すずめカンストまで祈り忘れず

初月・龍尖

すずめカンストまで祈り忘れず

 

 簡素な貫頭衣を纏っただけのほぼ全裸に近い姿で少女は祈りを捧げていった。

 少女が祈るのは世界の平和、悪を砕く刃、癒やしの光、と言う建前では無く祈りの行為そのものだ。

 聖女候補としての修行たたかいに少女は参加していた。

 名はすずめと言った。

 

 すずめの1日は祈りから始まる。まあ、1日は祈りで終わるのだが。

 共に暮らす聖女候補たちは熱心に祈りを捧げるすずめをどうにか蹴落とそうと躍起になっていた。しかし、どんな事があっても、それこそ自らの命が危機にさらされようともすずめは祈ることを止めなかった。

 すずめにとって祈りとは世界そのものだった。

 祈っている間だけ違う世界に外出することが出来るような、そんな麻薬のような快楽を得ていた。

 すずめの暮らす世界は異形のはびこる世界だ。

 異形を倒すためのにはちからが必要だった。

 ちからを持った者、それを補助するためのちからを持つ者。大きく分けるとちからはふたつに分けられた。

 すずめが持つのは補助するためのちから、ヒーラーとしてのちからだった。

 ヒーラーと言っても幅が広い。単一回復から全体回復、解毒、状態異常回復、逆に与毒や与傷などヒーラーでも攻撃特化となる者もいた。

 すずめは王道をゆくヒーラー構成だった。

 祈り、回復、全体化、降雨。

 すずめが特にこだわったのが祈りだった。

 祈る度にまぶたの裏に映る世界を最初はためらいながら、今は喜々として楽しんでいた。

 すずめは回復と全体化、そして降雨の修行をさっと済ませ残りをひたすらに祈りに捧げた。

 神へ祈っていたのは最初の方だけだった。

 まぶたの先の世界を楽しむと決めた後は祈りを世界に捧げていた。まぶたの先の世界だけでは無く、それこそ自分が見てきた、これから見てゆく世界全てに。

 

 修行を終えた量産聖女たちは各地へ派遣されその土地の勇者や英雄などとちからを合わせ異形と戦う。

 すずめも派遣される時となった。最後の時まですずめは簡素な服で祈りを捧げていた。

 派遣先はウェベンと呼ばれる果ての果てだった。

 最寄りの村からウェベンまでは四半年かかると言われ、その最寄りの村の前で放り出されたすずめはすかさず世界に祈りを捧げた。現実逃避と言われてもしょうがない。

 だがすずめの、彼女の祈りは類稀なる祈りだった。

 荒廃した大地に雨が降り新緑があふれすずめを中心にものすごい速度で広がった。こうして最寄りの村、改めウェゲトは豊穣を約束された土地となった。

 ウェゲトに定住をしてくれと村長から頼まれたがすずめはウェベンに行かねばならないのですと断った。

 ひとりでは危ないからと護衛をつけると村長が言えばわたしにつけるぐらいなら村を護りなさいとすずめは言った。

 何を言ってもすずめが聞き入れなかったので村長はとっておきの護符をすずめに渡してウェベンの方角を指差した。

 すずめは頷き、歩き出した。咽び泣く村長の後ろではムキムキと植物が育っていた。

 

 ウェゲトを出発して数日後、すずめは目を閉じて祈りながら歩くと言う方法を編み出した。すずめは目を閉じていて全く気が付いていかなったが彼女が歩いた後には植物が盛大に育ち、人類に与する生き物が大量に発生していた。

 聖歌を口ずさみ祈りながら歩く。まぶたに映るのはこことは違った世界。

 別世界に没入しながらすずめは少しずつウェベンへと近づいていった。すずめは気が付かなかったが距離をとって異形たちが彼女を護っていた。

 異形たちはかつてただの獣だったものが多い。世界を再生するために自分を修羅に変えたものたちだ。

 そんな異形にとってすずめは希望だった。異形たちは本能でそれを理解した。

 すずめが目を閉じ歩く数歩先を均し時には自らが足場となり先へ先へ、ウェベンへと一歩ずつ変化を受けながら異形たちはすずめを護った。

 やがてすずめはウェベンへと到着した。四半年かかると言われたが無我夢中で歩き続けすずめは一月ほどでたどり着いた。

 それでもすずめは歩みを止めなかった。

 木の支柱に草が立ててあるだけの建物の横を通り抜け、止める声は耳に入らず、すずめは進み続けた。

 すずめの足に地の感覚が無くなった。当の本人はまぶたに映る世界に没入していて気が付かなかったが。

 世界の果ては断崖絶壁だった。下に広がるのは虚無。

 すずめは自身が落ちていると言う感覚もなかった。

 そうして、すずめは世界から消えた。

 後に残ったのは豊穣を約束され自由国家として独立したウェブと言う国だった。国旗にはすずめに渡した護符に書かれた紋様が使われた。

 

 かくして、すずめはその人生を終えた。果てより落ち、虚無に消えたと伝説にはある。

 すずめは次元域をより良い物とする歯車として機構に組み込まれた。すずめはいつまでも世界の為に祈りを続ける。その祈りに終わりのない。

 けれども彼女はそれを喜ぶ。彼女が見ているのは幾つもの別世界。楽し事も悲しい事もどんな事でも幾つでも体験できる世界。

 現実と仮想の境が判らなくなった少女は今日も別世界を生きている。

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