にこいちの親友に彼氏が出来たので、「私用事があるから先に帰るね!」と気を使って1人で下校する女の子と始まるラブコメ
本田セカイ
第1話 紫垣悟の悲運
自分がただの馬鹿であると気づいたのは高校1年の3学期である。
面談の度担任に猛反対を食らいながらも熾烈な受験戦争を勝ち抜き、地元では割と有名な高校に合格した時はざまあみろと思ったものだった。
呆然とする担任を背にして意気揚々と市立長谷塚高等学校へと入学し、燦然と輝く新一年生に紛れて、自分もエリートであるかのような気分で座席へと着いた時は、これから始まる学生生活に思いを馳せたものだった。
「…………何も分からん」
だがしかし、待ち受けていたのは想像以上にハイレベルな授業内容、まるでこれぐらい分かっていて当然だと言わんばかりのハイペースな授業の進め方に、ただ呆然と黒板を見つめるばかりの日々。
だのに人間というのは愚かなもので、合格した矜持も相まってこの時点ではまだ自分は本気を出していないだけと思っていた。
「…………点数悪すぎだろ」
けれども、2学期の期末考査以降、点数は下がっていくのに順位が変わらなくなった所から徐々に現実が見え始める。
普通ならここで足掻きの一つでも見せればいいのだが、自分と周囲との学力の差がより如実になることを恐れるあまり何もせず。
理解力はあるが勉強をしないのと、理解力がないのに勉強もしないとでは全く意味が違うというのに、後者である自分は前者のフリをするばかりだった。
『
そんな言葉を呆れ顔の担任教師に投げかけられても、申し訳なさそうに笑うことしか出来なかった。
すると今度は馬鹿を晒したくないあまり、徐々にクラスメイトと話をするのも億劫になり始める、まあ元から大して知り合いなどいないのだが。
最終的には壁に空いた防音の穴を数えるのが日課となってしまっていた。
そんな姿を見てクラスメイトは陰で俺を『ミカヤン』と呼んでいることを小耳に挟んだのだが意味は分からない、恐らく嘲っているのだろうけど。
「学校……行きたくねえわマジで」
こんなことならちゃんと担任の言うことを聞いておけばよかった、馬鹿が背伸びをして中指だけ届いたとしても、その先にある壁までは登れないのだ。
所詮は詰め込んだ内容が偶然試験と一致しただけ、そんな奴がいるのかと自分でも言いたいが今この時この場所にいるのだからどうしようもない。
2年生となり中間考査も終わった今、あるのは自害の気持ちだけである。
「……帰るか」
SHRも終わり、最早筋トレの役目しかない重たい鞄を背負うと、俺は後ろの扉から逃げるようにして教室から廊下へと出ようとした――
「あ!」
その時、背中を押されるような大きな声に驚いてしまい、俺は恐る恐る教室内へと視線を戻す。
するとはにかんだ笑顔の女子生徒がこう口にしたのだった。
「今日も私用事があるから先に帰るね!」
無論俺に対して言ったのではないので悪しからず。
大体俺に話しかける奴などいる筈もない、いたとしたらそれは俺よりも馬鹿な奴かエリート様のお戯れしか思いつかない。
ましてや、それが
相葉美遊は
とはいえ学校であればそんな痛々しい奴はいくらでもいるのだが、長谷高はそれなりに偏差値もあってか典型的なガリ勉顔の人間が多い。
そんな中で眩く可愛く美しいコンビは彼女達が頂点、隣の席のクラスメイトの名前すら知らない俺でも知っているのだから相当だ。
『シラアイが長谷高にいて俺は幸せだよ』
『全くだ、でも――』
『ああ……』
だが最近、どうやら白井に彼氏が出来たという噂があるらしい。
しかも相手はあろうことかサッカー部の3年で主将と来たもの、結局美人学生は頭ではなく顔がスポーツをする姿に惚れるのだと証明された瞬間である。
まあこの長谷高だと結局頭もいいから始末に負えないのだが。
「頭も悪けりゃ目つきも悪い、スポーツも凡庸な俺には四次元の話だがな」
それに今羨ましがっているお前らだって、どうせ将来は大企業やら政府の犬にでもなって、地位と金に卑しく群がる割と綺麗な女と結婚するんだ。
そんな人間にすらなれない落ちこぼれが横にいることを覚えておけ。
『しかも藍葉さんも最近他校の彼氏が出来たって話らしい』
『最近一緒に帰っていないのはそういうことか……』
『最悪だよ全く』
「お前らの最悪なんて俺に比べりゃ鼻毛みたいなもんだろ」
こそこそ話を聞いていた俺が悪いのではあるが、思わずそんなことをボヤいてしまうと、そのクラスメイトがふっと俺の方を見た気がしたので慌てて身を屈めると走って昇降口へと逃げていく。
「くそ、こんな筈ではなかったのに」
そして日に日に板についてきたお馴染みの台詞をぶつくさと呟きながら、外靴へと履き替え校門を飛び出す。
その際白井と別れた藍葉が俺を追い越すように通学路を駆けていったが、そんな姿すら自分の醜さを如実に比較されている気がして吐き気がした。
○
「欲しいが、金もない」
書店に来ていた俺は、新刊コーナーを目の前にしてそう独り言つ。
普段であれば家に直帰し、自室に引きこもる所なのだが、家にいればいるで先の見えない人生を無限ループで考えてしまう。
なので道草を食っていたのである。近所にも書店はあるのだがあまり長谷高生の目に触れたくないので、学校から少し離れたモールに来ていた。
しかしここ最近散財が増えたせいか、買える本も精々一冊程度しかない、お陰で巻数が増えなくなった単行本も数知れず。
「……『禁断の恋に思わず胸キュン――』」
結局何を買うかも決まらず、宛もなく彷徨っていると少女漫画コーナーに積んであった単行本の帯を無意識に口にしていた。
恋……最後にしたのっていつだっけか。ああそういえば小学生の頃に好きな女の子の悪口言って泣かせたことあったな。
親にも教師にもしこたま怒られて、クラスメイトからもヤバい奴だと思われハブられて、そのせいで口数が減った気がする。
「……小学生のトラウマって響くな」
まあそれはいいとして、少女漫画なんてロクに読んだたことがなかったので、背表紙のあらすじでも読んでみようと手を伸ばしてみる。
すると。
突然すうっと右側から人影が現れたかと思うと、俺が手に取ろうとしていた単行本を何者かが取ろうとしてきたのである。
おお、何と少女漫画らしい展開か、これはきっと運命に違いない。
――と言いたい所だが、そんなメルヘンチックな人間ではない。寧ろ気まずい空気など起こらせまいと、俺はさっと手を引くとその場から離れようとした。
「あ」
のだが、その人間が俺の方をみて何やら声を上げる。
そのまま無視して立ち去っても良かったのだが、今後この書店で度々見かけられるかもしれない相手に、無愛想を根付かせるのは自分が得しない。
かと言って、見ず知らずの相手に饒舌に喋れる程舌の根は潤っていないので、軽く会釈だけでもしようと視線をその相手の顔に合わせる。
「…………」
薄茶色がかったボブのようなウルフカットのような髪型に、瞳は大きいのに少しつり上がっている目尻と、それを補佐するバランスの取れた顔のパーツ。
そして何より、僅かに着崩された長谷高の制服が、それが彼女であることを明確に物語っていた。
「…………」
どこからどう見ても藍葉美遊以外の何者でもなかった。
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