第18話 決闘と勝機と

 右手に持つ剣と、左手に持つ水が入れ替わる。


「な!」


 剣の間合いの分だけしか、ライカは避けようとはしなかった。だから、紅雄の手から水が発せられるとはつゆとも思わず、その体に見事にぶっかけられる。

 頭からかぶり、金髪も、雷衣サンダークロスのドレスもびしょ濡れになる。


「へへっ」

「………で?」


 してやったりと笑みを浮かべる紅雄に、呆れたような目を向けるライカ。


「こんなことして何がしたかったの? 私の服でも透けさせたかったの? 濡れ透け好み?」

「ちげーよ、バカ!」


 雷衣サンダークロスのドレスは結構生地が厚く、全く透けなかった。畜生、正直少し期待したのに。

「お前の能力は雷を全身に通して発動させる。そして、水は電気を通しやすい。そんな状態で『疾風迅雷グローム・アクーラ』を使えば魔法が制御できなくて全身感電して焼け焦げ」

「ふぅ……」


 閃光が酒場に走る。

 ライカは呆れたように肩をすくめ、『疾風迅雷グローム・アクーラ』を発動させた。


 ドスッ……!


 紅雄の腹部に鈍痛が走った。


「ぐ……」

「少し勘違いしているようだけど、『疾風迅雷グローム・アクーラ』を発動させている間の私は人間じゃなくて雷そのものと同化しているの。だから、体が濡れようが濡れていまいが、関係ない。残念だったね」


 ライカが一瞬で紅雄の眼前に接近し、腹に拳を叩き込んだのだ。


「もう手詰まり? それとも、もしかして、雷衣サンダークロスの機能を壊そうとした? 濡れたら『疾風迅雷グローム・アクーラ』が使えなくなると思った?」


 剣を落とし、崩れ落ちる紅雄をあおるライカ。

 紅雄は酒場の床に大の字になって寝転がる。頭の位置がスカートの手前にあって、もうちょと身じろぎすればライカのパンツが見えそうだ。


雷衣サンダークロスの機能って……濡れたら壊れたりすんの? そんな家電みたいな理由で『疾風迅雷グローム・アクーラ』って使えなくなるの?」

「カデン……っていうのが何なのかわからないけど、濡れて壊れたりはしない。燃えたり、バラバラに切られたりしたら別だけど。私が着ているサンダークロスは特別製でね。雷蟲ボルムの糸で編み、代々のストレリチア家の当主が雷の魔法をかけ続けた由緒正しい衣なんだ。だから体を雷と同化という他の人間ができないことができる」

「つまり、そのドレス脱いだら、『疾風迅雷グローム・アクーラ』が使えないってことか」

「そういうこと、あ、濡れて私が脱ぐと思った? おあいにく様、『疾風迅雷グローム・アクーラ』をつかえば、水なんてはじけ飛んでもう乾いてるから」


 言葉通り、すっかい乾いた雷衣サンダードレスを見せつけるようにフリフリと振った。


「………!」


 スカートが揺れ、もう少しでパンツが見えそうになる。そこで、紅雄の頭にあるひらめきが浮かんだ。

 寝ころんだ状態で背伸びをして、ライカの股の直下に潜り込む。


「ドレスは黄色いのに、パンツは白いんだな」


 純白だ。彼女は意外と純情なのかもしれない。


「……ッ⁉」


 一方、ライカの顔は真っ赤に染まった。


「この、変態がッ!」


 そして、怒りに任せて、紅雄の顔を踏みつける。


「ガッ………!」


 ブーツで顔面を踏みつけられて、頭蓋骨が割れるかという衝撃が走る。だが、


「パンツ見られて恥じらうなんて、意外とあんたも乙女なんだな。一つ、聞いていいか?」


 紅雄はライカの踏みつけている足をがっちりと、左手で掴んだ。


「質問に答えるのはいいけど、その前にそこをどいてくれない?」


 恥ずかしそうに唇を震わせ、踏んでいる足に更に力を込める。


「イデデデデッ! いや、ここがいい、この位置じゃないとダメだ」


 頭蓋骨にライカの体重がかかり、軋み続けているというのに、紅雄は断固としてそこに居座った。


「そんなに私のパンツが見たいの?」

「そう、見るのが大事だ。俺によってあんたが辱められたというファクターが、何よりも大事なんだ」


 ブーツを握る左手が離れ、少し、ライカの足の位置がずれる。

 紅雄の目はまっすぐ上を見据えていた。確かな覚悟と信念が宿った瞳で、白いパンツを凝視していた。


「どういう意味?」

「今、こうやって俺があんたのパンツを見ているのに、どうしてあんたは『疾風迅雷グローム・アクーラ』で距離を取ろうと思わなかった?」

「いや……どうしてって言われても……」


 ライカは首を傾げた。そんなことを言われても、無意識の行動だ。パンツを見られた羞恥で怒りが沸き、逃げるような臆病ともとれる行動をとりたくなかったから、紅雄に制裁を与えたかったから。だから、紅雄の頭をそのまま踏みつけた。深く考えるとそんなところだろうか。


 つまり、結局は———、


「頭に来たから?」

「そう、あんたは俺に辱められて、頭に血が上った。冷静な判断を欠いたんだ。だから、俺の射程範囲に入っても、『疾風迅雷グローム・アクーラ』で逃げようとしなかった。それが、あんたの敗因だ」

「敗因って。負けるって? 私が? ハッハッ、強がりを。ありえない」


 何を馬鹿なと、ライカは笑いとばした。


「俺の勝ちだ。ライカ」

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