陽だまりの雪が照らす煌
トン之助
言の葉の燈
真っ白な原稿用紙はまるで真冬の新雪のよう。
何色にも染まり
何色にもなれる
そんな可能性を秘めた白。
目の前に広がる一面の世界に僕は心の叫びを書き連ねる。
書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて。
気付けば目の前の世界は真っ黒に染まっていた。
どこに行けばいい?
どこを目指せばいい?
何をすればいい?
真っ黒な世界は僕の心そのものだった。
終わりのない出口、行方がわからない筆、上を向いているのか下を向いているのかも、もう感覚が無い。
――寒い。
僕は何を得たかったのだろう。
僕は何を伝えたかったのだろう。
いつしか自分の心までも偽ってしまっていた。
――帰りたい。
どこに帰るの?
――還りたい。
君に還る場所はあるの?
――変わりたい。
自分の居場所もわからないのに?
あぁ、何を言っても対になる言葉が返ってくる。
あの頃のように何も考えずに自分の世界を描けたら――世界はいつだって偽の皮を被る。
「そんな事ないよ」
音の無かった世界に雪のような声が聞こえた。
誰?
「んふふっ。さぁて誰でしょう?」
ねぇ、誰なの?
戸惑う僕に声の主はクスクスと笑う。
「君の世界、私は好きだよ」
そんな……こんな何も無い真っ暗な世界が?
「そう。真っ暗な世界でも」
そんな事ない!
僕は何も考えずに書いてきただけだ!
そんな自己満足の世界を君は――
「ねぇ、空を見上げた事はある?」
空?
言われて僕は黙ってしまった。
僕が今まで見てきたのは下に広がる真っ白な世界だけだったから。
その紙を自分の色にしたくて、誰かに認めて欲しくて、同じ時間を共有したくて……いつしか真っ黒になっていた。
「ねぇ、一緒に空を見に行かない?」
こんな真っ暗な世界で?
「んふふっ。それはどうかな」
いつの間にか声の主は随分近くまで歩み寄ってくれていた。
けれど、その姿を見る事はできない。
「私の声が聞こえるって事は君はまだ繋がりを求めてるんだよ」
繋がり。
「私が歩いた道は見える?」
いつしか僕は立っていて、足元をぼんやり眺めていた。そこには小さな足跡が枝葉のように伸びていく。
「ひとつずつ、辿ってごらん」
歩いていいのかな?
「不安なの?」
うん。
「じゃあ灯りを照らすよ」
そう言った彼女はパチンッと指を鳴らすと先を照らす仄かなランタンが僕の前に現れた。
これは?
「言の葉の
――言の葉の燈。
「ほら、行くよ?」
不思議な力で引っ張られながら足が前に動く。あれだけ意固地になっていた体がなんだか軽い。
「これを見て、私のお気に入り」
ツリーの先には僕と同じようにランタンが置いてある。その下には何百回と見慣れた新雪ようなキャンパス。
「私はね、ここから始まる物語が好きなの」
白い世界から始まる新しい物語。
「君の物語もここから始まったんでしょ?」
そうだよ。僕も最初は――
「ほら、見てごらん」
言われて白いキャンパスを注視すると、真っ白い新雪に一滴の言の葉が降り注ぐ。
「私はこの瞬間が一番好き。君はどう?」
――――。
何も言えなかった。
だってその光景を見た瞬間、枯れていた僕の目に光が集まるのが分かったから。
あぁ僕も同じ気持ちだったのか。
「今は真っ暗な世界かもしれないけどさ……」
うん。
「真っ暗な世界の方がよく見える景色があるって知ってる?」
暗い世界で見える景色?
いつしか僕は声の主の足跡を懸命に追いかけていた。そして到着したのはランタンの灯りだけが見える暗い世界。
けれどもそこは……暖かい。
「いくよ……ふぅっ」
彼女の真っ白い吐息がランタンの灯を眠らせた。
「上を見て」
え?
「――――――これは」
彼女に言われるがまま上を見ると、そこにはランタンの灯火が銀河のように広がっていた。
「――君はひとりじゃないよ」
同じ想いを持って、同じ苦悩を抱えて、同じように葛藤した仲間がこんなにも居るのだから。
その光景に圧倒されて体が熱を持つ。
感覚が無かった指が震える。
谷底に落とされた足が地面を踏む。
塞いでいた耳に声が聞こえる。
鼻に広がるのは冷たい風。
ぼやけていた視界がクリアになる。
カラカラだった喉がゴクリと鳴る。
僕は言わなくちゃいけない。
手を差し伸べてくれた彼女に……見守ってくれている彼女に聞かなければいけない。
勇気をくれてありがとう。
「うん、また紡いでね。君の色を」
最後にひとついいかな?
「ん?」
君の名前を聞かせて欲しいんだ。
「んふふっ。私はね――」
サイレントスノープリンセス。
音の無い世界に言の葉の雪を届ける姫。
ありがとう。
君の言の葉で僕はまた歩き出せるよ。
陽だまりの雪が照らす煌 トン之助 @Tonnosuke
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