梨子からの手紙。~しょーもないおっさん再び号泣~

 梨子の四十九日の法要に参加した。華奈子の実家から近い、丘陵地帯に作られた新しい分譲墓地への納骨も立ち会った。そこは華奈子の両親も眠っている。賑やかが好きな君に相応しい場所で僕は安堵した。


 後日、華奈子から手紙が届いた。それは梨子が亡くなる少し前から、人の手も借りて記し、プリントアウトした僕へのメッセージだと言う。


親愛なる実クンへ。

 

 この手紙が実クンに届く頃、もうボクは天国に行ってる。じゃなくて地獄……かな(笑)。

 この何ヶ月かの間、ボクには色々な出来事が起こった。でもそれをママに話しても信じてもらえない。実クンだけが分かる不思議な出来事。

 大好きな実クンだけに梨子のコト、全部教えてあげるね。


 ボクは病気だった。筋萎縮性側索硬化症、通称ALSっていう難病。運動する為の神経がどんどん死んで、感覚はあるのに段々身体が動かなくなるの。病気が判ったのは小学五年生の時。十代で発症するのは珍しいんだって。最初は首の付け根がすごく痛くなって右手の指先がしびれ始めた。その内力が入らなくなって、それが左手右足左足って進んで行った。

 まだ身体を動かせる間は進行を抑える薬が少しは効いてたみたいだけど、それでも若かったから進行が早かったのかな?中学校に入学する頃には杖を使わないと自分では歩けなくなった。学校に行くのも段々大変になって二年生になった五月から、生活はずっと自分のお部屋のベッドの上。食べ物を飲み込む力が弱くなったから、中学三年生の五月に、胃から直接栄養を摂り込むためにお腹に穴を開ける、胃ろう造設の手術を受けた。そして去年の七月、呼吸するための肺の周りの筋肉も力がなくなって、自発呼吸が弱くなったから、喉を切って人工呼吸器を着けた。その時からボクは自分の力では誰とも話せなくなったから、そういう人達が使うコミュニケーションツールを利用して、ママやお医者さんや介護のヘルパーさんなんかとお話するようになったの。


 ココまでが生きてる時の本当のボク。驚いたでしょ。実クンがママとまた仲良くなっちゃうのもイヤだし、ボクのこんな姿も絶対見せたくなかったから、ママの携帯番号教えなかったんだ。

 ホントにごめんね。


 そしてこれからがボクと実クンしか分からない秘密の出来事。

    

 ある夜、暗いお部屋で目が覚めると、ボクの正面に眠っている女の子がいた。ボクと同じTシャツに短パンのその子はよく見るとボク自身だった。ボク自身を見ているボクは宙に浮いていて、天井からボクを見下ろしている。見下ろしているボクは、身体が自由に動かせた。ボクはこんな光景をある小説で読んだことがある。それは実クンが持っている文庫本の中。その主人公は死んでいた。でも、好きなところに行ける浮遊する主人公に憧れた。自由になりたいと思っていた。主人公が置かれている環境は空想の世界だけど、頭の中で想像したことが突然現実になった。願いは叶った。そして死んじゃったのかなと思った。でも、ボクを生かしてくれる人工呼吸器は異常を知らせるエラー音を発してなかった。小説とは違いボクは生きていた。平泳ぎのように水をかく手の動きをすると身体は頭上の方へ進んで行く。手を天井に向かってかくと身体は天井と垂直に向きを変え、ゆっくり床へと降り立った。


 ボクは空を飛べる。だから今まで行ったことのない場所へ行こうと思った。

 人がたくさん集まる賑やかなところ。

 大好きだったSEKAI NO OWARIのライブに行った。野球場、サッカー場、ラグビー場。そして競馬場も行った。おじさんたちが殺気立ってたのがちょっと怖かった(笑)。実クン、いつか『映画にでも行かないか?』って誘ったよね。そこは人がたくさんいても静かだから、ボクは好きじゃなかったんだ。色んな場所へ向かう間、ボクは鳥たちとも一緒に空を飛んだ。とても気持ちが良かった。今度生まれ変われるなら、鳥もイイかなって(少し)思った。


 あと一つ、どうしても行きたい場所があった。それは東○女学館。ボクが自由に動けたら通いたかった高校。制服がカワイイと思った。女の子の着るモノをそう思ったのはこれが初めて。でもこの学校は中高一貫で入試は中学だから、本当は元気でも通えなかったんだけどね。それでもボクと同じ年頃の女の子はどんな高校生活を送っているんだろう。そう思って二年生の教室に潜り込み、一番後ろの空いている席に座って、みんなと一緒に授業を聞いていた。

 一番最初に感じたのは、みんな真面目で静かに先生の話しを聞いてたコト。当たり前なんだけど、中学校までの授業って義務教育だから、ムリヤリやらされてるって感じが潜在的にあったと思う。だから詰まらない授業は教室が騒がしいコトもあった。でもココは違っていた。入口は制服がカワイイからって思った子が多いと思うけど、それだけで学校を選んだりはしない。親に勧められたりもあるけど、最終的には教育方針とか学校の生活環境も考えて自分で選んで通っているから、一人一人のやる気がすごく違うと思った。みんなが同じ方向を目指していて、真剣に向き合うからこそ生まれる先生と生徒の信頼関係や生徒同士の友情みたいなものがいい方向に育まれていくんだって思った。

 一般の教科だけじゃない。体育や音楽、美術、書道、調理実習や、服を作る実習なんかも、みんな真面目に、一生懸命に取り組んでいた。

 だから本当に毎日通ってたんだよ。

 ボク、すごくおてんばだったから女の子の友達全然いなかったんだ。だから女の子同士でどんな会話をするのかもすごく興味があった。女子高で、しかもお嬢様学校って想像してたから、乙女チックなのかなと思ってたのに、意外とそうでもなかった。具体的なセックスの話しをいっぱいしてた。一人の子があの男はモノは大きいのにすごく下手だったとか、他の子はあの男子校のイケメンはすごく小さかったとか、自分の部屋でオナニーしてたら急に兄貴が入って来てヤバかったとか。もしかしたら男の子よりエロいかも知れないって思って、ボクは隣りで笑ってた。

 でもそんな子ばっかりじゃないよ。誤解しないでね(笑)。ほとんどの子はやっぱりお嬢様って感じだったから。


 空を飛んで自由に移動できるようになって最初の何日かは夢中で動き回った。でもボク急に根本的な不自由さに気づいた。

 

 ボクはみんなとこの楽しさを共有できない。


 そう思ったら、急に虚しさが込み上げてもきた。

 それでも飛ぶコトはやめなかった。だってこの自由はボクだけの特権だから。


 原宿にも行った。そこにもボクと歳が同じくらいの女の子がたくさんいる場所。みんな楽しそう。共有はできないけれど、その雰囲気に浸っていたかった。そして何軒かお店をすり抜けていると、道路を歩くある三人組に目が止まった。その子たちは東○女学館の生徒。学年章を見ると二年生だった。ボクは三人に付いて行った。向かった場所はボクもインターネットで知った人気のお店、「ロー○アイスクリーム・ファクトリー」

 注文を待つ人が入口から外に溢れて並んでいてとても賑わっていた。店に入ると彼女たちが注文したのは


「フルーツ味付き・カラフルタピオカドリンク」


『トッピングのソースとスプリンクルをカスタマイズ。フルーティな味付けは、ストロベリー・マンゴー・チョコレート・グレープ・抹茶の5種類。鮮やかな色と美味しい風味をつけたカラフルなタピオカ濃厚なミルクをたっぷり注いで混ぜ合わせることで、ミルキーカラーのかわいいタピオカドリンクになります。』


(説明が難しいので、公式ウェブサイトより抜粋(笑))


 ストロベリー、マンゴー、チョコレート。

 三人は店員に手渡されたそれぞれのタピオカドリンクを持って外の景色が眺められる店の奥へ歩を進め、これかわいいよねと言いながらスマホで撮った後、美味しそうに食べていた。ボクは少し離れて三人を眺めた。とっても羨ましかった。一緒にタピオカドリンクを飲みながらお喋りしたいと強く思った。


「あれ、あなた私たちと同じ高校?」


 窓際に一列に並ぶ三人の真ん中の女の子が突然ボクの存在に気づいた。三人にボクは見えている。身に着けているのがいつの間にか三人と同じ東○女学館のセーラー服に変わっていてボクも驚いた。

「何も注文してないの?」

「あのう、友達と待ち合わせてたのにまだ来てないし、もしかしたら来れないって言ってたから……」

 とっさにごまかしたけど、ボクはすごく慌てた。

「私たち二年生だけど、あなたは?」

 今度は右の子が声を掛けた。

「えっと・・・」

 ホントは同級生だけれど、ボクはそこにはいない。返事に困っていると左の子が声を上げた。

「一年生ね!」

「今年、高校生になったのね」

 真ん中の子が反応した。

「よろしくね」

 三人の揃った声がハーモニーのように聞こえた。なぜだかうれしくなった。

 胸元を見るとあるはずのない学年章が光っていた。

「ボク、埼玉の田舎の方から来たから原宿よく分からなくて……」

「自分のこと、ボクって言うんだ。何だか可愛い」

 真ん中の子が微笑んだ。

「お名前は?」

「リコです」

 リコちゃんよろしくね、と三人が声を揃えて挨拶した後、順番に名前を教えてくれた。ランちゃん、ヨシコちゃん、ミキちゃん。どこかで聞いたコトのある三人組だと思い、心の中で思わず吹き出した。独りなら一緒に遊ぼうよと、ボクを仲間に入れてくれた。近づくとランちゃんに、リコちゃん背が高くてカッコイイねって言われた。他の二人はうんうんと笑顔で頷いた。でもちょっとやせ過ぎねとヨシコちゃんが言いもう少し体重増やせば、リコちゃん男子にモテモテだよとミキちゃんが続いた。年頃の女子に太れはムリだよとランちゃんが言うと、ゴメンそうだよねとミキちゃんが謝った後、みんなが声を揃えて笑った。

(このアドバイスで完成したのが理想形のボク。実クンが見ていた姿ができたのはこの三人のおかげなんだよ。)

 ボクはうれしかった。三人がボクを見て笑ってくれる。ボクは夢中でしゃべった。自分のコトをボクと言う度にカワイイねと笑ってくれた。難しい言葉を使うとリコちゃん、おじさんみたいねと、また笑った。タピオカドリンクカワイイし美味しいから飲みなよと、三人でお金を出し合ってくれた。ボクはいいよと言ったけど、気にしないでと三人が微笑んだ。少し人混みが落ち着いていたから、行列は思ったよりも早く進んで、すぐに三人の中に戻れた。ボクはお礼に微笑みを返した。強く願えばこんな楽しいコトができるんだと初めての経験に一生懸命向き合った。

 原宿駅で、三人にお礼を言ってサヨナラを告げると、また遊ぼうねと揃った声が背中に届いた。

 ホントのボクはもう喋れないから、こんなに口と身体を動かしたのは久しぶりだった。少し疲れたなと思って、ふーっと大きく息を吐いたら、それを合図に突然身体が重くなって実体が消えたの。ボクはそのまま意識が飛んでしまった。

 目が覚めると心配そうなママの顔がボクの視界全てを覆っていた。あなた、丸二日眠り続けていたのよと、ボクの目の前にママの大きな顔がホッして笑っていた。

 ボクは原宿でのコトを思い出していた。強く願っていたら宙をさまようだけの身体が、質量を持つ実体になった。でもボクを動かす何かの力は激しく消耗し、気を失った。ボクは誰にも分からない自由を手に入れた。だけど大きなリスクも伴っている。倒れる瞬間のボクはまるで魂を吸い取られるように身体の力が抜けていった。この自由は諸刃の剣だ。多用すればボクを動かす何かの力は大きく失われ、行動範囲や可能な時間を著しく奪い取る。

 ボクは考えた。これからはボクが一番したいコト、一番会いたい人の前だけ姿を見せようと思った。そのコトだけに全身全霊を傾けようと思った。その時真っ先に思ったコト。


 ボクは恋をしたい。


 そう考えたら一番最初に実クンが浮かんだ。


 ボクね、病気になる前はママに反抗ばっかりしてた。大好きなパパと離婚しちゃった時から反発も更にエスカレートした。お祖父ちゃん(ママのパパ)はママに厳しかった人でママもボクを厳しく躾けようとしたみたい。でもボク、縛られるのがイヤだった。友達と遊びに行っても、『必ず○時には帰って来なさい』とか、何処にいるか必ず連絡しなさいとか、ご飯の前にお菓子は食べちゃダメとか。夜十時には必ず寝なさいとか。他にもいっぱいうるさかった。

 ママは看護師してて、夜勤とか準夜勤とかもあって、他の家庭のママと同じように家にいられないから、仕方がないっていうのは理解していた。それでも強く言われる度に反抗してママを困らせていた。早くママから自立したいって思ってた。

 ボクが病気になってから、ママは仕事をセーブするようになった。ママとお話しする時間もたくさん増えた。その時ボク、言ったんだ。ボクは生きるコトを諦めない。勉強も恋もセックスもいっぱいしたいって。小学生がセックスって言ったからママは驚いたけどね。でも、ママは頑張りなさい、全部応援するからって言ってくれた。それからはママと仲良くなったような気がした。


 ちょっと話しがそれちゃってごめんね。


 それでボクは実クンに会いたいと思った。

 ママの話を聞いてどうしても会いたくなった。実クンには悪いけれど、動機はとっても不純だった。ボクは学生時代のママの写真をよく見ていた。奇麗でカッコイイ人だと思っていた。だからママみたいな奇麗な女の人にふられた相手はどんな身の程知らずのダメダメだったんだろうという蔑む気持ちマンマンのただの興味本位だった。

 ボクは中学生の実クンに会いに行った。会いたいって強く念じたら、時間の流れの中も移動できるようになった。教室にも覗きに行った。ママも見てた。放課後はずっと鉄棒の上に座って足をブラブラしながら二人を遠くから眺めてた。何日も二人の様子、学校の様子を観察してた。そしたらある日、実クン、急に近づいて来て声をかけたよね。すごく驚いたんだ。ボクの姿は小学三年生で、でも幽霊みたいに実体はなかったのに実クンには見えてた。


「君、小学何年生?ずっと一人で校庭見てるけれど、友達は一緒じゃないの?」


 僕これから帰るから家まで送ってあげようかって言ってくれた。その時思った。実クンて子ども好きなんだなって。小さな頃には誰にでも霊感があって意識しなければその力はやがて消えるって誰かが言ってた。ボクが見えたのが霊感のせいかはよく分からないけど、もしもそうだとしたら実クンは優しいからいつまでもその力が残っていたのかも知れないね。

 それ以来実クンのことがすごく気になっちゃった。こういうの『情が移った』って言うのかな。

 部屋でママの話をした時、実クンはふられた後のコトは何も言わなかった。ボク、知ってるよ。失恋のコト、知れ渡っちゃったの。伝言した女子とそれからママも誰かに言ったみたい。実クン、からかわれてたよね。みんなの前で『お前華奈子にふられたんだろ』とか『チビのくせに、華奈子は俺のモノだから手を出すな』とか意地悪な奴らに、落ち込んでるのに追い打ちをかけるようなコトされて。でも、実クンは反論もしないで黙ってじっと我慢してた。もめるとママに迷惑がかかると思ったの?(それともただの小心者?(笑))本当はママも悪いんだけどね。その時また思った。実クンてホントに優しいんだなって。

 大人になった実クンは家族のためにとっても苦労していた。だから梨子が幸せにしてあげたいと思った。

 でも、最近の実クン、ちょっとだらけてたから刺激を与えようと思って、非日常的で、非現実的なシチュエーションの出会いを考えたんだ。実クン、目を回してたけど楽しかったでしょ?(笑)

 実クンのコト、ドーテー、ドーテーってからかってごめんね。本当はボクもセックス経験ゼロなの。寝たきりだから当たり前だよね。本当にセックスしたの実クンだけだよ。実クンを喜ばせようと思って、色んなモノを見てセックスを勉強したの(もちろん学校の勉強もお医者さんになるための勉強もきちんとしてたよ)。アダルトのDVDとか本のセックステクニック入門とか、男の子を喜ばせる方法とか。頭の中でいっぱい練習した。ボクが『セックスした』って話した人、アダルトの男優さんで、その人とのセックスは何度も頭の中で想像した。名前を挙げた人以外もヤッてみたけど映像から見える、接し方とか性格が合わないのもたくさんあった。実クンの前ではいつでも実体でいたいのに、そのせいでどんどん消費される何かの力を、他の人のために無駄遣いするなんて絶対にできないよ。だからその力を全部実クンに注ぎ込めてホントによかった。

 ところでボクのセックステクニック、すごかったでしょ?頭の中だけでああなったとは思えない出来栄えだと自分でも思う。大いにボクを褒めてくれたまえ(笑)。実クンも最後の方は良かったね。ボクもまいった。ホントに途中で死んじゃうかと思った(笑)。でもその時思ったんだ。セックスは上手下手じゃないって。実クン、確かに最初の時とは比べ物にならなかったけど、それ以上にボクたちは心が繋がったんだって感じた。

 またまた横道にそれちゃうけれど(笑)、ボク、実クンとたくさんセックスして、実クンの精液、たくさんナマでもらってたでしょ?あの瞬間てベッドの上のボクの身体の中にホントにあふれたんだよ。ボクの中が本当に暖かくなった。だから女の人の身体の仕組みきちんと勉強して、排卵日もちゃんと避けてたんだ。身体が動かないボクが妊娠してたら色んな意味で大騒ぎだもんね(笑)。

 ここだけの話、実クンのモノが中に入った最初の時、痛くなかったんだ。壁に当たる感じもないし、出血もなかった。いきなりすごく感じちゃった。ボクの想像だけど頭の中で何十回(何百回かな)もシミュレーションしてたから、身体がいっぱい経験したって勘違いして、膣内が柔らかくなったのかなって。バルトリン腺液もたくさんあふれたしね(笑)。

 それから……ナイショの話ね(誰にだよ!(笑))。初めての時から実クンのもモノ、ボクの中で形がバッチリフィットしたんだよ。『もう、ボクには実クンしかいない!』ってその時ホントに思った。でも実クンはヤルことに精一杯でそのことに気づいてなかった。気づいてもらうためにもずっとそばにいたかったんだ。トイレの『合体』最高だった!

 美紅ちゃんの妊娠は黙っていられなかった。あれは本当のコト。覗いてたクラスの五人が密かに騒いでた。本当に産ませたくないって思ったから、ボク考えたの。誰かの身体借りられないかなって。その中で頭の切れそうなリーダー的存在の祐希ちゃんて子の身体を借りて説得した。潜り込めたのは祐希ちゃんも同じ考え方が心の中にあったからかもしれない。美紅ちゃんの話をしたのは、ボクは大丈夫だよって知らせたかったから。実クンが思った通りに突っ込んてくれて、作戦はまんまと成功(笑)。

 そうそう、思い出の中のママを屋上に呼んだの、実はボクなんだよ。そして実クンの後ろで、『もう一押し、ガンバレ』って囁いてたんだ。聞こえてたかな?二人の記憶の中に潜り込んで操作しておいたから、この手紙読んでる頃には、もう後ろ向きな気持ちは完全になくなっているはずだよ。


 もう一つ。

 実クンが買ってくれたワンピース、ホントはすごくうれしかった。ふくれっ面で、文句ばっかり言ってごめんね。ボク、ファッションのコトも勉強したかったんだけど小さい頃から男の子とばかり遊んでて、カワイイ服ってほとんど着なかったから、ハードルが高かった。やってみたけれど、ストレス溜っちゃって、勉強はすぐやめた。でも東○女学館のセーラー服はカワイイと思ったから、どうしても着てみたかった。だから外はずっとセーラー服。でもワンピース着てみたらすごくカワイイって素直に思った。自分のコト、全部自分で背負わないで、時には誰かに決めてもらっても良かったんだって、その時初めて思った。もっとママを頼ればよかったって、その時実クンに気づかされた。


 あっ、そうだ。お料理のコト忘れてた。

 ママね、お仕事一生懸命だから、お料理得意じゃないの。ボクが手解き受けてたの実は実クンのお母さんだったんだ。といっても会うコトはできないから、昔何作ってたか見に行ったの。そしたら『キュー○ー3分クッキング』でやった献立がたくさんあった。それを拝借したり、あとはインターネットで過去の動画やデータがいっぱい掲載されてたから、実クンの好きそうなお料理、勉強したんだ。懐かしく感じたのもあったんじゃないかな。みんな美味しい、美味しいって食べてくれたからすごくうれしかった。最初は肉系ばっかり、胃が疲れるってこぼしてたけど、真夏にセックス三昧は体力勝負だから、実クンも助かったでしょ?お陰で、セックス上手になったんだから、これもいっぱいボクを褒めてね(笑)。


 サヨナラする少し前、九月に入った頃から急に身体が思うように操れなくなった。実クンと楽しいコトいっぱいしたから、何かの力の燃料切れが近づいて来たって感じた。ずっと絶好調だったから、ずっと一緒にいられるかなと思ったけど、やっぱりダメだった。部屋を出ていった時、あんな酷いコト言ってホントにごめんなさい。


 お手紙、超大作になっちゃった!実クン呆れて居眠りしてるかな?(笑)

 ボクが生きていた証を実クンにはどうしても全部伝えたかったの。 

 それとボクが実クンに服従してる証もね。


 ボク、実クンのために、実クンの将来のために色んなコト、応援しようと思った。でもボクが助けてあげたのはちょっとだけ。あとは全部実クンが決めたコト。ボクが実クンの赤ちゃんを産むコトはもうできない。約束守れなくてゴメンネ。けれど、実クンが自分の夢を実現して家族を大切にしようと思うなら、ボクはきっとどこかで実クンのコトを応援し続ける。今のボクは実クンの記憶の中にしか存在しないど、もしかしたらすぐそばにいられるかも知れない。

 それは期待しないでね(笑)。


 じゃあね、さようなら、バイバイ。 

             & ありがとう。

                               梨子


 手紙の中のお別れも梨子らしいと思った。

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