「ひととき」から「日常」へ。そしてPart-4 ~お盆の思い出~ 

 世間がお盆休みの最中に野球観戦の予定があった。相手は阪新だ。この時期、叔父は行かない。名はないが永く続いた家系の現当主という立場であるため、千葉県の生家でご先祖様の里帰りを見守っている。だから東後ドームへは毎年一人で足を運んでいた。叔父も根っからの巨陣ファンだから二人で観れば確かに盛り上がるが、意見が食い違う場面も、偏った考えを披露することも多々あった。他球団で永年活躍したライバル選手を嫌いだからという理由で『あいつは二流だから』とか『俺は認めない』などと毛嫌いする。僕は純粋にライバルとして実力を認め、敬意を表した上で相手を攻略する考えを戦わせたいのに、そうなると野球談議はいつまでも平行線のまま。こ

の時の叔父の存在は非常に煩わしい。だから近頃は気兼ねなく試合に集中できるお一

人様観戦の方が、かえってすこぶる楽しいと感じるようになっていた。

 けれども今年は梨子がいる。君は再び向かうドームをハイテンションで心待ちにしている。無垢な気持ちでチームを一生懸命応援してくれる姿に、心が洗われた。ハイテンションにはならないけれど、君以上に僕も楽しみにしている。またサカモトのホームランが観たいと、毎晩興奮していた。素直に俺もと微笑み返す。二人の昂りは簡単には納まらず性欲へと移行する。

 毎晩セックスは欠かせなかった。

 夜に営むとはいえ、連日ではいくら性欲旺盛でも体力の消耗は激しい。毎年この時期は冷たいそうめん、冷やし中華などの麺類に、さっぱり系の胃に優しい食生活で乗り切っていた。例年通りのメニューをリクエストすれば、生ハムとルッコラをのせたトマトスパゲティや舞茸入りの冷たい汁のとろろそば、かつおの刺身をにんにく醤油で漬けたものなど、要求以上の夕食が出てくる。しかし例年と違うこの夏はそれでは足りないと感じていた。物足りなさを察知した梨子は、リクエストがない日は必ず肉系の夕食を用意していた。最初の頃に作ってくれたメニューに加え、さらし玉ねぎをたっぷりのせたナスと豚肉を竜田揚げにしたものや、ごぼう、にんじん、パプリカなどの野菜と牛肉を炒めたきんぴらなど味や色どりも飽きさせない、なおかつ胃にも優しいスタミナメニューで僕を楽しませてくれた。大好きなカレーでさえ豚肉がふんだんに使われていた。梨子の考えは正しい。だからこの際、かさむ食費は度外視した。

 お陰で性欲に体力が遅れをとることはなく、セックスに集中した。

 あの『熱かった昼下がり』を境に、二人は静かに事を進めていった。梨子の激しさは変わらない。でも圧倒されていた激しさを僕がコントロールし、主導権を握った。それは梨子の信頼を勝ち得たからかもしれない。出会った頃とは比べ物にならない、密度の濃い作業に僕は黙々と集中する。

 唇は深い重なりを焦らし、敏感な部分を探し回って軽い挨拶に留める。両手の指先は常に梨子の肉体の表面を這い回り、微弱な電気信号を脳に与え続ける。身体中に汗が吹き出し、瑞々しい十代の肌はみるみる珊瑚色に染まる。小ぶりだが形の良い乳房を鼻先で弄ぶ。桜色でまだ存在を誇示しない小さな乳首を唇で挟み引っ張り上げる。切なく漏れた溜息に追い打ちをかけるように、先端を荒々しく舌で舐め上げた。梨子は身体をくねらせ、僕に言葉を投げている。でも唇は動くだけで声にならない。

 梨子の身体を自由に動かし、色々な角度での挿入を試した。最初の野球観戦の夜、君の質量が判ったからこそ実行できた。ベッドの上に手を着かせ、立ったままの四つん這いにさせて背後から貫いた。片足をベッドに上げ、女性器と縦に並ぶ肛門を外気に完全に晒した後激しく突き上げる。部屋の中で一番大きな鏡を二人の前に置き、横向きに寝かせた梨子の背後から繋がり、片足を持ち上げその間で激しく出し入れする姿を映す。両脚を大きく開かせた君を腰に乗せ、下から何度も激しく突き上げる(これはさすがに腰への負担が大きかった)。僕は鏡をよく見ろと命令し、恥ずかしいよと呟きながら紅潮した梨子の顔が切なく歪む。どれもアダルトの映像の中で繰り広げられた型だ。それぞれの体位で刺激する膣内の部分が異なるせいなのか、色々な声色

の呻きを上げる。君の様々な反応が更に僕の昂りを膨張させた。

 直接的な結合部以外の触れ合いも怠らなかった。腰を激しく突き出し、乳房を乱暴に握り潰し、唇も塞いだ。この三位一体の攻めはバックからの結合が効果的だった。贅肉はないがしなやかな筋肉の浮き出たか細い背中にしがみつくようにして繋がり、それぞれの刺激に強弱をつけ、時には止め、焦らしたりもした。身体が柔軟な梨子は容易に顔を後ろにねじり、苦しい体勢で僕の唇を貪った。

 何度もイク君の最後を察知し、僕もクライマックスに意識を集中させる。締めはや

はり正常位だ。お互いを見つめ、心も肉体も最も深い結合を実現できる。

「実クン、早く……、ボク死んじゃうよ」

 そう耳元で囁く君を決して置き去りにはしない。イク瞬間(とき)は一緒だ。僕が持ち得るあらゆる知識、有効活用可能なあらゆる部位、そして拙いながらもあらゆる技術を駆使し頂点へと上り詰める。

「あっ」

 その瞬間、背中に回した両腕に力が籠る。指先は表面の皮膚を剥がさんばかりに突き刺さった。強く引き寄せられた僕の身体が梨子の上に崩れ落ちた時、熱い迸りが梨子の中で何度も脈打った。

      

 野球観戦二度目の日。

 梨子は僕のコーディネートを渋々受け入れてくれた。ファッションに疎い自分が、生まれて初めての大英断だ。肩口が割れて覗く白地に大きな花柄で、上半身の生地が動く度に軽やかにヒラヒラ揺れる、ユニクロではないマキシ丈のワンピース。足元のパンプスは涼し気な白のグラディエーター風。如何にもリゾートっぽい出で立ちで、球場内では注目度ナンバーワンは確実だし、危険度も増大する。それでも僕は、しおらしく着飾る優雅な君を連れて歩いてみたくなった。男の子っぽいボクに乙女チックは似合わないよと照れていたけれど、梨子は十分乙女だよと囁いたら、ふくれっ面を見せたのになぜだか笑みをたたえていた。

 ヒールの高いパンプスのせいで更に背が高くなった君と横を歩く僕は、増々バランスが悪くなった。まるでお姫様と彼女をエスコートしている執事のようで自分でも滑稽に見えた。けれども全く気にならなかった。地下鉄車両内で大いに注目されても、平常心は保たれていた。今までは自分に自信がなかった。美少女に寄り添うのが頭髪の薄くなった冴えないおっさんでは、相応しくないし不釣り合いだと外見ばかりを気にしていた。

 でも今は違う。君と暮らして二人の間には確実に何かの絆が育まれた。


 僕と梨子は間違いなく繋がっている。


 そう感じているから。何も怖くはない。

 君は相変わらず、同じ鼻歌を唄っている。曲名を訊ねても再びナイショと返事をしたが、今度は言ってもきっと分からないよと付け加えてくれた。

 初めての時に聴いたメロディーはどこか懐かしくもあった。しかし確かに同じ曲なのに今度はメロディーに新鮮さを感じている。

 君は出会った頃からずっと変わっていない。

 変わったのは僕。君を愛する僕の心の動きがそうさせている。


 そして僕は前回同様、試合前のレクチャーを始めた。

 阪新戦は他のチームを迎え撃つのと趣が少し違う。センターラインを挟んでファンの数は伝統的に一塁側と三塁側ではっきり別れる。

 エンジェルズも阪新戦に限っては三塁側のファウルラインで踊らないのだ。

    

 新人でローテーション入りを果たした巨陣の先発左腕高梨勇気投手は、いつも立ち上がりが悪い。ランナーを背負っても、粘りの投球で失点を防げるかどうかが勝敗の分かれ目だった。いつも通り、塁を賑わせたものの粘りは良い結果を齎し、初回の阪新の攻撃をゼロに抑えた。

 昨年暮れ、パ・リーグのオリックスから鳴り物入りで移籍してきた阪新の先発投手仁志優紀は、試合の序盤に相手打線に捕まるケースが多く、これまでファンの期待に応える成績を挙げられずにいた。我が巨陣も序盤に得点できれば勝機は十分あるとにらんでいた。

「このピッチャーは去年までいたチームではエース的な存在だった。でも移籍してきて、成績は伸び悩んでいる。順調に立ち上がると厄介だけど、序盤に叩けば大いに勝ち目がある」

 梨子は真剣に手のひらにメモを取るゼスチャーで聞き入ってくれた。

「ふうん、じゃあ、きょうも一回が大事だね」

 梨子は笑顔で模範解答をくれる。

 ところが一番バッター金井はあっさり見送りの三球三振に倒れた。

「あー、何やってんだよ金井は!坂元、調子に乗せるな!初球を叩いちゃえ!」

 いい立ち上がりには隙が出来る。しかもキャプテン坂元は甘い球を絶対に見逃さない。投やりな言葉は決して当てずっぽうではない。

「そうだーっサカモト、今日も打てー、今度はホントに寝てあげるよーっ!」

 マキシ丈、場違いなリゾート感満載の花柄ワンピースを身にまとってあられもない声援を送る。梨子はいきなり周囲の巨人ファンの目を丸くした。自分がどう見られていようと関係ない。梨子はいつでも梨子なのだ。みんなが君に目を奪われている初球だった。

(!)

 坂元のバットが捉えた打球は、低い弾道であっという間に左中間スタンドに飛び込んだ。

「やったー、すごいすごい。ホントに実クンの言う通りになったーっ!」

 梨子は飛び上がった。そしてオレンジ色のタオルを頭上で振り回し、歓喜の歌声を轟かせた。

「サカモトってすごいね。いつも実クンの言う通りに打ってくれる。ボク、本当に寝ちゃおうかな~」

 両手を神様お願いポーズに組み、目をキラキラさせた少女の真似をしてグラウンドを見つめている。僕は無視した。

「あーっ、実クン、ぜんぜんボクのコト、心配してくれないの~?」

「梨子が好きなのは俺だけで、その気がないってこと、知ってるからね」

 そう耳元で囁くと君は急に頬を染め、耳打ちで返した。

「ねえ、ボクまたセックスしたくなっちゃった。何だかサカモトがホームラン打つとスイッチが入っちゃうみたい……」

 初回いきなりの発言で前途の多難を憂えたが、前回の経験で学習したから、その予感はあった。心の準備をしていないと言ったら嘘になる。

「分かった、トイレでしよう。でもまだ始まったばかりだから、少し待って。この場合タイミングが問題なんだ。大勢人がいたら二人で入ると怪しまれる」

「ボクは大丈夫だよ」

 君は平気で言ってのける。

「ダメだ。もし見つかって係の人に通報されて、僕がここを出入り禁止になったら梨子はどう思う?」

「そんなのイヤだ。実クンがかわいそう」

「だったら僕の言うこと聞いて、タイミングを待って。僕が手を引いたら一緒について来て」

「うん」

 君はしおらしく返事をした。

 これは一世一代のギャンブルだ。こんな経験は二度とない。入場して早々見つけたいつもの売り子クンからすぐさまビールを買い、既に一杯飲んでいたから踏ん切る勢いもついた。僕は梨子の手を強く握った。

「なんだか、実クン、カッコイイね」

 梨子の願い(僕の願望?)を叶えるべく難関に挑む心意気が伝わったようだ。

 しかし、僕が狙うその『タイミング』は中々訪れなかった。当然だ。個人の思惑通りに試合が進むはずがない。君はずっと、ネエまだ?ネエまだ?と握る手に力を込めた。全く得点チャンスがなかった間、出来たんじゃないの?と頬を紅くしたままふくれっ面でにらみつける。

 違う。タイミングはその逆だ。

 七回裏、伝統的球団歌の合唱が始まった。その前にこちらも伝統的球団歌で士気を煽った表の阪新の攻撃は、二番手の澤口投手が一人ランナーを出したものの、いい流れでラッキーセブンを迎えられるリズムを作った。

 ここだと思った。この回先頭打者の一番金井が出ればビッグチャンスの可能性がある。

 阪新は先発仁志投手を諦めて左腕の能美投手にスイッチした。セオリー通り左バッターに打ちにくい左投手をぶつけてきたが、ここでセオリーを打ち破れば大いに期待できる。半分諦めかけている梨子に僕は耳打ちした。

「金井が出たらイクよ」

「えっ?どうして」

「いいんだ、チャンスの場面が二人のチャンスなんだ」

 これからすることはモラルに反する行為なのに、カッコイイドラマのセリフのような言葉が口を付いた。

(!)

 金井が能美の投球を上手く捉え塁に出た。

「梨子、今だ!」

 場内の歓声で沸く中、僕は素早く立ち上がる。慎重に、かつ急いで急勾配の階段を下る。梨子も離れずマキシ丈のワンピースを揺らしながら慌てて下る。

 トイレに向かう通路の途中、試合を映し出す天井吊りのモニター映像を誰もが食い入るように見つめている。梨子を僕の前に立たせ辺りの様子を確認しながら、男子トイレへ押し込んだ。案の定中には誰もいない。

「どうして今なの?」

 梨子が囁いた。

「客はみんな巨陣の攻撃に集中する。その間に誰もトイレに行こうとは思わない」

「だから攻撃の時なんだね」

「見られないのは残念だけど、大歓声の雰囲気と場内アナウンスで試合の流れは分かる。だからココしかない」

 ベビーチェアのある少し大きめの個室に飛び込んだ。

「二人で入るとやっぱり狭いね。少しお酒臭いし、おしっこのニオイもする」

「当然だろ。ソレ用じゃないんだから」

「でも、自然と密着しちゃうからイイよね」

「梨子のワンピもヤリにくいけどね」

「またそれが燃えるんだよ」

 梨子は笑った。そして唇を重ねる。舌を絡める。時間は限られている。一人で満足するなら作業は早い。でも僕の考えは『一緒にイク』だ。梨子の長い裾を必死にたくし上げ右手を潜り込ませる。

(!)

 僕の指先は違和感を抱いた。

「梨子、お前……」

「へへえ、驚いた?ショーツ着けないで来たんだ。手間が省けたでしょ?少し濡れちゃったからごまかすの大変だったんだけどね」

 そう言って、梨子は僕の右手を自分の性器に押し付けた。そこは既に潤いが進んで外にあふれていた。人差し指を縦になぞると、容易に第二関節まで埋まり、取り出すと熱のこもった多くの滴りを伴った。

「み、実クン、ボクの準備はOKだよ。いつでもキテ。時間がないから、実クンだけでイッテもいいから……」

 頬の紅潮は、いつも以上に色濃く染まっている。この状況下の梨子の興奮度が窺えた。

 遠くで大きな歓声が聴こえる。攻撃はいい方向で続いている。四番岡元のコールが聞こえた。

「そんなことはしない。ボクたちはいつでも一緒だよ」

 耳元で囁いた。

「実クン、セリフが臭いし、口も臭い」

「それに狭い。三重苦でごめんね」

 息が掛かる距離で二人は笑った。

 唇を重ね、中の粘膜を貪る。左手は、胸を刺激する。丁寧に揉み、乳首を摘む。

「狭いから舐めてあげられなくてごめんね」

 梨子は一度唇を離した。

 歓声が上がり阿倍がコールされている。

「大丈夫、もう十分元気だから」

 狭い空間で、二人は一旦出来る限りの距離を取り、僕はジーンズとボクサーパンツを足首まで下げる。君は昂る男性器を覗き込み、ホントだと言って、先端を指で弾いた。そして便座の上に腰掛け、梨子にまたがらせた。便座に人間を二人乗せられるだけの強度はない。梨子に行動は慎重を期すよう促した。長いワンピースを腰までたくし上げ、君はゆっくり僕の腰めがけて沈んで来る。

「あれ?今日大丈夫だよね?」

 意地悪く訊ねた。

「あっ、危険日だった」

 君はわざとらしく切り返し、腰を上げる。

「じゃあ、やめよっか?」

 僕は更に追い打ちをかける。

「ええっ、ウソ、ウソだよ。今日は大丈夫!」

 慌てた表情に、僕は萌えた。根拠のない二人の余裕に巨陣も応えて、攻撃は続いている。

 僕の昂りがゆっくり君の中に沈んだ。熱く潤い、穏やかに締め付ける。緊張感が続く中、僕は君をゆったりと味わった。

「梨子が動いて」

 下から動かしにくいという理由もあるが、僕の真意はそこじゃない。

「ダメだよ、ボクどうなるか分からないよ」

「僕を喜ばせてみて、梨子がどうにかなったら僕が助けてあげるから」

「うん……」

 梨子が僕の腰を上下する。眉間にしわをよせ何かを訴えようとして大きく開いた口を、右手で塞いだ。人差し指を突き立てると君は美味しそうに舐め始めた。左手はワンピースを汚さぬよう、繊細かつ大胆に梨子の身体を這い脳に快楽の信号を与えた。君に任せた腰の動きも微力ながら下から突き上げサポートする。場内の様子が聴こえなくなる。梨子の上下動と本格化した僕の腰の突き上げがシンクロして高揚感が倍加する。君は歓喜の漏れを必死に耐えている。

 一心不乱だった。

 二人は繋がったまま、溶けてなくなるようだった。二人の間でいつものように水が戯れる。

「実クン、イッテ……」

 甘さを伴ってかすれた声が耳に届くと同時に、上半身が僕の上に崩れた。

 直後君の切ない呻きを聞いて、僕も果てた。


 我に返ると、ドアの外に歓喜の賑わいを感じた。抱き合ったまま余韻に浸っている間に攻撃が終わってしまった。僕たちは仕方なく息をひそめ、次の静寂を待った。

 二人は中で身だしなみを整えた後、誰もいないのを見計らってまずは梨子を解放した。三十秒後、僕もトイレを出、二人は何食わぬ顔で席に戻った。通路で売り子クンに遭遇し何度も行ったのにいなかったからもう帰ったのかと思ったと、詰め寄られたから、ごめんね急にお腹が痛くなってとごまかし、お詫びのビールを所望した。

 情事の間、巨人は三点を追加していた。楽勝ムードが漂うも、不安な中継ぎ陣が無駄なソロホームランを二本浴び、予断を許さない。

 僕はその度に例の如く不満を口にしていた。しかし、君は全く反応しなかった。それからの梨子は大人しくなり、何を言っても夢うつつの状態だった。

 九回表、クローザーのデラクルスがきっちり三人で締め、梨子との二度目の野球デートも勝利で終わった。君は終始笑顔をたたえていたが、酷く疲れているように見えた。

 野球観戦を堪能できたとは言えないものの、ボクは大丈夫だよと強がった君を見て今夜はもうこれで十分だと思った。

 ヒーローインタビューは観ずに二人は球場を後にした。

 地下鉄後楽園駅に向かう道すがら、梨子の周囲を見渡す。マキシ丈のワンピースは外見に激戦の傷跡を残しておらず、ひとまず安堵した。デッキの上を歩く僕と君は自然に手を繋いでいた。言葉は何もいらない。


 二人は繋がっている。


 混み合う地下鉄車両の中、二人はチークダンスを踊るように抱き合った。背の高い少女と見てくれの悪い中年男が悦に浸っている光景は周囲を不快にしているだろうという、ネガティブな深読みを思い巡らす思考回路はとっくに麻痺していた。

 二人はずっと手を繋いだままだった。家路に就く足取りは穏やかで、浴室で穏やかに汚れを落とした後、穏やかに抱き合い、穏やかに眠りに就いた。

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