4話

「俺はルール家を思って言っているのに……どうして皆は分かってくれないッ!」

「彼が残っていた方がルール家のためになると考えているからだ。リールの言うようにシオンはシオンでは無いかもしれない。だが、それを補えるだけの可能性を彼は秘めている」


 そこまで買ってくれるのはありがたい。

 だけど、その理由で俺を留めていいのか。俺が異分子として家を破壊する可能性だってゼロでは無いだろうに。もちろん、家を守りたいだけと話すリールはリールで好めないけど。明らかに家だけが理由で追い出そうとしているようには見えないからな。


「だとしても、俺は……」

「それなら決めたわ」


 マリアが何かを決意した顔を見せた。

 このままだと埒が明かないと思ったのか。まぁ、俺も先の事を考えたいから早めに終わってくれたら方が嬉しいんだけどな。家を追い出されるにしても、残してくれるにしてもサッサと結果を教えて欲しい。


「私も一緒に家を出る。元々、婚約相手も決められていて自由な時間も取れなかったから丁度良かったわ。もちろん、本家の血を引いた私を追い出すという事はそれなりに対価が必要よね」


 なるほど、そういう考えか。

 確かに不満があったのなら俺を理由に家を出る事だって出来るだろうからな。それに一緒にとか、言動からしてマリアは本気でシオンが好きだったんだろう。どちらにせよ、メリットしか無いから一緒に出ていきたいのかな。


「何を」

「待ってくれ!」

「ルール家を思っての発言なら、それくらいの覚悟は出来ていたはずよね。今更、何を二人は焦っているのかしら」


 うーん、すごく嫌らしい笑顔だ。

 これが俗に言う悪女という奴か。まぁ、俺のためを思っての発言だから個人的には嫌らしいと思いながらも、可愛らしくも感じてしまうけど。こっちを見てニコニコしているあたり本気で出ていく気なんだろうなぁ。


「マリア姉が一緒に来てくれるならすごく心強いよ」

「良かったわ……少しだけ、ついて来ないでって言われると思っていたから……」

「ルール家じゃない私からしたらマリア姉が幸せになる選択を取りたいからね。何も知らない私を助けてくれたのもマリア姉だけだったし」


 わざとらしく笑ってあげる。

 でも、この笑みは作ったものじゃない。本気で思っている事だ。俺はシオンじゃない、だから、ルール家とかどうでもいいんだ。シオンじゃない俺からしたらマリアは嫌いじゃない。結婚がどうこう以前に一緒に暮らせて嫌な事は特に無いかな。


「はぁ……分かったかい、リール。こういうところも含めて私はシオンを追い出したくなかったんだ。ましてや、今はリールよりも彼の方が大切にすら思えてきているよ」

「どうして」

「お前が如何にルール家を思おうと今の当主は私であり、何よりルール家を名家にしたのはリールじゃなく私だ。その私を蔑ろにする息子をどうして愛せる?」


 うっ……すげぇプレッシャーだな。

 今まで感じていた、例えで使うプレッシャーとは違う本物の威圧感。それが一気に周囲に放たれたのだから戦闘未経験の俺からしたらたまったものではない。……まぁ、それは俺だけに限った話ではなさそうだけど。


「マリア、別に共に過ごしたくないというのであれば婚約解消も許そう。だが、その代わりとなる相手も自分で見つけなければいけないぞ」

「ええ、シオンがいるから問題無いわ」

「……シオンは家族だろう。体裁を気にしろとは言わないが、それは最終手段にしておけ。後、婚約解消の件は私から伝えておくよ」


 ニッコリと笑いながらシンは告げた。

 そのまま俺の方を見て……笑みを消したかと思うと立ち上がる。何かされるかもしれない、そう思ったがプレッシャーの影響か体が言う事を聞いてくれない。ゆっくりと近付いてきて後ろへ来てようやく身構えられたが……遅いだろう。


 でも、俺の考えていた事は起こらなかった。


「私から繰り返し言わせてもらおう。君が誰だろうと私はシオンだと思って家に残す。……良かったよ。シオンが生き返ってくれて」


 後ろから頭を撫でて呟くだけ。

 他に何かをするわけでもなく奥の豪勢な椅子へと座り込んだ。俺の方へは笑顔を向けてくれるがリールの方には同じ姿を見せはしない。色々な意味で考えさせられたんだろうな。もちろん、本当に家の事を思っている可能性も無くはないけど。


「さてと、シオンと少しだけ話したい事があるからね。リールとルフレは部屋を後にしてくれないかな」

「私は……」

「もちろん、マリアも残って構わない。シオンのこれからについて話すつもりだからね。マリアが聞いていても問題は無いだろう」


 笑いながら話すシンの言葉にマリアは喜んだ。

 これで本当はシオンじゃないです、なんて言ったらどんな反応をするのだろうか。本来なら関わり合う事もないような人達が目の前にいるんだ。もしかしたらリールの言葉通り何も貰わずに消えておくべきだったかもな。とはいえ、もう遅いか。


「リール、この家を心配しようとも全ての決定権は私にある。それだけは忘れるなよ」


 シンはリールを見ず淡々と言いこちらを向いた。

 笑顔は浮かべたままで話せるところを見ると本気で貴族がどれだけ恐ろしいのかが分かるな。本音と建前を上手く使っていたり、家庭内での順位付けを行っているところとか……日本だとここまで露骨では無いだろう。


「それじゃあ、続きを話そうか。とはいえ、そこまで畏まる必要は無いよ。来年からはシオンも学園に行くから、その準備をするための話をしたいだけだからさ」

「学園……」

「記憶が無いから覚えていなくても仕方ないよ」


 聞き返したけど笑うだけで嫌な顔一つしない。

 気にしていないんだろうな。俺としては話を聞けるだけありがたいけど。……ただ学園というからには学校に通えみたいな話をされるんだろう。本音を言えば今更、もう一回、学校に行くのは気が引けてしまうから断りたいな。まぁ、そうも言っていられないだろうが。


「シオンももう11歳だからね。来年からは学園で貴族としての知識を付けてもらいたいんだ。公爵家の息子でありながら教養が無いとはいかないからさ」

「……気は進みませんが」

「記憶も無いから当然だよ。まぁ、嫌だと言われても無理やり行かせるけどね。学園で学べる事は少なくないはずだし」


 やっぱり、そこは拒否出来なさそうだ。

 うーん、逆に考えるか。勉強の仕方に関しては分かっているし大丈夫だろう。就活でそれなりに勉強もしていたから……甘く見なければそうそう失敗はしないと思うし。それでシンに気に入られるのであれば悪くはないかな。


「……学園には通います。その代わりに頼み事をしてもいいですか」

「内容によるかな」

「単純な話です。今回の件で強く思った事なのですが」


 どうせならルール家という事を活用する。

 言い方は悪いが異世界で生き残るためにも利用出来るものは何でも使うつもりだ。それにシンだって説明さえすれば否定まではしないだろう。近しい事をシンの口から漏れていたからな。


「数人の騎士とお金を貸して頂けないでしょうか」

「……ふむ、別に構わないよ」

「早まって結論を出さなくても良いですよ。とはいえ、お父様からしても悪い話ではないはずです」


 ホイホイと貸してくれるのは嬉しい。

 でも、家族だからと早急に決められるのも俺としては嬉しくないって気持ちもある。偽物のシオンであるからこその背徳感というか、それに近い何かが膨れ上がってくるから考えた上で決めて欲しい。


「再度、暗殺者が来ても対処出来るよう訓練に励みたいのです。そこで指南してもらうためにエルを、加えて準備を整えるためにお金を頂きたいと考えています」

「強くなりたいということか、すごくありがたい話だな。元からその話をするために残したからな……無論、考えは変わらないさ。それで、お金はどれだけ欲しいんだ」


 幾ら欲しいか……溺愛し過ぎだな。

 いや、だからこそ、俺から金額を提示すべきではないか。それこそ、貨幣の価値も分からない今の俺が提示するには無理があるし、せびり過ぎたら俺の心が持たない。


 ……なら、子供らしくは無いがーー。


「そこはお父様にお任せします。私をどれだけ買って頂けるか、息子として強く気になるところなので」

「ほう……面白いじゃないか。本当にシオンは変わらないな。……分かった。後でマリアに渡しておくから受け取ってくれ」


 シンは一瞬だけ人を見定める目を見せた。

 その後に笑って誤魔化してきたが弱いプレッシャーを肌で感じたから忘れられない。本当に人を見る目があるのなら俺の価値もよく理解しているはずだ。そういう意味でも気になる。本物の見定める目を持つ人なんて見たことがないからな。

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