第31話:異界言語理解は仕事をしない
メリサは訝し気にメモ用紙を受け取ると、その内容を見て愕然として顔を青くする。
「あ…………ありえない! 貴方のような人が『領都級』ですって!?」
「アンタは仕事が出来るようだが、本当に失礼な奴だな。貴方のような人って」
流は苦笑いをしながら、呆れた顔でメリサへと注意をする。
「し、失礼いたしました! ナガレさん、いえ、様!」
これでもかと言う勢いで、メリサは頭をさげ流へと謝罪する。そんな彼女が態度を豹変させたメモの内容はこうだ。
【ナガレを本日をもって領都級とする。これは決定事項だ。そしてナガレは今後大店級には確実になる逸材と思われるので、最大級の丁寧な対応をするように。正式な書類は追って発効するのでそのつもりで。追伸:メリサをナガレ専属担当とする】
と、通常ありえない事が書いてあった、しかもギルドマスターのサイン付きで。
その様子を見ていたギルドにいた客達が騒ぎ始める。
「おい聞いたか。あの若いのが領都級だって? 何がどうなってるんだ!?」
「いくら多額のギルド支援金を渡したとしても、いきなり領都級は無理だぞ!!」
「流石俺の冷血アイドル天使! あの辛辣な口調で踏まれたい!」
「支援金前提かよ、テメーはもう少しまともな商売するんだな。それにしてもどうなっていやがる……」
若干おかしな声も聞こえたが、客も職員も動揺していた。それもそうだろう、新顔が領都級などという話は聞いたこともないのだから。
「まぁ、そういうワケらしい。これからもよろしくな、メリサ?」
「は……はい。こちらこそよろしくお願いします……」
メリサは消え入りそうな声で頭を下げる。それを流が普通にしてくれと言うので、頭をあげた時にメリサは目撃して全てを理解してしまう。
ギルドホールのすみから、バーツがニヤニヤしているのを見つけたのだから。その顔を見て全てを察したメリサは、涙目でバーツを睨むのだった。
◇◇◇
商業ギルドから出る時にギルドマスターのバーツから、「よくやってくれた、ここ最近で最高に面白いものが見れたわ。これで少しは懲りたろう」と肩を叩かれ、領都級の説明をされる。
因みにメリサは根が真面目な性格のため、顔面蒼白になりながら奥へと戻って行く後ろ姿は、魂が抜け落ちた表情であったと言う。
領都級とは例えばトエトリーの領都であるこの町で、トップクラスの売り上げを維持している商家が持つ称号らしい。
通常の領都級は売上げの四パーセントをギルドに納めるらしく、さらに下位の者達を出来る範囲で支援する義務があるそうだ。
しかし流にはそれが免除され、売上の一部のみを納めるだけで良いと言う事だった。
(至れり尽くせりじゃないか……しかしなんで新参の俺にここまで優遇するんだ?)
流は疑問に思ったが、バーツはオークショニアと今後について相談すると早々に出て行ったので、その疑問を聞くことが出来なかった。
その後ファンと商業ギルドを出て、彼は楽しそうに流へと思いを話す。
「いや~あれは傑作だったな。あのメリサの顔ったら……ククク。はじめは命の危機だったが、今日は最高の一日だな。さて、俺の長年の留飲も下がった事だし、そろそろ次へ行こうぜナガレ?」
「まぁあの様子なら分からなくもないが……そうだな、じゃあ行くか」
嫌味な娘ではあったが、根は悪いやつじゃないと感じていた流は、少しやりすぎたかと反省する。今度あったら謝ろうかと考えていると、目的の騎士団の屯所へと到着。
そこで馬の代金として金貨六枚を受け取り、いまさら思い出したあの宿……「昼から
「……なあ、ファン。この宿屋の名前おかしくないか?」
「ん? 別に普通だろ? よくあるような名前だし」
「ちょっと聞くが、真昼間から享楽に励む奴はどう思う?」
「いやいや、ダメだろそんな奴。ヤルなら夜にヤレと思うがね」
「だろ? で、この宿屋の名前なんだが、どう思う?」
「だから普通だろ、いたって清潔感ある名前だ。どうしたんだお前?」
(オオオイ? 異怪言語理解さんぶっ壊れたのか!? そういえば、おかしな文字だと認識してるのに、なぜか日本語として脳内が処理してるのは、異界言語理解先生のお陰だろ? でもこの宿屋の名前は何だ?)
「い、いやちょっとこの国の言葉の勉強が不十分らしくてな、俺の認識不足だから気にしないでくれ」
「? そうか。それよりここで誰か待ってるんだろ? 早く行ってやれよ」
「ああ、そうだったな。じゃあ少しだけ待っていてくれ」
そう言うと流は宿屋へ足を踏み入れた。店内は清潔で解放感があり、とても看板のような如何わしさを感じられなかった。異世界の宿屋に感動しつつフロントらしき場所へと進むと誰もいない。
「ここがフロントか? おーい誰かいないのか?」
すると奥から十四歳くらいの一人の少女がパタパタと走って来る。
「お待たせしました! ようこそ、昼から享楽亭へ! お泊りですか? お食事ですか?」
「いや、人と待ち合わせをしていてな。ここに金髪で綺麗な顔立ちの娘で、セリアと言う人は泊っているか?」
「あぁ~もしかしてナガレ様ですか? セリア様は今日の朝出立されました。伝言を預かっています」
受付の娘はカウンターの奥から一通の手紙を出すと、それを流に手渡す。カウンターにあるペーパーナイフで封筒を開封し、中身を確認すると丁寧な文字でこう書いてあった。
【こんにちわ、ナガレ。これを見ていると言う事は無事だったのね、良かった。残念だけど、今回の件を報告に領都まで戻る事になったの。だから時間があればクコローの領都まで来てね、必ずよ? 絶対だからね? また会える日を心より楽しみにしています。クコロー・フォン・セリア】
(そうだったのか。手紙を見ると今更ながらお嬢様だったんだな……そのうち行く事もあるだろう、その前に今は今日の宿か)
そう思うと、今朝まで待っていてくれたセリアに申し訳なく思う流だった。そして、ふと思い出す。ここがその宿屋だと。
「あ、ここが宿だったな。今日からしばらくのあいだ宿泊はできるか?」
「わ~泊ってくれるの? ありがとう。お部屋は空いているから大歓迎だよ!」
そう言うと、受付の少女は嬉しそうに両手を伸ばして流を歓迎してくれた。
とりあえず十日ほど宿屋をおさえた流は、外で待っているファンの元へと向かう。
「悪い、待たせたな」
「なに気にするな、それより会えたのか?」
「それがいなかったんだよ。まぁ飯でも食いながら話すさ。おすすめの場所、あるんだろ?」
「あるぞ~! 今日は天気もいいし、この町名物の『流星屋台』でナガレの歓迎と生還祝いをしようぜ!」
「流星屋台? 流れ星でも見えるのか?」
「そこはまぁ行ってみてからのお楽しみってな」
ファンはそう言うと、町の中央通路を西に進んでいく。
すると遠くに小高い丘のような物が見え、その頂上には壁に囲まれた建物が一つあった。それは城にしては小さく、屋敷にしては大きすぎる建物が見えて来た。
そしてその屋敷から少し下がった場所には、まるで
したから眺めたそれは、とても雑多だったが美しく、なんとも言えない感覚に胸が震えた。
「どうだ、スゲーだろ? あれがこの町の名物、流星屋台だ」
「おおお……なんつーかまさに異国情緒あふれるってやつだな! スッゲー!!」
流達が丁度、流星屋台の全景が見渡せる場所についた時、太陽が屋敷の後ろに沈み込む。すると流星屋台の灯りの華が一気に開花したかの如く、色とりどりの光を放ち、見る者を虜にするのだった。
「綺麗だな……一緒にいるのがファンじゃなかったら肩でも組んで、そこのベンチに腰掛けてるところだな」
「全くだな、って! 綺麗なネーちゃんじゃなくて悪かったな! まったく、ほら行こうぜ?」
流星屋台の入り口に来ると食欲をそそる香が鼻孔を刺激する。そしてあちこちから聞こえる楽し気な笑い声や、音楽に合わせて呑み比べをする男達が場を沸かせた。
右を見れば串焼きを片手に五本持った娘が、ジョッキ片手に呑みまくっていたりと、見ているだけで楽しい場所が広がる。
「俺のおすすめはここの三段目にある屋台でな、そこのオークの肉汁焼と、マイル牛のホロホロステーキが絶品なんだよ! ぜひおまえに食べて欲しくてな!」
そう言うとファンは料理に絶対の自信があるようで、実にいい顔で笑う。
「聞くだけでファンタジーだな! たまらん響きだ! よし、ファン早く行くぞ!」
「おいおい、屋台は逃げねーってよ」
流は三段目に行くまで、屋台達の容赦のない攻撃をくらう。すでに空腹ゲージが限界をむかえつつも、なんとか勝利してやっと目的の屋台へたどり着く。
「俺はこの国に来てゴブリンの集落を潰したり、盗賊と戦ったりしたが、この屋台達ほど凶悪な相手じゃなかったぞ……」
「おいおい、何と戦っているんだお前は」
呆れるファンだったが、まずはとメニューを見てオススメの二品と、残りは適当にオーダーした。
何も言わず屋台の店主から「ヘイお待ちッ!」と、屋台から冷たいエールを手渡された。その馴染みの顔だと分かるやりとりに、席から見ていた流の心も踊る。やがて戻ってきたファンは、ジョッキ片手に席へと座り――。
「よし、まずは乾杯だ! トエトリーの町へようこそナガレ、歓迎するぜ!!」
そうファンが言うと、周りにいた客達も一斉に盃を上げて流れを迎えてくれる。
「ボウズに乾杯!」
「トエトリーにようこそボーヤ」
「ファンの客か? なら歓迎だ!」
そう言うと高らかにジョッキを掲げ呑みだす客達に、流も心が熱くなる。
「来たばっかりで良く分からない事だらけだが、みんなよろしく頼むよ!」
「こいつはこれから間違いなく伸びる商人だ、おまえらも面倒見てやってくれよな!」
そうファンが言うと周りの客は驚きながらも、もう一度ジョッキを掲げ陽気に呑みだした。
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