8人目:揃わない者達
そこは常に暖かく、人型の生物が暮らすのに適した世界。
そこは常に忙しい、帝都アルキテラコッタの役所の一角。
猫耳を持つ女、ミーシャは目の前の光景を見て顔を顰めた。
「これは酷いや」
普段は帰還省の執務室にいる時間帯。
今日の彼女はそこには居ない。
ここは、アルキテラコッタ郊外の農業地域。
朝一番に叩き起こされ、緊急の"案件"を告げられて、ワイバーンハイヤーを飛ばしてやって来たのだ。
「…お疲れ様」
「ニ゛ャ゛!」
ミーシャの背後から女の声。
ゾクっと体の内部に突き刺さるような、儚い声色に、ミーシャは飛び上がって振り返る。
「驚かせたね」
話しかけた女…ゴーストのハスミは表情を一つも変えずに言った。
ミーシャは髪の毛を逆立てて、普段は隠している爪を思い切り剥き出しにして身構えている。
「…ハスミかぁ…驚かせないでよ」
臨戦態勢も少しの間だけ。
ハスミの姿を見止めたミーシャは、脱力しつつ呆れ顔を浮かべて彼女の横に並ぶ。
「ごめんごめん。それで…この目の前の光景が…僕が叩き起こされた理由かな?」
ハスミがそう言って、目の前の光景を指さす。
淡々と、緊張感のないやり取りをしていたが、彼女達の目の前にはのっぴきならない状況が展開されていた。
「私も今来たばかりだからなぁ…誰も来てなかったし、まだ何をやるかはサッパリ。でも、課長とか、コロン君辺りは暫く残業確定だね、これは」
ミーシャは目の前の光景を見回しながら答える。
目の前に広がるのは、本来であれば、この時期ならではの美しい小麦畑の景色のはずだ。
「なるほど…この様子じゃ、僕達に出る幕は無さそうなんだけどね」
だが、2人の目の前に広がっているのは、小麦畑だった土地。
煙が立ち込め、何かの破片がバラバラに散らばった土地
焦げた匂いから察するに、目の前の光景の何処かで火が出ていたのだろうが…火は消し止められたばかりの様だ。
「これ、飛行艇の残骸よね?木端微塵だけど…この大きさはかなりのモノね」
「ミーシャさん、そう思うでしょうが、違うんです」
ミーシャの推測に、背後から声がかかる。
今度の声は、落ち着いた男の声。
聞き慣れた課長の声を聞いたミーシャとハスミは、背後を振り返った。
「ハスミさんはご存じかと思いますが」
「まぁ…これが何なのかは分かります。僕も実際の現場に来るのは初めてですが…」
「え?飛行艇じゃないの?」
課長とハスミは、目の前の残骸が何かを知っている。
ミーシャは、課長は兎も角として、ハスミがこの光景を"知っている"という事に、少なからず驚きを受けた。
「飛行艇の事故なら、私達は呼ばれませんよ。これは"転移"してきた物です」
驚きつつも、首を傾げたミーシャに課長は落ち着いた声で説明を始める。
「飛行艇と似た機械の残骸です。私も見たのは2度目…今回も木端微塵なのは、少々残念ですが…ただ、別の場所にはそれなりに大きな破片があるそうです」
課長の説明を受けたミーシャは、改めて木端微塵になった"転移してきた物"に目を向けた。
「はぁ…これが"転移"してきてこうなった…と。この様子じゃ、誰かが一緒に入り込んでいてもどうにもならないんじゃ…例え防護魔法に長けていても、これは防ぎきれませんよね」
「はい。ですが、消火に当たった現地からの報告では、数名分の痕跡が見られたそうです」
課長の言葉を受けて、ハスミがハッとした表情を浮かべる。
「…なるほど?僕の思っている通りなら、その痕跡はココじゃなくて破片の方かな」
推測を課長にぶつけると、課長はコクリと首を縦に振った。
「ええ…そうなりますね。私達がここでしなくてはならないことは多岐に渡りますが…お二人には先ず、その調査からお願いしましょうか」
そう言って、課長は目の前の残骸の方へ…焼けただれた土地の方へと足を踏み入れる。
「この機械の調査に、"破片"から"転生者となるはずだった者の痕跡"を探さなくてはなりません」
「分かった…調査って言うけど、この後始末は…」
「それは、私とコロン君の方で時間を巻き戻すしか無いでしょうね。お二人は西の方にある破片周辺から探ってください」
「了解…転生者が発見されれば、対処はどうします?」
「いつも通りで良いでしょう。元の世界にお引き取り願います。まだ数名到着予定ですが…2人組で動きましょう。今回はお二人で作業をお願いしますね」
・
・
ミーシャとハスミは、課長から出された指示に従って西の方へと歩いてくる。
大体30分ほど歩いた頃だろうか。
2人の視界に、大きな破片が見えてきた。
「あれだ!」
ミーシャがそう言って指を指す。
ハスミは、その光景を見て表情を引きつらせた。
その破片は、この世界のどれとも似ていない物体。
ドーム状?のような形だが…楕円ではなく、一部が少々出っ張って尖り気味な球状になっていて…その上部にはドームの周囲を見回せる窓が付いている。
それを前方とすれば、その後方にはただの円柱が続いているだけだった。
途中で円柱が引き裂かれているようになっており、その後部は恐らく先程見つめていた木端微塵な破片になり果てたのだろう事が容易に想像出来る。
この大きな破片自体も、大きくひしゃげている様で、何の知識も無いミーシャはココから完成形までは想像出来なかった。
「なんか、架空の動物みたいね」
ミーシャはその光景を見て呟いた。
ハスミはそれを聞いて首を左右に振る。
「まさかこれすらも入ってくるとは思わなかったな」
「え?」
ボソッと呟いたハスミの言葉を、ミーシャは良く聞いておらず、思わずといった形で聞き返す。
ハスミは再び首を左右に振った。
「コッチの話…さ、始めよう。この様子じゃぁ…誰かが居たとしても、長くは持たないだろうけどね」
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