の向こうの、本物の男の目が光った。
その眼に恐怖し、ミントは何とか言葉を絞り出す。
「……けて、助、けて、紅雄さん……」
鎧の男の手が止まった。そして、ゆっくりとミントから体を離す。
「そういうことか、お前は紅雄の女というわ、け、か」
「………」
首がうごかなかったのか、否定したくなかったのかわからなかったが、ミントの首は横に振られなかった。
そして、鎧の男は俯き、
「クックククッ……アーハッハッハッハ!」
顔を上げると腹を抱えて笑い始めた。
「なるほど、そういうことか。あいつがそちら側に着く理由がようやくわかった。そうかそうか、そういうことか」
うんうんと頷く鎧の男にミントは恐怖しか感じない。
「なら、お前は俺と来てもらう必要があるな」
暗い手甲に包まれた手がミントへと伸びていった。
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