第37話 英雄譚の真実

俺とアリスが微妙な目で勇者いつきを見ていると何故かいつきが自己弁護し始めた。


いつきがソラの彼女を奪ったと推測したのには訳がある。


1000年前の英雄譚に勇者ソラの彼女が魔王ルシフェルによって魅了されて連れ去られたという記述がある。


だから実際はこのいつきがソラというヤツの彼女を寝取ったんじゃないかと思ったんだ。


「いやな。俺もできればソラの幼馴染な。勘違いしないでくれ、あいつら別に付き合っていたとかじゃなくてソラの片思いでな。ただ、ソラの幼馴染は俺のことが好きになってな、それでな、私もあの子可愛いしな、つい妻の一人にだな……」


多分俺は蔑んだ目でいつきを見ている。


多分ソラってヤツ陰キャだな。


このいつきって勇者、あからさまに顔がいい。


性格も良さそうだ。


陰キャの敵だな。


「ほんの出来心なんだ。それにソラの幼馴染は俺の妻だがその幼馴染を殺そうとかするソラも悪いんだ。何より事実を捻じ曲げるのソラの方が悪いだろ?」


まあ、陰キャの俺としては7:3でいつきの方が悪いと感情的に思うが、一般的にはいつきの方が正しいのだろう。


「わかりました。その件はもういいです。しかしいくつか教えてください。あなたが後継者を求めているとアリスから聞きましたが、それにしてもこのダンジョンは厳しすぎるでしょう? 実際1000年も誰もクリアできなかった。何故ですか?」


「い、いやな。ちょっと、ダンジョンの仕様の桁を一つ間違えてね。それでだと思う。私も1000年も待たされて暇で暇で」


「知るかー!」


俺は思わず怒鳴った。


この勇者ポンコツじゃないか?


だが、今はそれより。


「失礼、つい本音が。それよりこのダンジョンから外へ出る方法を教えてください」


「このダンジョンから出るにはもう一つの鍵がかかった部屋の中の魔法陣に入るがいい。そうすれば転移の魔法が発動してダンジョンの上層に転移できる」


「わかりました。では、俺達はここでおいとまします」


「ま、待ってくれ! それより邪神の事を!」


何言ってんだ?


いつきって勇者は人が良すぎる。


なんで俺が1000年も音沙汰のない邪神のこと考えないといかんのだ?


「そんなの知りません」


「へ? なんで?」


「逆になんで俺がそんな慈善事業みたいなことやらないといかんのですか?」


「君が私の後継者だからだよ。邪神が現れたら君のことをほおってはおかない」


迷惑だな!


「その辺のことは書物とかに書いておかなかったのですか?」


「もう一つの鍵のかかっている部屋は倉庫でね。その中の書庫に全部書き記した。それとあそこには私の集めた魔道具がたくさんある。金銀財宝もだ。少し持って行くがいい。まあ、大量にあるから全部は無理だけどね」


俺の収納鞄とアリスの収納魔法で根こそぎ持って行けそうだな。


「じゃあ、本で読みますからあなたはもういいです」


「そ、そんなこと言わないで! 1000年ぶりに人と話せるのに!」


うざいヤツだな。


「ところで、あなたって1000年前の人でしょ? どうして生きているんですか?」


「私は残留思念だ。1000年前の死の間際にこの魔法陣の中に思念を閉じ込めた」


なるほど、そういうことか。


だが、もうこのいつきってヤツに用はないな。


そう思っていたが。


「大切な話がある。ノア君。君の恋人だったリリーさんというメイドのことだ」


リリー?


俺は狼狽した。


一体リリーに何があると言うのだ?


「驚くのも無理はない。君の思念を先程読み取った。君の生末、いや、私の後継者の生末には死別してしまった君の恋人リリーさんと君は話しておく必要を感じた」


俺は驚いたが、こいつ薬やってんじゃねえか? て、本気で思った。

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