ユメクダシ

初月・龍尖

ユメクダシ



 小さい頃からある夢を見た。その夢は女性が塀の前でわたしに向かって微笑む夢だった。

 わたしの年齢が上がるにつれ夢の中の女性の笑みはだんだんと般若のように変わっていった。20歳を過ぎる頃にはまさに鬼のような形相になっていた。

 わたしは眠るのが怖くなった。鬼のような形相の女性がだんだんと近づいてくるようになったからだ。

 いろいろと手段を尽くしてみたが女性はどんどんと近づいてきて日の睡眠時間が半刻を切るようになった。細切れに寝落ちては起きての繰り返しだった。

 そんなある日、わたしは運命に出会った。

 古い薬棚にあった一包の薬「ユメクダシ」。いらない夢を排出できる夢のような薬。わたしは飛びついて飲み下した。あの夢から逃げることに思いが偏っていたため、わたしは用法用量の欄が半分以上消えていたことに気が付かなかった。

 その薬の効果は絶大だった。飲んだその日からわたしはあの夢を見なくなった。

 わたしの人生は劇的に変わった。仕事も恋も順調だった。恋人と結ばれ順風満帆、だった。夢を、見るまでは。



 久しぶりに夢を見た。あの女性が何かを口ずさんでいる。

 わたしは動けなかったが鉄をひくような音が耳に入ってきた。やけにはっきりとした音だった。

 女性はゆっくりと背に手を回し錆びた鉈を取り出した。

 金切り音に混じって聞こえた声にわたしは息を呑んだ。野太い男の声だった。

「お茶を飲むのは大概にしておかないといけない。本当に美味しいお茶はここにある」

 女性が鉈を振り上げわたしの首へ鉈が迫った瞬間にわたしは目覚めた。

 勢いよく起き上がり首筋を撫でるとつるりとした肌の感触と自分のたれた髪があった。そして視線を上げると目の前にはひとりの女性が包丁を振り下ろす瞬間だった。

 その女性はわたしの妻だった。

「あああああ、あたしののののの、あなたのの、おんなああああ」妻は叫んだ。

 さく、と音を立てて包丁は耳をかすめ枕に刺さった。

 わたしは寝間着のまま外へ飛び出した。夜風で寝間着の裾をはためかせながら必死に走った。

 どこをどう走ったのかわからない。足の進む方向へと走り気がついたら塀の前にいた。見覚えのある塀だった。

 慌てて振り向こうすると視界が赤黒く染まりわたしの意識は途絶えた。



 夢を見ているの。あなたとわたしでお茶を飲む夢。わたしが怒っているのはあなたがお茶会を邪魔したから。だからわたしを追っていったの。あなたのセカイまで。




 ユメクダシ

 一包飲めばどんな悪夢でも外に排出!

 注意:下した夢は夢の島へ!夢廃棄ゼロを目指そう!

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ユメクダシ 初月・龍尖 @uituki

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