第50話 ノア、アシュフォード領主の養子になる

俺はダンジョンの中に他に囚われている人がいない事を確認すると猫耳族の人達とダンジョンを出た。


すると。


「ノア君酷いよ。アリスを置いてけぼりにしてぇ!」


「アリスか? ようやく追いついたのか。もう終わったよ」


エンシャントドラゴンのドロップした魔法の杖にまたがったアリスがようやく追いついて来た。


いや、実は確信犯だ。


アリスに俺が人を殺すとこは見られたくなかった。


俺はリリーを目の前で汚されて、その上殺されて人が変わった。


もう、昔の俺じゃない。


悪人に人権など認めない。


被害者からすればそんなモノ糞食らえだ。


故に俺は生きる価値の無い人間を殺す事に躊躇は無い。


だが……。


俺は自分が人を殺すところをアリスに見られたくなかった。


☆☆☆


「とりあえずアシュフォードの街の領主の支援を受けましょう」


「はい、里の長としてそれに賛成します」


猫耳族の里はボロボロにされていた。


火が放たれてとてもしばらくは住めない。とりあえず夜をしのげる場所を確保する必要がある。


再建にも時間がかかるし、アシュフォードの街の領主の力を借りよう。


アシュフォードの街の領主を俺は知っている。


子供の頃何度か会っただけだが、実家の親戚筋だ。


公爵の地位を賜り、国王の信任も厚い人情家として有名だ。


きっと力になってくれるだろう。


猫耳族の人達を護衛しながら半日ほどでアシュフォードの街の正門に着いた。


「ノア・ユングリングと申します。領主アーサー様に面会を申し込みます。危急故、無礼をご容赦ください」


「ノア・ユングリング? あの有名な? それはすぐにお取次をしなければ!」


「お願いします。猫耳族の里が奴隷狩に遭ってしまって困っております。アーサー様のお力を是非借りたいのです」


「承知しました。そういう事でしたら、大至急でとお伝え致します」


「宜しく頼みます」


俺は忌々しい実家の名を出した。


領主であり、貴族であるアーサーさんに会うためにはやむおえない。


直ちに騎士が2名やって来た。


猫耳族の人達は街の教会で一夜を明かす事になりそうだ。


「ノア様、アーサー様がすぐに会いたいとの事です」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


騎士に礼をいい、領主の館へ招かれる。


そして館の応接室に通された。


奥のソファーに穏やかだが、一部の隙もない、鋭い眼光の男性がいた。


身だしなみは貴族としてはラフな方だろう、短く刈られた髪に、理知的な風貌。


──彼がアーサー・ユングスリング。俺の叔父であり、この辺境領の領主だ。


「久しぶりだね。ノア君」


「こちらこそお久しぶりです」


互いに挨拶を交わすと、開口一番に、俺への気遣いの言葉があった。


「君の身に何が起きたか大体の情報は掴んでいる。……その、気持ちは察する。だが、正直、君の父上は君の価値をわかっていない。昔からアイツは本当に大事なことが見えていないヤツだった。今回の君の追放も、むしろ彼ら自身が困ることになるだろう。それに君の能力はとんだぶっ壊れだな」


「い、いえそんな」


アーサーさんは公爵家の主、知己とはいえ、今の俺は平民だ。俺のような平民に会ってくれるだけでも好感が持てる。それに、子供の頃、臣下への態度は優しく、時には礼を言ったり、謝ったりする姿を見た事がる。


俺の両親が臣下へ礼を言ったり、頭を下げたりするのを見たことがない。


そんなアーサーさんに、俺は憧れを抱いていたし、彼の人間性は今も同じようだ。


だが、アーサーさんが唐突に爆弾をぶっ込んで来た。


「それで、君の実力と人脈を見込んで私の養子としたいのだが、どうだね?」


「はっ?」


思わず素っ頓狂な声が出る。全く想像もしていないことだったので、狼狽える。


「君が父親のレオの領地で手腕を振るっていたことは有名な話だ。私は子に恵まれなかった。そろそろ歳だし、跡取りを考えないとな。それで養子を」


「いや、俺なんて、そんな。この家の跡取りなんて、そんなおそれ多い!」


俺は思わず叫んでしまった。ユングスリング公爵家は俺の実家同様、王家に近い名家、平民の俺が突然養子になるなんて考えにくい。


「そうかな? 実は前から君を養子に迎えようと考えていたのだが、私は君の父上レオとは仲が悪くて頼み辛かったんだ。だから、君の追放は私にとっては好都合だ」


「しかし、俺はアーサーさんのご期待に添えるような人間じゃないです」


俺は畏まってしまった。ずっと、家族から無能のように言われ続けてきて、そんな俺を評価してくれる人がいるなんて。


それも、俺のぶっ壊れた能力じゃなくて、以前の俺の能力を評価してくれているんだ。


「いや、頼む」


信じられないことにアーサーさんは俺に向かって頭を下げた。


「アーサーさん、そんな、頭をあげてください。あなたは俺に頭を下げていいような人じゃありません」


「君は自己評価が低すぎる。いや、君の父親が価値観を歪ませたのか。君の領地での人望は遠い地方にまで聞こえている。正直、私だけじゃなく、あちこちの貴族が君を養子や臣下に迎えたいと言い出すと思う」


俺は驚いた。俺を評価してくれる人がたくさんいる? 能力に恵まれてなくても?


「私は武人が故、領地経営は得意ではない。この領も、ここ10年発展が停滞している。私を助けると思って、私の養子になってくれ、この通りだ、頼む」


アーサーさんは更に深々と頭を下げた。


「……ア、アーサーさん。わかりました。是非、お願いします」


こうして俺はアーサーさんの養子になることになった。

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