第23話 冒険者とは

 湾岸都市ナリア、ギロス半島の対岸に位置する都市で馬車などでソルテシアからナリアに西へ移動するのは山間部も通る羽目になる、高額で時間も食い危険であるために魔導機関車を使うのだ。


 内装もレトロな感じで客席は黒茶色の木製の椅子が並べられていて、奥には対面する形で椅子がありそこにお互い座った。

 魔導機関車がちりんちりんと鳴らして走りだす。

「......本当ならへベルナがやるべき事だったんだけどな」

「もしかして、自分がメイ婆の所で働いていた頃から?」

「だろうな、あの人は割と頑固だ、しかも保護対象は頑なにいつまでも保護対象にする。お前も旧友というよりはそういう関係だったんだろ?」


 もしやへベルナとの関係がバレてる?


「まぁそんな関係でも友達だもんな、俺だって同じ立場だったら採掘場に突っ込んでただろうぜ」


 どうやらそういう訳ではなかったようだ。


「あれ、だけどお前採掘場前に会った時はへベルナにもやけによそよそしかったような......」

「な、なんの事だか、それよりザイルド先輩。魔物討伐の依頼としか聞いてないんすけど、それだけで?」

「え、あぁ細かくは説明してなかったか、C級の魔物討伐、何で近くの山に魔物が陣取っているらしくてな、それをどうにかしろとの事だ、わざわざ【晴天の龍スカイドラゴン】をご指名だ」


 さらにザイルドが言うにはC級というのは重要らしい、基本的に冒険者ランクは協会から認定されるのだが、C級までは各自ギルドが認定する事が出来て条件も設定できさらにはある程度融通が利く。


「C級辺りになると依頼者が冒険者を面談して判断する事が増え始めるからな、その時に同伴ありであってもC級クリア経験があれば大体納得してもらえる」


晴天の龍スカイドラゴン】はC級3回クリアでC級冒険者に成れるらしい。


「ちなみに俺はBだぜ?すごいだろ」

「B!?」

「......あんますごみわかってないな?」

「......まぁ......」

「お前にもいつかわかる、CからBに昇級する為には協会直々の依頼を受ける羽目になるあれはマジでしんどいからな」


 ザイルドは溜息をこぼしながらそう語る、そうとうきつかったようで、ザイルドはこめかみを軽くつまみながら話す。


「他ギルドとの協力が必要だった場合は最悪だ、お抱えギルドの連中となんて協力したくねぇし......A級どうしようかマジで悩んでるんだからな」


 どうやらその昇級試験は合同でする依頼のようだ。


「ま、この事は良い、とにかくC級辺りからは基本的に依頼主と話す事があるから意識しておけという事だ」


「依頼主が良くしてくれてると断りづらい......人情ってもんよ」

「人情だされると断るづらいなぁ」

「だよな......」


 それからは目的地に着くまでの間色々と話をした。


 E級やD級は採取系がほとんどで魔物と戦う機会はあっても生き死にが目立つ事は滅多にない事、そしてC級から討伐系が目立ち、強力な魔物と戦う機会が増えて人が死ぬという場面にも出くわす事があるという事


「だからC級まで行って、そういうの経験して嫌になるって奴がいるんだよ」


 ■


 ナリア山脈にある山間部を抜けていく、途中トンネルを通過して

「眩しッ」

 陽射しが照り込む、まるで地中海の都市のような白い建物群が目に見えた。

 それは青々としていてそれを湾岸部と山の二つの町が湾を一望しているのだろう、大きな黄土色の塔も印象に残った。


「もうすぐだな」


 ナリアに到着すると辺りはやはり駅があるくらいで整備されている。ここから先に進むと湾岸部に行けるらしいが目的ではない為にスルーした。

 依頼主の家は町から離れた場所にある為に駅の前にある乗合馬車を使う、ただ乗る人はほとんどいないらしく乗客ザイルドと二人だけだった


「最近は魔石を原料にした車なんてのが出始めた、高すぎて買う奴は見た事はないが......この乗合馬車はそのうちそんな車に淘汰されるだろうな」


 ザイルドはどこか寂し気に言った、なんでも馬車が好きなのだという。


 馬車の中で揺られながら外を見ると、先ほど乗っていた列車を見下ろしていた、依頼主の住む家は高所にあるらしい。 

 ある程度話していると依頼主の宅に到着した。


 アル=マニルという人は結構な年をしていて腰を曲げている、彼は孫娘と二人暮らしだという。


「新人かい?」

「そうだ」


俺は自己紹介した。


「固くならなくていいさ、マスターとは知り合いでね、いつも色々と簡単な依頼をお願いしているんだよ」

「新人教育的な事を?」

「そうさ、家族も孫が一人だけだ、財産には余裕があるからね、後継を育成しようと思ったのさ」

 アルは笑顔で語るとザイルドが今度は質問する。

「だけど今回は違うんだろ?」

「そうなんだよ、今回に関しては本当に困っているんだ」


 なんでも彼の所有する山は普通なら新米冒険者でも倒せるレベルの魔物しかいないはずなのに、最近になり強力な魔物が出現したという。


「正直言ってC級が妥当かはわかっていない、今は敷地内だけだが、近隣に被害が出ないうちに討伐してほしい、受けてくれるかい?」

「受ける、アキラもそうだろ?」

「もちろん」

「しかしアキラは新人では」

「新人とはいえへベルナの太鼓判がついてる」

「ほう、あの娘か......なら問題はないだろうが、ザイルドも頼んだぞ?」

「おいおい、俺だって後輩が目の前で死なれたら嫌だ、死んでも守るさ」


 どうやらその魔物は夜に姿を現すらしく、その間は身体を休める事になった。

 ザイルドは地元の友人に顔を出しに行くと言って俺に待機命令を出した。


「こちらお茶、どうぞ」


 孫娘ダイラ=マニルはにぎやかな赤みの橙色の髪を後ろに巻きポニーテールにして緑の瞳が特徴的な少女だ、年期の入った黄色い服を着ている。

 千年大祭の年で15歳になるらしい。


「ありがとう、ダイラ」

 彼女もセレンとは少し似ていて少々強きに喋る。

「アルと同じようにここで?」

「そうね、もう5年くらいになるかしら」


 随分と後継教育に熱心だ。


「......どうしてそんなに熱心に教育しているのだろう、って疑問に思ってるでしょ?」

「え、どうしてわかったんだ」

「へへ、秘密」


 ダイラは椅子に座る。


「......そういえば両親は?仕事にでも」

「......あたしの両親は亡くなったわ」

「――」


 しまった、そんな事が。


「悪い、もう少し考えるべきだった」

「いいのよ、別に気にしてないもの」


 ダイラはなぜ亡くなったのかを話してくれた。


「不相応な級を持っていた冒険者が護衛を任された、その人は逃げてお父さんとお母さんは殺されたのよ」

「......」

「それから、元々後継教育に熱を入れてたおじいちゃんが此処まで力を入れるようになったのは......もうこんな苦しみや悔しさを誰にも味あわせたくないって」


 冒険者業は自分の命は勿論だが、人の命を預かる事もあると言う事だ。


 俺は逃げないでいられるのか、ドージャの時は死ぬ気だった、だけどそれでも俺には奥の手があったし、相手は人間だった。

 どこかで助かる可能性を見出していた。

 リードルの時はそもそも正気じゃなかったあんな惨状を見ても心が揺らがなかった。


 だから俺が本当に理不尽な死と対峙した時どうするのかわからない、ただ逃げないようにしたい、俺は少なくとも人の命は見捨てない、そうであると願いたい。


 ■


「アキラ、俺から離れるなよ?一応実力はC級と言ってもまだ見習いだからな」


 ザイルドの後ろについていき小山を登っていく傾斜はそれほどではなかったのだが


「......思ったよりも冷えるな」

 軽く小山を登った所為か身体が震えてくる。


「あーしまった、人間の体質を失念してた、体調に気を付けろよ?」


 もっと厚着するべきだった。

 獣人にも種類はあるようだが大体の獣人は寒さにはそれなりの耐性があるようだ。


「これは思ったより大変だな」


 ある程度歩くと見るからに木々がなぎ倒されている状態が増えていく、さらに血痕も飛び散っている。


「なんだ、これは......おい、アキラ警戒しろ」


 言われなくともと、俺は既に剣を抜いている、ある程度歩くと傾斜がさらに緩くなりほぼ平面になっていた。


「グギガガガ」


 それはゴブリンだ、ただ色は真っ黒で眼球が飛び出すくらい見開いていて充血していて、口周りやこん棒には血がこびりついている。等身も第160㎝と人に近く。

 ゴブリンらしき残骸が当たりにある事からこいつは同族を喰らったようだった。


「ッアキラ気を付け――」


 ザイルドが俺に声をかけた、その一瞬で近づいてザイルドの頭をこん棒でかち割った。


「――ぇ」


 そいつは早い、いや早すぎる、どうしてゴブリン如きがこんなに早い。


「ッ」


 ザイルドは死んではいない、しかし、今の一撃でもう戦闘は出来ないのは素人目に見てもあきらかだった。


「――『ファイアボール』」


 いくら火力があったって意味がないだろ、当たらないとッ


「キシシシ」


 そいつは笑っている、俺の魔法をすらりと避けてそういう知性があって、なのに同族を喰らう狂気を見せた。


「ッ死ね」


 剣を持って近づき攻撃しようにも奴は簡単に避ける、腹を凹ませて。


「ッッ......こいつ」

「『ファイアボール』」

「――ハッ?」


 ゴブリンは俺の魔法を模倣していた、火力こそは低く少し出ただけで消えた。


「お前は危険だ」


 俺は本能に悟ったこいつをそのままにしてはいけない、完全に殺さないといけない。


「――ッ」


 奴は俺の腹を目掛けて突進してくる、というのはわかった。


「がぁっ」


 間に合わない、腹の内臓物が口から出るんじゃないか、そう錯覚するくらいの激痛と吐血。


「ヨワイ、グシシシ」

「お前......話せるのかよ」


 どうしようもないクズ、どうしてこんな奴に俺は負けているッ


 変身の手は残っている、だがもし覇王に支配されてしまえば意味がない、奴はザイルドを殺すだろう。


「――」

「『魔光破』」

「――グッ」


 広範囲攻撃、流石に奴にもあたったようで怯む、ただダメージというには弱い。


「マコウハ」

「人の技真似ようとすんなよッ」


 奴はこん棒で真似をしている、ただ今の技は魔力をぶちまける技、魔力の消費が激しい、そう易々とマネできるものではない。


「フンッ!」


 そいつは魔光破のように剣をスライドさせると風の刃が襲い掛かってくる。

「頭おかし――しまッ」


 俺が風の刃に手間取っている隙を突かれ今度はこん棒で頭を打たれた。


「ッ」


 幸い寸前に足を刃で切られてよろけた所であったからかこん棒の打撃のダメージを少し軽減出来ていた。

 しかし、立ち上がれない、足を痛めたとの頭を叩かれて視界も定まらない。

 痛いし、怖い......くそッ何が覇王だ、俺の身体使ってんだから少しは俺にも使わせろッッ


 あのゴブリンはザイルドの元へと歩いていく、だめだこのままじゃ。

 このまま死んだふりしたって俺はどうせ殺される、奴はそういう奴だ見逃す事なんて絶対にしないぞッ、無意味だそれは無意味だッ覚悟を決めろッ晃ッ!


「うぉぉぉぉッ」


 叫んで思いきり立ち上がる、するとゴブリンは俺に意識を向けた。


「どうして戦いの途中で他の奴に意識向けてやがるッ」

「――ッ」

 ゴブリンは再度突進してくる、不思議だ、俺は今回見えて、対処する事も出来ると確信した、赤黒い魔力を剣に纏う。


 奴は左ひじを俺に向けて突進してくる、そしてこん棒を持つ右手で再度攻撃をする気だ、ただお前にこん棒を振るう機会はもうない。

「『両断』」

 奴は異変に気付いたのか、一瞬で止まりこん棒で防御態勢をとった、だが無意味。

 そのまま頭から身体を真っ二つに切り落とした。

 

 奴は臓物をまき散らし大地を鮮血で穢していた。


 「勝った、勝ったぞ、はは、ハハハハハッ」


 俺は逃げなかった、逃げなかったッ!


 「そうだ、俺は勝った......依頼を達成したんだ......」


 ――目のまえが真っ暗になった。

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