九百九十話目 勝手にお宅訪問

「ついさっきまで巨人がいたし、初めて会うからね。そう簡単に出て来てくれないでしょ」


 ハルカが障壁の上に降り立つと、わらわらとコボルトたちが集まってきた。

 何か用事があるわけではないようで、黙ってハルカたちを見上げて話を聞いている。

 イーストンが言うと、ようやくコボルトたちと仲良くなったコリンが、数匹体に張り付かせたままそれに続く。。


「そこの白い子連れてって説得してもらったらどうかなー? ちょっと賢そうだし」


 主にハルカとの交渉、というかおしゃべりをする役目を担っている、自称戦士らしきコボルトをコリンは指さした。白いコボルトは首を傾げ「なに?」と言っている。

 自分一人で行くよりは、確かに交渉の余地はありそうだと思ったハルカは、しゃがみこんでお願いをしてみることにする。


「この下にある山に、コボルトたちが住んでいるんです。一緒に街に行かないかって、誘ってもらってもいいですか?」

「いいよ?」


 あっさりと承諾したコボルトだが、意味を理解しているのかは微妙なところだ。

 

「できますか?」

「わかんない」

「ええと。街はあまり敵がいないので、ここに住んでいるよりは安全です。コボルトの仲間もたくさんいます。お昼間に畑を耕したり、お休みの日はのんびり外を散歩することもできます。一緒に生きたい人がいたら、出て来てくださいって、お願いしてほしいんです」

「……うん? うん!」


 多分言われたことはなんとなくわかったようなわからないような感じだ。

 ただ、物を頼まれていることはわかっているし、いやではないようで元気な返事があった。

 ハルカは少しだけ考えて言葉を変える。


「もっといいとこに一緒にお引越しする人いないか聞いてきてください」

「ん、それならわかった!」


 さっきまではわからなかったということで間違いなさそうだ。


「ええと、じゃあ、抱っこして連れて行ってもいいですか?」

「うん!」


 短めの両手を上げたコボルトをハルカは抱き上げる。

 もこもことしていて温かい。


「いきますよ」

「うん! ……わぁあ」


 空へ浮かび上がるとしばらくの間気の抜けた声を出していたコボルトだが、やがて足を少しばたつかせ始める。


「怖いですか?」

「怖くないよ」


 それでも足をバタバタとはさせている。自分で空を飛んでいるような気分なのかもしれない。

 ホールドの邪魔になるほど暴れているわけではないので放っておくことにしたハルカは、もう一度コボルトたちの住む穴の前へと向かった。大型犬と暮らしたかった気持ちは、ナギと暮らすようになってだいぶ解消されているが、コボルトはコボルトで癒されているハルカである。


 穴の前にある細い道に下ろしてやると、足のばたつきはぴたりと止まった。


「それじゃあお願いしますね」

「うん」

「危なくなったら逃げてくるんですよ」

「うん!」


 ハルカが少しだけ離れると、白いコボルトは普通に穴の前まで歩いて行って、閉じられた扉を開ける。

 すぐ近くにいたコボルトが驚いた顔をして奥に引っ込んでいった。


「ねぇ! お引越しする人いるー?」


 大きな声が穴の中に響くと、その中で反響して別のところからも声が聞こえてくる。入り口はたくさんあるが、中のどこかで穴同士がつながっているようだ。

 しばらくシンとしてから、白いコボルトは振り返ってハルカに言った。


「返事ない!」

「ええと、もうちょっとだけ頑張ってもらえると……」


 一度声をかけただけで何かが解決するとは思っていない。

 ハルカがお願いをすると、白いコボルトは「わかった!」とだけ答えて、あっという間に穴の中へと飛び込んでいってしまった。


「あ、ちょっと待ってください! 外から声をかけるだけで!」


 ハルカが声をかけた時にはもう遅かった。

 ご丁寧にパタンと閉じられて、白いコボルトは穴の中へと消えて行ってしまった。


「あー……」


 ハルカは思案するように声を漏らしてから、すぐに上へと戻り上からモンタナの姿を探す。

 視線をさまよわせると、端の方でレジーナと一緒に明るい緑色の髪の毛を見つけることが出来た。レジーナがコボルトたちを追い払ってるのを利用して安全地帯を確保していたようだ。


「モンタナ、すみません!」

「……どしたです?」


 珍しく慌てた様子のハルカに、目を丸くしたモンタナがやすりと宝石をしまって歩み寄ってくる。


「実はここのコボルトの説得を、白いコボルトの子にお願いしたんですが、巣の奥の方へ一人で入っていってしまいまして」

「放っとけよ」

「中で何かあったらと思うと……」


 先に応えたレジーナに応対していると、すぐ隣までやって来たモンタナがハルカを見上げる。


「僕も入って見てきたらいいです?」

「すみません、お願いできますか?」

「いいですよ」

「ありがとうございます!」


 急いでいたハルカは、先ほどコボルトにしたの同じようにしゃがんでモンタナを抱え込むようにして空へと飛び立つ。

 モンタナは背中に乗るつもりだったが、まあ別にこうして掴まれて困ることも特にない。ハルカであれば乱暴に扱ってくることはないだろうと信じているし、着地とかはこの方が安全である。

 そんなわけで、特に何を言うでもなく、足をプランとさせながら到着を待つことにした。


 しかし途中でやってしまったと気づいたのはハルカである。


「す、すみません、急いでいたもので勝手に抱えたりして」

「別にいいですよ」

「いつも背中に乗るじゃないですか、これだと嫌なのではないかと……」

「背中に乗った方がハルカの手が自由だからそうしてるだけです」

「あ……、そうだったんですね」

「そです。この状態だと僕にできることがないから、できることの多いハルカの手を自由にしてたです」


 感情の問題ではない。

 冒険者として、戦士としての問題である。

 本当のところ、人に抱きかかえられるのは、体が小さいという劣等感が刺激されるのであまり好きではないのだが、モンタナはわざわざそんなことは口にしない。

 先に考えた通り、初めて来た時から今までずっと、ハルカから悪意のようなものを感じたことは一度もないので、モンタナだってそんなことは気にしないのである。


「ああ、なるほど……。モンタナはすごいですね、考えたこともありませんでした」

「そですか? ……どの穴から入ったです?」


 いざコボルトたちの家を見てみると、崖中あちこち穴だらけである。

 

「あー……、た、多分ここ……、でなかったらすみません」


 この返事だと信ぴょう性はあまりない。

 ハルカのことだから七割くらいはあっているだろう。

 もしアルベルトが同じことを言ったら九割は間違ってるだろうなと思いながら、モンタナは腰にさげた小さなカンテラを手に持った。ハルカがいると使うことが殆んどないのだが、たまに一人で夜にうろつくときに使用している。


「火、欲しいです」

「あ、はい」


 何を唱えるでもなく、視線を向けるだけでカンテラの芯に火が着いた。


「じゃ、いくですか」

「モンタナ……」

「なんです?」

「その、もちろん大丈夫だと思っていますが、気を付けてください」


 モンタナは顔を逸らして小さく笑い、それからいつもの表情に戻ってからハルカに答える。


「だいじょぶです」

「ここで待ってますので!」

「そですか、じゃ、いくです」


 モンタナは扉を開けて目視で誰もいないことを確認してから穴へ入り込む。

 高さはかがんでも頭がぶつかるギリギリだった。

 扉をパタンと閉めて、暗さに少し目を鳴らしてからゆっくりと進んでいくと、しばらくして天井が高くなり、何とか直立することが出来るくらいになった。


「あまり、いい環境じゃないです」


 鼻を引くつかせて空気の通りを確認したモンタナは、一人ぽつりとつぶやく。

 独り言に返事が戻ってこないことが妙に新鮮で、モンタナは一度扉を振り返ってから、足早に穴の中へ潜っていくのであった。

 

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