信号待ち

@goti5104

第1話 或る街で

 風が吹いている。この街に来たのは3年ぶりだが前来た時とまったく変わっていないなと田辺は感想を持った。しばらく歩いているとコンビニに着いたのでそのコンビニに入ってみる。携帯の着信音のような入店の音が聞こえ店員が「いらっしゃいませー」と声をかける。田辺は棚に並んでいるおにぎりの中からシャケとおかかを選んでレジに並んだ。レジに並んでいる客たちはロボットのように精気のない顔をしている。それはどこの街でも似たようなものだろうか。田辺は精算をしている時店員にこの場所の名物を訊ねてみた。店員は少し考えたあとで「弁天神社が有名です」と言った。それは聞き慣れない場所だった。店を出たあとで田辺はその場所へ行ってみることにした。しばらく歩いていると着信が鳴った。メールを開いてみると月野からだった。「今どこにいる?」田辺は「S県のF市」だと返信を打った。しばらくして月野からまた着信があった。「ちょっと訊きたいことがあったのでメールした。忙しいならいい」とのことだった。田辺は再び歩き出した。年末の街は閑散としているが中には親子連れもいた。もしかしたら観光客かもしれない。信号を待っていると横にいた恋人らしき二人組が手をつないでいた。なんとなくその様子を微笑ましく思いながら信号が青に変わるのを確認して横断歩道を渡った。車に乗っている老人は暇そうな表情をしていた。しばらくぶらぶらと歩いていた。銀行がありファミリーレストランがあり郵便局があった。どこの街でも変わらない風景だ。きっと今日も数え切れない人たちが銀行で金をおろしファミレスで食事をして郵便局で切手を買っているのだろう。彼はその様子を考えるとなんとなく自分がいまここにいることに不思議な感慨を覚えた。なおも歩いていると大きな鳥居が見えた。きっとここが店員の言っていた「弁天神社」なのだろう。3年前ここに来たときはまったく知らなかった。もし知っていたとしてもここには寄らなかっただろう。鳥居をくぐると中には観光客らしき人たちが大勢いた。彼はしばらくその様子を観察していた。多くの人は神社でお参りをしたり御朱印を買ったりしているようだった。彼もお参りをすることにした。長い列に並んでいると人々の話し声が聞こえてきた。「今年も終わるね」「本年度もお疲れ様でした」そのような趣旨の言葉を発しているようだった。冬の朝はけっこう冷える。彼は手がかじかんでいた。彼は周りにそのような話をする人間がいないことを少し寂しく感じた。彼は41歳にして独身だった。周りが次々結婚していき彼にも焦りのようなものがないでもなかった。しかし「次はお前だな。いつ結婚するんだ」と言われると自分でも不思議なほど結婚願望というものがないことに気づいた。彼には趣味というものがあまりなかったし自分ひとりの生活に満足しているところがあった。一人でテレビを見ながら酒を飲む。それが彼にとっては自由で気ままな生活に思えた。神社の列には先ほどのカップルもいた。カップルは相変わらず手をつないでいた。列が進み人々が賽銭を投げる音が聞こえた。彼は財布の中から50円玉を取り出すと手のひらに握りしめた。自分の番になった。彼は50円玉を賽銭箱のなかに投げると「どうか来年も幸せでありますように」と心の中で祈った。

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