僕達が描く、夏の軌跡

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僕達が描く、夏の軌跡

 夏は正直、あまり好きではなかった。あの焼けつくような暑さ、昼間はずっとうるさい蝉の声、自分の頭がぼうっとなる感覚。それらが何重にも重なる物だから、その苦しみが何倍にも膨れあがっていた。お陰でコンビニに行くのも、一苦労。そこから自分の家に帰って、ジュースの蓋を開けるのも一苦労だった。本当、夏なんて死んでほしい。夏の暑ささえなければ(冬の寒さも同じくらいに苦手だけど)、もう少しはマシになる……わけがないか。そんなのは叶わない夢、「こうだったら良いな」と思う幻想である。

 

 人間の力では、どうにもならない幻想。そんな幻想を抱いても仕方ないが、世界がこうなってはそれも「無意味だな」と思った。昨日までは普通に動いていた世界、僕が自分の家に帰るまで蒸し暑かった世界。男子高校生の夏休み。それが今、見事に壊れてしまったのである。そこら中から聞こえる悲鳴、怒声、爆音。それらと重なった、とんでもない轟音。ここはもう、僕の知っている世界ではなかった。

 

 いつもの日常が崩れた世界、破壊だけが残された世界。そんな世界が今、僕の目の前に広がっていたのである。僕は友達との約束で家を出た後だったが、それがこうも変わってしまっては、流石に驚かざるを得なかった。「世界は一体、どうなってしまったか?」と、そう内心で思っていたのである。こんな事は、創作の世界でしかありえないのに。僕が知っているいつもの風景は、謎の怪物達に壊され、潰され、罵られ。テレビのニュースでも、「原因はまったく分かっておりませんが、世界中の軍隊及びそれに準ずる組織がすべて潰されました」と報じられていた。

 

 僕は……いや、僕だけではない。僕も含めたすべての人が、その報道に泣きくずれた。「軍隊が潰れた」と言う事はつまり、自分達を守る組織がない事。「最後の希望である軍隊自体がもう、無い」と言う事だ。それがない以上は、自分の命は自分で守らなければならない。僕の近くで蹲っていた子ども達も、悲しげな顔で「お母さん、助けてぇ!」と叫んでいた。

 

 僕は、その声に胸を痛めた。その声が悲しげだった事もあるが、何よりも本当の叫びだったからだ。人間が上げる、本当の叫び。「助けて」と「怖い」が、入りまじった声。そんな物を聞かされたら、心が動かされても仕方なかった。

 

 僕は彼女達の不安をなだめようとしたが、そこに例の怪物達が現われた事で、その動きをすっかり止められてしまった。「なっ!」

 

 怪物達は、その声を無視した。あるいは、人間の声自体が解らなかったのも知れない。怪物達は最近のCGでも描けないようなリアルさを思わせたが、その姿はどう見でもモンスターであり、目の前の僕達に襲いかかった姿もまた、洋画の中に出てくるモンスターその物だった。


 目の前の相手を躊躇いなく殺す、残虐で凶暴なモンスター。そんな物が襲ってきたらきっと、どんな人間でも逃げてしまうだろう。僕の近くにいた少女達もすぐさま逃げてしまったし、周りの人達もまた一目散に逃げてしまった。

 

 僕は、その場に取りのこされた。頭の中では「逃げなくちゃ!」と思っていても、身体の方が少しも動いてくれなかったからだ。アイツらの勢いに負けて、その恐怖に打ちふるえて。ありとあらゆる動作、思考、判断ができなくなってしまったのである。唯一残された感情もただ、「死にたくない」と言う思いだけだった。

 

 僕は自分の意思に反して、その場に蹲ってしまった。「い、いやだ!」

 

 死にたくない、死にたくない、死にたくない。僕はまだ、こんなところで……。そう思った瞬間だろうか? 自分の前に風を感じて、その風に思わず驚いてしまった。


 僕は、その風に頭を上げた。風の正体は少女、それも僕と同じくらいの少女だった。夏用のセーラー服を着て、その腰に刀を帯びている少女。その鞘から刀を抜いて、目の前の怪物達と対峙している女子高生。彼女は僕の視線に気づいていないのか、こちらを一度も振り向かないで、怪物達の方にサッと突っ込んでいった。

 

 僕は、その光景に息を飲んだ。その光景があまりに美しかったから。そして、それと同じくらいに醜かったから。僕はその光景を眺めつつも、真剣な顔で彼女の事を見つめつづけた。


「すごい」


 本当にすごい。彼女は果たして、人間なのだろうか? 普通ならすぐに殺されてしまう筈が、その華奢な身体とは反対にして、例の怪物達を次々と倒している。怪物の胴体を切りさいたり、その首を切りおとしたり。彼女の死角(と思う)から襲いかかった怪物も、その気配を感じられて、彼女に自分の身体をぶった切られてしまった。彼女は残りの怪物達も倒すと、刀の血を払って、腰の鞘にそれを戻した。「ふう」


 僕は、その声に息を飲んだ。それは、「疲れた」を意味する吐息ではない。「やれやれ」と呆れるような吐息だ。怪物との戦いに疲れて、その心が「ホッ」とした吐息ではない。僕はその感覚に震えたが、彼女が僕の方を振りかえった事もあって、その気持ちを何とか押しかくした。


「大丈夫?」


「う、うん、何とかね? あの?」


「うん?」


「君は?」


 そう聞いて、すぐに「しまった」と思った。彼女とはまだ、初対面なのに。自分はしかも、彼女と釣りあうような美少年でもないのに。今までの衝撃に感情を思わず漏らしてしまった。僕は「それ」が恥ずかしくなって、彼女の顔から視線を逸らしてしまった。


「ご、ごめん、何でも」


「気にしなくていいわ」


「え?」


「貴方が無事なら、それで良い。それ以上には、何も望んでいないから」


 僕は、その言葉に瞬いた。その言葉に驚いた、それもある。だが、それ以上に変な違和感を覚えたからだ。特に「貴方が無事なら、それで良い」と言う部分にこう、不思議な感情を抱いてしまったのである。彼女がまるで、昔からの親友であるように。


 僕はその感覚に戸惑ったが、それもすぐに消えてしまった。僕が彼女の顔に視線を戻した瞬間、彼女が僕の身体に抱きついてきたからである。


「ふぇ、なっ! ちょっと」


 この子、一体何しているの? 見ず知らずの男子高校生に抱きつくなんて。彼女には、羞恥心のそれが無いのだろうか? 僕は彼女の感触にドギマギしてしまったが、彼女が僕の耳元に「まだ、分からない? 私の事」と呟くと、その緊張をすぐに忘れてしまった。


「は?」


 今度は落ちついて、彼女の顔を見た。「凛」としていながらも、何処か幼さを残す顔を。僕の記憶をかき回す、その不思議な顔を。彼女の身体を少し放しては、真面目な顔でその一つ一つを見つづけたのである。僕は記憶の彼方から一人、それも一番に大事な少女を思いだした。


「ま、まさか?」


「そう、私。私は」


 昔、引っ越してしまった少女。僕が初めて「好きだ」と言い、それに「私も」と返してくれた少女。掛け替えの無い幼馴染。僕達はお互いがまだ小学生だった時、その想いを伝えあった幼馴染だった。それが今、こんな形で再会を果たすなんて。


「覚えている?」


「覚えているよ? 忘れるわけがないじゃない? あの時はまだ、ケータイも無かったから」


「分かっている。私も、辛かった」


「ねぇ?」


「なに?」


「いつ戻ったの?」


 彼女は、その質問に答えなかった。たぶん、答えたくない理由があるのだろう。彼女は周りの様子を確かめて、それからまた僕の顔に視線を戻した。


「離れましょう」


「え?」


「ここに居たら、危ないわ」


「そう、だね。家の家族も気になるし」


 だが、その不安は無意味だった。町の中がこうなっている以上、家の方も無事なわけがない。むしろ、「無事」と考える方がおかしかった。僕の家は想像通り、見事なまでに壊れていた。それだけではなく、家族の方も見たとおりに全滅だった。妹は学校の部活から帰った後に、母親は家のテレビを観ている間にそれぞれ襲われたらしく、俺が彼女達の前に歩みよった時にはもう、その生命をすっかり奪われていた。僕は、その光景に泣きくずれた。


「なんで? なんで? こんな事に?」


 最後の部分が大声になったのは、僕もそれだけ参っていたからだろう。僕は「絶望」と「混乱」が渦巻く中で、幼馴染の両腕を掴んだ。この言いようのない悲しみを癒すように。


「ねぇ? どうして? 僕達が……。これは一体、どう言う事なの?」


「調和が壊れた」


「調和、が?」


「そう。今までは保てていた調和が、なぜか壊れてしまったの。世界の調和力が、なぜか弱まった所為で。私はずっと、それが壊れないように」


 戦ってきた、らしい。彼女の話をまとめれば、そう言う事であるらしかった。彼女はそれを守る調停者、さらに言えば、「守護者である」と。そう言えば、うん、そうだよ。あの頃だってそうだ。あの頃も、今と同じような感じ。彼女自身は(たぶん)気づいていなかったようだが、僕やクラスの女子達と遊んでいる時、そうでない学校行事に加わっていた時も、なぜか「ごめんなさい」と言って、その輪から抜けだす事があった。それも一度や二度ではなく、何回も。彼女は平凡な日常を生きているようで、その実は現実と違う世界、僕の知らない世界を生きている感じだった。


「だけど」


 その努力もどうやら、水疱に帰したらしい。彼女の言葉を借りるなら、その調和力とやらが弱まってしまった所為で。その調和力が弱まってしまったから、今のような状況になってしまった。本来なら交わらない筈の世界同士が、相手の世界へと入りこむような世界に。あの怪物達が突然、人間の世界に襲いかかるような世界に。彼女は「それ」が起こらぬよう、その最前線で戦っていた戦士だった。


 それを知ってしまうと、何だか悔しい。悔しい上に申し訳なかった。そう言う事には(どちらと言うと)信じない方ではあったけれど、こんな惨状を見せられれば、流石に信じざるを得ない。「人間の想像力なんて、たかが知れている」と。そして、「常識なんて物は、簡単に覆されるのだ」と。僕が何かしらの幻、精神病の類や事故の後遺症などでこう言う光景を見ている可能性も考えられたが、そうだとしても、この世界は「あまりに現実すぎる」と思った。


「ごめんなさい」


「え?」


「私、止められなかった。一生懸命頑張ったのに、それでも止められなかった。私と貴方の好きだった、この世界を」


 僕は、その言葉に押しだまった。それに何かしらの言葉、「気にしないで」と言う言葉は、「要らない」と思ったからだ。そんな事を言えば、彼女の心をさらに傷つけてしまう。今まで人知れず、おそらくは「それ」を秘密としていた彼女には、「そんな安っぽい言葉は、かけられない」と思ったのである。だから黙って、彼女の頭を撫でた。僕の隣に座る彼女を、昔と同じように慰めた。公園のベンチに座って、そこから周りの風景を眺めるように。僕は彼女がそれに泣きやむまで、彼女の隣にずっと座りつづけた。


「ねぇ?」


「うん?」


「この世界はずっと、こんな感じなの? 怪物達が人間の世界を襲う」


「たぶん」


「たぶん?」


「今までこんな事にならなかったら。私にも、これからどうなるか分からないの」


 ごめんなさい。そう謝る彼女の顔は、本当に悲しげだった。


「私、何の力にも」


「そんな事は、ない。君が今まで戦ってくれたから、この世界も平和だったんだ。この世界に怪物が現われる事もなく。今みたいな状況になったのは、それを知らなかった僕達の責任だよ」


 彼女はまた、僕の言葉に泣きくずれた。まるで自分の思いを吐きだすように。泣いている間にふと漏らした言葉、「ずっと怖かった! ずっと淋しかった」と言う言葉からも、その感情がハッキリと感じられた。彼女は僕の知らないところで様々な敵を戦っていたが、その実はやっぱり普通、それも極々普通の女の子だった。それが悲しい程に愛おしい。


「でも!」


「いいんだ。それより」


「な、なに?」


「君は最初から、そうだったわけじゃないのよね? 自分が生まれた時から」


 彼女は、その言葉に押しだまった。その言葉に恐怖感、あるいは、不安感を覚えたらしい。彼女の気持ちは推しはかれないが、俺が「それ」を見た限りでは、その感覚が最も近いようだった。彼女はベンチの上から立ちあがって、俺の顔をじっと見おろした。


「女神様に頼まれたの、『この世界を守ってほしい』って。私は……たぶん、そう言うヒロインに憧れていたんだと思う。悪い敵と戦うヒロインに。だから、二つ返事でうなずいてしまった」


「そっか。なら、その女神様に頼めばいい。『私だけじゃ、手に負えない』って。『調停者の人数を増やさなければ、この世界が大変な事になる』と」


「それは、無理」


「どうして?」


「その女神様が死んでしまったから」


「え?」


 どうして?


「女神様が? 誰に殺されたの?」


「分からない。私はこの事態を知って、女神様にもこれを伝えようとした。貴方が今、考えた事も含めて。だけど」


「女神様は、誰かに殺されていた?」


「うん、誰に殺されたのかは分からないけど。女神様は、胸の部分を射抜かれていて。たぶん、『即死だった』と思う。私が見ていた部屋の映像には、争った形跡がなかった。おそらくは、『顔見知りの犯行だった』と思う。そうでなかったら、あんな死に方はしない筈だし」


「そうだね。それは」


 そう言いかけたところで、ある恐ろしい想像が膨らんだ。今の状況にもしかしたら繋がっているかも知れない、恐ろしい想像を。僕は「それ」に震えるあまり、両手の拳を握って、彼女の顔から視線を逸らしてしまった。


「今回の事件、もしかして。そいつが黒幕かも知れない。その女神を殺した、女神と顔見知りの誰かが! そいつは何らかの方法で、今のような状況を」


「ま、まさか! そんなの、何の利益もないじゃない! 私達の世界を混乱に落としたって」


「それは、僕達の理屈さ。僕達がただ、不利益に思っているだけ。そいつからすれば、こんなのはただの遊びでしかないんだ」


 彼女は、その言葉に震えあがった。その言葉に怒りを感じて。


「ふざけているわ!」


「ちょ、ちょっと! 何処に行くの?」


「そいつを探しに行くのよ! こんな事態を招いた」


「ま、待って! 今の話はあくまで、僕の想像」


「かも知れない。かも知れないけど、その原因が分からなければ……どっちみち同じだわ。私達に襲ってくる怪物達をただ倒しつづける日々、そんな日々にただ怯えつづけなきゃならない毎日。事件の真相を突きとめなければ、そう言う日々がずっとつづく」


「それは、流石に」


「耐えられない。貴方も、そう思うでしょう?」


「当り前だ! こんな地獄みたいな世界なんて、真っ平御免だよ! 自分の家族も殺されて、君ともまた会えたのに。そんな世界がつづくとか」


 僕は、ベンチの上から立ちあがった。彼女とたぶん、同じ気持ちで。


「一緒に行くよ」


「え?」


「僕も、一緒に行くよ。君を一人にしたくないし、僕も一人になりたくない。僕達は、ずっと一緒だったじゃないか?」


 彼女は「それ」に驚いたが、やがて「クスッ」と笑いだした。それを見ていた僕が、その笑顔に思わず赤くなってしまう程に。彼女は僕の前に戻って、その身体をそっと抱きしめた。


「私は貴方が心配で、この町に戻ってきた」


「うん」


「貴方に死なれるのが嫌で、貴方のところに戻ってきた」


「うん……」


「行きましょう」


「うん!」


 僕は、彼女の顔を見た。彼女も、僕の顔を見た。僕達は真面目な顔で、昔の約束にうなずき合った。「僕達(私達)が今度会った時は、その時はずっと一緒にいよう」と言う約束に。僕達は……。



 これが、物語の始まり。である。それをじっくり話したいが、今はとりあえず止めておこう。僕達の子どもが、僕に「早く描いて!」とせがんでいるからね。

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