過仕事さんの治療疑似転生

初月・龍尖

執行


 うー、仕事仕事。今、始発電車に乗って出勤しているオレは一般企業に勤める一般的な社畜。名前は草林笑太郎。

 やはり始発はいい。人は少ないから座って移動できるし資料を椅子に広げていても邪魔にならない。

 うーん、今日も仕事だぁ、とるんるん気分で職場のドアノブを回すとなぜか鍵が開いている。

 昨日の最後の人、警備システムかけ忘れてる? まぁいいやと小声でおはようございます~と囁きながらドアを開けばパッと明かりが付き目の前には苦笑いの上司。隣には顔と声しか憶えていない人!(社長)。そして、スーツ姿の知らない男+α。

 上司はやれやれと言った感じで「やはりお前だったかぁ」とつぶやいた。

 いやぁ、なんのことですかねぇと言って誤魔化そうとしたが上司が「こちら、労働管理局の」とそこまで聞いてオレは全身を床に投げつけた。

 すんません、すんません。とオレは祈りの声を上げた。

 +αさんに両脇を抱えられるように立たされスーツの男、労管の局員は一枚の紙をオレと社長にそれぞれ差し出した。

「これ、草林さんへの国からの執行書です。こちらは社長に」

 渡された紙を上から下、裏面まで舐めるように見る。癖になってるんだよなぁ。こうしないと穴とかあったりするし。

 舐め回すように見ていると案の定、誤字っぽい物を見つけた。


 ねぇ、局員さん。期間の終わりに日付が入っていなくてカッコ書きで無期限って書いてあるんだけれどもこれ誤字だよね?ねぇ、笑顔にならないで? +αさんも暴れないからもっと力を緩めて? ね? ……え? 本当にこれ無期限? マジで? マ……。


 項垂れたオレはにっこにこの局員さんと+αさんたちに子牛のように引きずられていった。

 後ろでは達者でなぁ! との社長と上司の激励が廊下に響いていた。


 マジで子牛だな、オレ。


 移動中暇だったのでオレは局員氏――河花という名前らしい――に疑問を投げつけることにした。

 よく違法サビ残しているのがわかったっすね。かなりランダムにやってたと思うのだけれど、と問うとこう言う答えが帰ってきた。

「人間が思い描くランダムというのはかなりの確率で規則性が出てくるのもなのです。期間が長いと特に。草林さんは几帳面な性格なのですぐに分かりましたよ」

 へー、そんなもんなんだなー。でもそれだけでオレって確定したわけじゃないでしょ?

「勿論です。行動調査もして確定させます。でもそこが一番の問題でした」

 ふむ、オレ変なことしてたっけ?

「変なことと言うか、草林さんはかなり勘が良いです。気配を消すのが上手いし逆に気配にも敏感。ここが一番きつかったです」

 ほほぅ。オレってすごいやつなのか。

「まぁ、職を転々として違法サビ残を繰り返す悪質勤務者として有名でしたね。ウチでは」

 さーせん。ちなみにどれぐらいオレを追っていたので?

「片手で収まらないくらいですね」

 そう言って河花氏が取り出した資料を少し見せてもらったが分厚いしやばい。何がやばいってこのご時世に全部手書きだ。しかも、オレの行動範囲から、好物らしい物、見失ったらここに寄る可能性が高いとか。ストーカーかよ! まぁ、そういう仕事だし仕方ないけどさ。

 でも一番気になったのはそこじゃなかった。このかわいい丸文字って誰の文字? ねぇ、誰?

「あぁ、それは岳の文字ですね。運転している方です」

 あぁ、+αのスキンヘッド……。ギャップがすごいな! つーか、厳つい人って結構声高いって本当なん?

「いや、岳の声は普通の声ですよ。まぁ、彼はスイーツ好きですけど」

 ふーん。やっぱり厳ついとどこか女子っぽくなるのかオレオボエタ。

 そんな雑談をしていると終着点が見えてきた。


 厳重な警備が敷かれた門の前に到着した車内でオレは両の手に手錠をかけられた。手錠って重いし冷たいんだなぁ。などと呟くと、様式美と言うか、ここで逃げられたら元も子もないからと言われた。。

「たまに居るんですよ。囚園直前の隙をついて逃げる人」と遠い目で語る河花氏。腰に紐を回され左右は+αさんでガッチリと固められる。そんなことしなくてもオレは逃げねーって。


「河花 流。レッドリスト掲載、草林笑太郎を捕獲してまいりましたっ!」

 門の前で河花氏が背を伸ばし言った。オレは絶滅危惧種かよ。つーか、捕獲って言うのね。

 オレは無事引き渡されいろいろな検査を経て個室に放り込まれた。

 そして、目が覚めたら全身をガッチガチに拘束されていた。なにゆえ。


 まず、部屋が変わっている。見える範囲で判断するとここは病室系。淡い色のカーテンが引かれているし。

 おーい、と声を上げると軽快な音と共にカーテンが開き白き衣の男が顔を出し、昨日の出来事はどこまで覚えておりますか? などと開口一番疑問を投げつけてきた。

 いやー、何にも覚えていないですねー。と答えるとオレが起こした事件を簡単に語ってくれた。

 飛び起きたオレは全身を震わせながら暴れて取り押さえようとした職員に噛み付いたり怪我をさせた。らしい。

 で、詳しく検査した結果、オレの病名が確定された。その名も仕事病。まぁ、そうなるわな。ここまで仕事、と言うか作業していないのはひっさびさだしな。

 レッドリストに入っていたのも、もしかしたらかなり重度なのではないかと言う推測も入っていたらしいが実際に検査してみて想定よりもかなり重度のものみたいだったらしい。

 早く処置をせねばということで身体に血液のように巡っている”お仕事大好き”を少しずつ抜いてゆく治療をすることになった。

 オレの症状を緩和させる治療として選ばれたのは最新VRを使った疑似転生だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る