第38話 リリー
「君は亡くなったリリーさんに未練がある。そして過去に強い遺恨を持っている。違うか?」
「それはその通りです。俺とリリーは好きあっていました。彼女は実家を追放されて貧しい未来しかない俺について来てくれる。そう言ってくれたのに……それなのに!」
最後は激しく怒鳴ってしまった。
ダンジョンで生き残るため押さえていた怒りが爆発した。
「君はリリーさんの残留思念と会話すべきだ。今の君は復讐鬼となり世界を滅ぼす可能性すらある。放ってはおけん」
「リリーと話せるのですか?」
俺はリリーともう一度話せるということで頭がいっぱいになった。
「ああ、話せる。私の能力は『冥界を統べる者』死者の魂の力を借りることや話すことができる。私が残留思念を魔法陣に閉じ込めることができることができたのもそのためだ」
「お願いします! リリーと話させてください! 無礼を言ってすいませんでした! お願いします」
いつきは穏やかな笑みを浮かべると彼の横に白い魔法陣が浮かび上がった。
「リ、リリー」
そこの出現したのは紛れもなくリリーだった。
最初はいつきが薬でも決まってるのかと思ったけど、本当にリリーと会えた。
「お久しぶりです。ご主人様。立派になられましたね」
「リ、リリー! やっぱりリリーだ。ねえ、リリー、俺と一緒に行こう。君が死んでいたとしても話せるなら俺はそれでも君に側にいて欲しい!」
リリーは一瞬困った顔をするが。
「ノア様、私はもう死んだのです。こうして話せるのも後数日です。私は死んでから天使様の導きで転生の準備に入りました。私の魂はもうじき別人とした新たな肉体を得るのです」
「そ、そんな!!」
「ノア君駄目だよ。リリーさんには新しい未来が待ってるの、それなのに現世に止めることはリリーさんを死霊とすることになるよ」
そうだった。この世に未練がある者、恨みがある者が現世に留まる者が死霊。
死霊は徐々に人であったことを忘れて、魔物になったりする。
「でも、でも、リリーがあんなに酷いことされて、せめて俺が必ず仇を……」
「ノア様、私がそんなことを望むとお思いですか? 私はノア様にただ幸せになって欲しい。復讐なんて止めてください。復讐からは何も生まれません」
「だけど、だけど!」
そんなこと言ったってこんな理不尽なことを忘れろと言われて忘れる訳がない。
「ノア様、私のことが好きなのでしたら、私の為に復讐は止めてください。そして私のことは忘れてください。私はもう死んでいるのです。もう、手を繋ぐことも、キスすることも……そして数日後にはリリーはいなくなって新しい人として生まれ変わるのです」
輪廻転生。
聖伝に書かれている人の一生、人は死ぬと魂となり再び人として転生する。
女神エリスの教え。
リリーは続けて言った。
「もう、既にノア様の横には素敵な女の子がいるじゃないですか? 彼女に振り向いてあげてください。ノア様の気持ちはとっても嬉しかったです。ダンジョンでの出来事は全部見ていました。ノア様に愛されてリリーはとても嬉しかったです」
気がつくとリリーは涙を流していた。
俺は悟った。
リリーは半分嘘を言っている。
悔しくない筈がない。
憎くない筈がない。
俺の横にアリスがいて何とも思わないなんて思いたくない。
でも。
でも。
リリーは俺の為に自分の心を殺して俺の為にそう言ってくれている。
だけど、そんなリリーの気持ちをむげにできる訳がないじゃないか?
「リリー、わかったよ。俺は復讐なんてしない。君のことは中々忘れられそうにないけど、いつか吹っ切れたら新しい恋も始める。でも、それは少し待って欲しい。復讐は止めることはできても君のことをそんな簡単に忘れることはできないよ」
「ノア様、私はノア様を好きになってほんとに良かったと思います。私の思い残すことはもう無くなりました。今日にでも天使様にお願いして転生します。私はノア様のことが心配で天使様にお願いして転生を待ってもらっていたのです」
気がつくと俺はリリーに向かって手を差し出していた。
リリーも俺に向かって手を伸ばす。
だけど2人の手が結ばれることはなかった。
もうリリーは死者なんだと改めて理解した。
もう、二度と会えない。
手を繋ぐこともキスすることも話すことも……
「ノア様、では私は逝きます。幸せになってください」
「リリー、君のことは決して忘れない。そしてありがとう。ダンジョンで俺を導いてくれたのは君だろう?」
リリーはあいまいな笑顔を浮かべると消えて行った。
「リリー!!!!」
部屋中に俺の声がこだました。
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