湧き上がる気持ち
ティムと落ち合ってから月花は一言も話さない。何やら機嫌の悪そうな彼女の様子がティムは気になった。
「元気なさそうですが、何かありましたか?」
「……私が変質者に絡まれていたのに、あなたはどうして傍観してたの?」
「変質者? お友達じゃなかったんですか?」
「あんな人、友達じゃありません!」
月花はますます機嫌を損ねて早足で歩き出した。ティムは慌てて、しかし彼女を抜かさないようについて行った。京橋駅から大阪城公園駅までたった二分の乗車時間も、彼にとって針のむしろのようだった。
しかし、駅を降りて大阪城公園に入ると月花も冷静さを取り戻し、悪いことをしたと反省した。
「さっきはごめんなさい、あんなに怒ったりして……」
「いいえ、大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしましたけど」
「本当にごめんなさい」
ひたすら謝る月花からティムは顔を上げて、天守閣の方をみた。
「月花さん、大阪城って誰が作ったか知っていますか?」
「豊臣秀吉ですよね」
「残念、正解は大工さんでした」
ティムは得意気に月花を見たが、彼女がますます塞ぎ込むので慌てた。
「す、すみません……」
「もういいです。お城の中に入りましょう」
大阪城天守閣の中は外観とは異なり近代的で、エレベーターで上まで昇る。周囲には高層ビルが林立しているにもかかわらず、展望台からは広く大阪平野が見渡せる。ティムは先ほどの気まずさも忘れて無邪気に景色を楽しんでいる。月花は彼と同じ方向を見ながら話した。
「さっきの人、友達ではないですけど、同じゼミの学生なんです。彼はなぜか先生からの受けが良くて、それでつい苛立ってしまったんです」
月花はティムに、学業不振のことを洗いざらい話した。
「なるほどですね。ドイツ人はそういう時、違う先生につくか、他の道へ進みます。でも日本人は歯を食いしばって頑張る人が多いですね」
「ティムさんはどちらがいいと思いますか?」
「どちらがいいかはわかりませんが、葛藤しながら健気に生きようとしている今の月花さんを、僕は素敵だと思っています」
「ティムさん……」
月花はティムに寄り添った。ほのかな柑橘系の香りが鼻先をくすぐる。この人と一緒にいたい、そんな思いが湧き上がる。
月花がアパートに帰ると、郵便受けに大きめの封筒が入っていた。差出人は父親だった。
部屋に入って開封すると、手紙と共に若い男性の写真が同封されていた。父親の手紙にはこのように書かれていた。
──見合いの話がある。都合をつけてなるべく早く帰って来なさい。
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