両親を望む少女

初月・龍尖

両親を望む少女

 明るいダイニングに談笑するふたつの影が映る。

 少女は扉の影からそっとそれを見ていた。

 食事をする父と微笑んでそれを見つめる母。

 同じ時間に同じ様に談笑する両親。

 少女はじっとそれを見つめ扉をそっと閉めた。

 2階の自室へ戻った少女は今日の手紙を広げ目に押し付ける様に読んだ。

 少女は思っている、ダイニングに居る父と母は誰かが手配した偽物だと。

 父はあれほど身長が高くなかった。

 母はあれほど細身でなかった。

 毎日届く手紙がその証拠だ、そう思っていた。

 貰ってばかりだから手紙の返事を出そうと言う唐突な思いつきが少女の人生を、いや、少女だけで無く関係する全ての者の人生を狂わせてしまった。

 少女は2階の自室で早く帰ってきて、ひとりはイヤだ、たすけてとはがきに文字を連ね意気揚々と外へ出ようとした。

 しかし少女が玄関へ近づきノブへ手をかけると途端に身体が重くなり激しい吐き気を催した。

 少女は何度も、何度も同じ事を繰り返した。

 偽の両親を見張り、手紙を読み、はがきを書き、体調不良に見舞われる。

 少女のその気にあてられたのか偽の両親は段々と原因不明の体調不良を起こしだした。

 偽の両親が段々と弱ってゆく様を見て少女の口角が徐々に上がっていった。

 そんな偽の両親を見舞いにひとりの女性が訪ねてきた。

 その女性の挨拶を一言聞いた少女は本当の母が帰って来たと確信した。

 少女は偽の両親を排除し母を助けなければならないとキッチンから包丁を取り三人の元へ向かった。



 偽の両親、ふたりは夫婦であった。

 少女がいるとは知らない空き家を購入したただの夫婦であった。

 2LDKの平屋で薄桃色の外壁が特徴的な家だ。

 近くには桜が多く植わっており春になると家が埋もれてしまうぐらい素晴らしい景色だった。

 夫婦は少し四角四面な気質があり夕食の時間がいつも同じ時間であった。

 その為に少女から見たらいつも同じ時間に談笑する夫婦は人形のように見えてしまった。

 はじめは快適だった暮らしは段々と重く苦しくなっていった。

 誰かに見られている、誰かがいる。

 シックハウス症候群をはじめ様々な病気を疑われいくつもの病院を回った。

 そんな折、友人の一人が夫婦を訪ねてきた。

 それが惨劇の始まりだった。


 友人が家に入ると圧迫感が全身に覆い被さった。

 リビングで項垂れる夫婦に土産を渡し早々に話を聞こうと腰を下ろそうとした時、キッチンから物音が聞こえた。

 何かが落ちた音だと思い夫が確認に行こうと席を立ち歩き出した瞬間に陽炎や湯気の様なゆらゆらとした塊に包丁が付いてゆっくりと向かってきた。

 包丁を持った揺らぎは急加速し夫を切りつけたが驚いて後ろに倒れたため偶然にもそれを回避した。

 陽炎が徐々に形を成してゆく。

 その気配は夫婦が感じていたその誰かの物だった。

 攻撃を外した揺らぎは怒りと憎悪で厚みを増し少女の姿がよりはっきりとした。

 夫婦と友人は恐怖で震えた。

 三人は少女から距離を取ろうと玄関へ向かおうと廊下に出てそこにあるはずの無い物に驚いた。

 2階への階段があったのだ平屋のはずのその家に。

 あり得ない事態だったが逃走を最優先とし三人は玄関の扉を開けようと試みたが押しても引いても玄関は石の様にびくともしなかった。

 母を取り戻そうとする少女は近くにある物を手当たり次第に浮かせ夫婦を殺そうと攻撃を仕掛けた。

 そこに割って入った友人の声を聞き少女は浮かせていた物を落とし明るい顔になった。

 しかし、友人の姿は母と似ても似つかなかった。

 ただ、その声だけは母の物だった。

 絶望と一方的な憎悪を糧に少女の姿は黒く周囲の空気は更に重く変貌した。

 急ぎ2階へ駆けあがるとそこには扉がひとつあるだけだった。

 半開きになったその扉に三人は飛び込み開かない様に重い物をと部屋を見まわし驚いた。

 部屋中に紙が散乱しており中心には干乾びた死体が横たわっていたのだ。

 水分が完全に抜けミイラ化したそれの胸はぱっくりと開かれていた。

 夫が恐る恐る胸の中を覗くと折られた肋骨と委縮した肺があった。

 そして、そこにあるはずの物が無かった。

 夫がふたりにそれを伝えそれを探せば少女の気が収まるのではとの考えに至った。

 その部屋を隈なく探すがあるのは意味不明の文字が書かれた紙ばかり。

 紙をどかしてみると床には紋様が刻まれていた。

 背筋に冷たい物が垂れた。

 何かの儀式だと三人は確信を持った、少女を生贄に捧げていると。

 床板を剥がすかの様に部屋を掻き回したが部屋の中には心臓は無かった。

 三人は顔を見合わせそっと部屋の外を覗いて気配を確認し少女が2階へ上ってくるそれが無かったので注意しながら1階へ移動した。

 少女は玄関の前から動いていなかった。

 ただ、その姿はよりはっきりとして周囲が歪む様な黒い何かが少女を取り巻いていた。

 その顔は嬉さと怒りと憎しみが混ざった形容し難い物だった。

 吐き気を押さえ三人は逃げる様に家の各地を転々と探したがそれは見つからなかった。

 見つからないのは当たり前であった。

 その心臓は砕かれ家の外壁塗装に使われた塗料に混ぜられている。

 それは少女を家に縛る為であり家を少女とみなす為の行為であった。


 最初に妻が死んだ。

 浴槽から伸びた水が妻の穴と言う穴に入り込み胃や腸、肺と言った身体の空間全てに水が溜まり溺れ死んだ。

 次に死んだのは夫だった。

 洋室で這い寄ってきたコード類が絡みつき全身をゆっくりと嬲る様に締め上げていった。

 最後に残った母の声をした友人は少女へ命乞いをした。

 わたしはこの家の住人ではない、どうにか助けてくれないかと。

 少女は言った。

 殺さないと。

 その言葉に友人の顔が明るくなる。

 しかし、続けた少女の言葉に再び顔に絶望が浮かぶ事となる。

 あなたの声は自分の母だから声だけずっと一緒に居てね、と。

 母の声をした友人は死んだ。

 いや、死んだと言う表現は正しくないであろう。

 友人は少女に、家に取り込まれた。

 少女の望むまま永遠に母の声として横に立ち続けるただの人形へと変容して。

 夫婦の死体は少女が、その家がゆっくりと消化していった。


 夫婦とその友人はこの世から忽然と姿を消した。

 失踪届が出され未解決となった。

 少女は家に縛られそこにいる。

 その家は清掃を経て再び売りに出された。

 築〇年にしては異様に綺麗なその家を紹介する男女。

 そのふたりは知っている。

 少女が、その悪霊が家に封じられている事を。

 何故ならそのふたりは――



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