首を吊ろうとしたら邪魔者扱いされた話
桜もち
首を吊ろうとしたら邪魔者扱いされた話
「ねぇ、そこにいられるの邪魔だから早くどいてくれない?」
「え?」
明るめの色をした肩まで伸びる髪をたなびかせ、見るからにギャルのような格好をした女子高生に声をかけられた。制服から見るに同じ高校だ。
最近、似たようなことを言われていた俺。
それでも今の状況を俯瞰してみるとなぜ今この状況で言われなくてはいけないのか戸惑った。
「あの、俺が今何をしようとしているのか分かってる?」
今、俺は地元の人でもなかなか入ろうとしない茂みの奥にいる。
そこには撤去せずにずっと残っている工場と思われる建物と辺りの中で一番と思われる大樹くらいしかない。
そんな大樹に2つの木箱を積んで高さ作って、その上に乗って枝に結んだ縄を用意して自分の首元に輪っかを持っている。
俺はいわゆる首吊り自殺を決行しようとしたいたのだ。
にもかかわらずギャルは興味ないような表情で「別にー」と一瞥した。
「あのさ。一週間後ウチら卒業式なんだよね。それでクラスのみんなでタイムカプセル埋めよって計画しているんだ」
「は? タイムカプセル?」
俺のことはお構いなしにギャルは話を続けた。
どうやら卒業式の日に埋めるタイムカプセルの場所探しにきていたこのギャルはこの場所を見つけたという。
元々人があまりこないこの場所なら掘り起こされる心配はなさそうと思って下見に来たのだという。
ちゃんと土を掘れそうかとか確認したいから退けと言っていた。
今、自殺しようとしていた俺に……。
「他の場所にしてくれよ。他の場所でも埋められるだろ?」
「えー、なんかこの辺りエモいからここがいいの」
ギャルは「こんな大きい樹の下でタイムカプセル埋めるとかアリ寄りのアリ」と目を輝かせながら呟いた。
そして彼女は俺の目を見た。反射的に俺は目を逸らした。彼女は気にせず「それに」と前置いた。
「そっちだってここ以外にも死に場所はあるんじゃないの?」
ギャルは俺のしようとしていることが分からない天然とかではないようだ。
「私たちがここ使いたいから。邪魔しないでくれない」
「──っ!!」
彼女は俺が今にも死のうとしている場に居合わせても、止めようとも狼狽えることもしない。むしろ自分たちの都合のために場所を空けろとまで言ってきた。
『邪魔なんだよ』
彼女の言葉が記憶をリフレインして、ついカッとなった。
「何でお前らはいつもいつも俺のことを邪魔者扱いするんだよ!!」
──俺は2年目の高校生活を送っていたら同じクラスのカースト上位のグループに目をつけられた。
バスケ部に所属しているガタイのでかい男子生徒。完全に校則違反している格好の女子生徒。そんなグループが下品に笑いながら俺の席を占領していた。
俺がどいてくれるように懇願したら「あ!?」と睨まれた。
一瞬怯んだが、こちらには非がないのだから再び抗議した。そんなことがきっかけで彼らに目をつけられた。
男子生徒には体育の授業の試合などでは集中的に狙われたり、女子生徒にはグループでやる課題を押し付けられたり……。
周りに助けを求めようとしたら誰も巻き込まれたくないようで目を逸らされた。
登校するのが億劫になってきて自宅に引きこもり気味になっていたら両親から「高校生なんだから家にいないでさっさと学校へ行きなさい」と家にいることも許してはもらえなかった。
数日空いて教室へ赴いたらまたカースト上位のグループがまた俺の席を使っていた。「あの……」とおそるおそる声をかけると彼らはおどけた態度をとった。
「なんだ。まだいたのかお前」
「うわ〜〜。あれだけされてまだ来る気あるんだ。ウケる」
言いたい放題言われた俺にいトドメを指すかのようにグループの代表格の男子生徒がこちらに近寄ってきた。
「お前邪魔なんだよ。さっさとどっかいけ」
そう言われて俺は教室を後にした。
「──全員、人のことも気にしないで勝手に言いやがって!! 俺が死のうとしている場所ですら邪魔者扱いしやがる……。ふざけるな!!」
俺が憤慨すると目の前のギャルが一瞬驚くも「はぁ」とため息を吐いた。
「……そもそも私は君のこと知らないし。知らない他人より自分のことのために動いているんだけど何か間違っている?」
確かに初めて会った者同士。深い事情なんて知りもしない。だけど死ぬ最後の場所のために譲ってくれても良いのではないかと思ってしまう。
「まぁ、今ここで君に死なれると私たちがタイムカプセル埋められなくなるかもし、埋めた後でも警察とかに掘り起こされるかもしれないしな〜〜」
実況見分などで辺りを調べられたり、そもそも死人が出た場所に埋めたタイムカプセルなんか誰も開けたくなくなるだろう。
明暗を思い付いたと言わんばかりにギャルはパンと手を叩いて提案してきた。
「それならさ。君と私でどちらがこの場所を使って良いか話し合いで決めよ」
「なんでそんなことしなきゃ。それならもういい俺は他の場所で死ぬ」
ギャルとの会話のせいかここで死ぬ気が失せてしまった。木箱から飛び降りてギャルの横を素通りした。
「私はタイムカプセルを埋められても開けることはできないだろうから。それくらいの譲ってくれても良いよね」
ギャルが背後からそんなことを呟いた。俺は開けることができないという妙な言い方に疑問を抱いて振り向いた。
彼女はニヘラと笑っていた。しかしその笑顔は何か悲しそうな風にもとれた。
そんな姿を見て俺は歩みを戻した。
「──最初に死ぬ場所としてこの場所を使おうとしていたのは俺なんだからやっぱりここを使いたい」
「そう。それならどっちが使うか議論しよ」
俺とギャルは積んでいた木箱を一つずつ使って話し合いを始めた。
とは言ってもここの地主でもない俺らがこの場所を優先的に使えるというような主張ができるわけもないのでどれくらいこの場所が適しているのかという議論をすることにした。
したのだが──
「──タイムカプセル埋めてと言わんばかりのロケーション。絶対ここが良い!!」
「そもそも今のご時世、高校生がこぞってタイムカプセルなんて誰が言い出したんだよ」
「私よ!!」
ギャルはドヤ顔をして言い放つ。
こんな感じであまりに子供じみた主張ばかりし合ってとても議論と呼べるようなものではなかった。
「ところで君は何で自殺しようとしているの?」
どうせ話したところで何もデメリットはない。それにここで話したことでこの場所を明け渡してもらえれば御の字だ。
こうして俺はなも知らないギャルにこれまでの経緯を全て話した。
するとギャルは「なるほどね」と呟いた。
「君の気持ちは分からないかな」
「そうだろうよ。あんなのようなタイプには一生かかっても理解できないだろうな」
俺は捨て台詞を吐いて鼻で笑った。
ギャルの一声目を聞く直前にうわついた気持ちになったがそれが落ちいていった感覚に陥った。
おそらく自分のこの体験、気持ちに共感してもらったり慰めてもらえると期待したのだろう。
だが現実はそんなものだ。そもそもそういう気持ちが少しでもあれば自殺しようとしている現場にいたら止めてくれるだろう。
ギャルは苦笑して「そんな態度を取ってもらったら私も少しは楽になったかもしれないのになぁ」とポツリ独り言のようにか細い声で呟いた。
俺が視線を動かすとギャルは乾いた笑いで「声出してた?」と聞いてきた。
「……私はさ、多分あと長くても7年くらいしか生きれないんだよね」
「えっ?」
ギャルが明後日の方向を向いて語り始めた。
──彼女は今の容姿ではなかった。むしろ普通。なんなら地味子と言われてもおかしくはなかったかもしれない。
そんな彼女が高校生活のある日、運動部で活動中に胸の苦しみを訴えて病院に運ばれた。
なんでもある心臓病だと診断された。
現代の医療では長くても10年ほどしか生きられないのだと言われた。
寿命を少しでも伸ばすために過度な運動を避けるため運動部を退部した。
残り少ない人生を好きなように生きろと両親に言われ、興味のあったファッションに注力した。
ネイルをしたり、髪を染めたり、ピアス穴を開けたりした。
最初は両親や高校の教師からやりすぎだと怒られると思っていた。しかし、本人がそれで良いならと何のお咎めも受けなかった。
周囲の友達は分け隔てなく付き合ってくれた。みんな彼女の容姿が変わったあたり事情は聞いていたようだ。
みんな今までと同じように接してくれたけど地雷になりそうなワードは私の前では避けていたみたいだ。
なんかつまらないな──。
運動部が退部しないといけないのは残念だったけどそこまで悔しい訳ではない。
両親、教師は優しいし、友達には別にいじめられている訳ではない。
自由な生活を送っているはずなのに全然楽しくない。
私が生きる意味って何かあるのかな……。
いっそ、もう自分の命を立った方が楽かもしれない。そう思ったそうだ。
それなら最後に自分が生きていたという証を残そうと思った。
それがタイムカプセルだった。これを埋めておけば掘りこした時にその時生きていた証になるだろうと。
「……つまりあんたも死のうとしたってことか?」
「どっちにしろタイムカプセルを開ける頃にはもう私はいないけどね」
彼女の陽気な声からは想像もつかない内容だった。俺はなんて声を掛ければ良いか戸惑った。おろおろしながらかける言葉を探した。
「別に死ぬことはないんじゃないか。残り短い命でもその間を有意義に過ごせばいいじゃないか?」
「ははっ、今死のうとしていた君に諭されるなんておかしな話だね」
つい咄嗟に出たありきたりは発言を特大のブーメランによって打ち消された。
「君は自分がいつまでに死ぬと断定されていないんでしょ? 私からすれば君の方が死ぬ必要はないと思うけど」
「うぐっ……」
「まぁ、私が君の気持ちが分からないように君も私の気持ちは分からないんだろうね」
ギャルは「あーあ」と立ち上がって伸びをする。
「もういいんだ。私はこのタイムカプセルに人生の全てを詰め込んでお別れするの。それが私の望み。だからこの場所は私に譲ってくれないかな」
彼女が上目遣いで覗き込んできた。
最初、俺が誰も自分のことを理解してくれないと思っていたように目の前のギャルも自分のことをわかってくれないと諦めているようだ。
自分が先ほどまで言っていたことが彼女も抱いていたのだ。
自分は今すぐにでも自殺したい。なのに同じ願望を持っていたギャルは止めたい。そんな矛盾にがんじがらめになった。
そうした思考を逡巡して──
「──やっぱり死ぬならここが良い。残念だがそれは譲れない」
俺は仁王立ちになって縄がかかった枝の下まで移動した。ギャルは目を瞬いて「ひどいなー」と呟いた。
「後先短い人のワガママも聞いてくれないなんてひどいなー」
「別に俺以外にもここで死ぬやつは今後出るかもしれないしそれを言い出したらキリがないだろ」
実際、俺は死に場所を探し求めてここが最適だと思った。他に同じ目的を持った者なら同じ末路になる可能性は十分にある。
「お前がここにタイムカプセルを埋めようが、埋めないだろうが関係はない……だけどひとつ条件を飲んでもらえればここで死ぬのはやめよう」
「条件?」
彼女は首を傾げる。怪訝そうな表情を浮かべていた。
俺は自分のことを指さした。
「あんたが俺の居場所を作ってくれ。邪魔者扱いばかりされたのがきっかけで首吊ろうとしていたんだ。それを解消してくれる居場所をあんたが作ってくれたらここで死なないと誓おう」
「そんなこと急に言われたって……私の友達紹介するっていうのは?」
ギャルの提案に俺は両手をクロスさせて拒否する。
「あんたの知り合いとの付き合いなんてあんな抜きになったら瓦解するだろ? そうなったらここへ急行してこの世とおさらばしてやる。大体あんたとの交換条件だ。他のやつを巻き込むことはなしだ」
「そんなぁ……」
ギャルは戸惑っている。今すぐに提案しろと言われてもすぐに案は思い浮かんでいる感じではない。
「あのさ──」
「あれだ!!」
俺が彼女の代わりに提案しようとしたとき辺りを見渡していたギャルが廃工場の方を指さした。
指さした方向は寂れているが警備員のような格好をしたマスコットだ。隣には微かに『パトロール実施中』と書かれていた。
「私とたまにここにきて辺りの異常がないかパトロールしてよ」
ギャルは再び手を叩いて俺に提案した。
……俺の考えていた内容と大分違う内容だった。
けれどそれでもいいかと俺はその提案に頷いた。
「……でも私の命ある限りって条件つきだけど」
「それなら俺が死ぬまでは死ねないな」
俺はギャルにおどけてみた。すると彼女は涙を流しながら「もうっ、私も死ねなくなったんだから」笑った。
──あれから15年。
俺とギャル──元ギャルは思い出の大樹に足を運んでいた。
元ギャルは昔の姿の形を潜ませ、黒髪になって派手なネイルはなくなっていた。ピアスだけは面影として残っているが今では目立たないものを着けている。
俺たちはタイミングを見てパトロールを続けていた。
元ギャルは12年ほど前に登場した最新医療の手によって病を治療することができた。
そして当初俺が提案しようとしていた内容が内容が叶って交際を始め、結婚し──子宝にも恵まれた。
その間に廃工場は無くなってその跡地に公園ができた。
公園に変わったこともありで人が寄り付かなかった場所が色々な人が集まるようになってた人気スポットへ変わった。
もうパトロールする意味も必要なくなった。
そんなことから数年──この場所へ久々に訪れていた。
「パパ。ママたち、なにしているの?」
元ギャルを遠目から眺めていると抱いている我が子に聞かれ、「思い出を掘り起こしているんだよ」と答えた。
元ギャルとそのクラスメイト達が大樹の根元付近で囲っている。
そこから掘り起こした缶ケースを開けて入れた持ち主に中身を配られていた。
そうしていると元ギャルがこちらに戻ってきて俺に手に持ってきたものを渡してきた。
どうやらタイムカプセルに埋めていたものは封に入れた手紙だった。
開けてみると一言だけ書かれていた。
『私に生きる意味をくれてありがとう』と。
「あなたは私のそばにいてもらわないといけないんだからね」
元ギャルは俺の手を引かれ、大樹の元へ連れられた。
「お互い様だろ」
俺は短く答えた。
首を吊ろうとしたら邪魔者扱いされた話 桜もち @_sakura
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