九百八十四話目 巨人は丈夫だからセーフ
視界がふさがるほどの魔法の猛攻を、三人は見事にさばいてみせる。
足元で巨人たちが慌てて避難を始めたが、そんなことを気にしている暇はない。
砕き損ねた岩の塊が体にぶつかることはあるが、三人はそんなものは気にもせず、じわじわとハルカとの距離を詰めていく。
ビュンゲルゲからあり得る攻撃パターンを聞いていたグデゴロスは、他の二人よりほんの少し余裕があったが、それでも今この瞬間に他の長へ攻撃を仕掛けようとは思えなかった。
倒した長の分だけ自分に攻撃が集中してくるようでは、さばくのがより難しくなる。
この場で一番厄介な敵が誰か、三人ともがしっかり理解していた。
しかしいくら前へ進もうとも、ハルカも同じように後退しているため一向に距離が縮まらない。
「うぉおお!」
やがてしびれを切らしたガーダイマが、雄たけびと共に渾身の力で岩の塊を砕き、ハルカに向けてはじき返す。
砕かれた岩は長たちにとってすれば、ぶつかっても小さな怪我を負う程度の大きさだが、普通の人間に直撃すればただではすまない。
避けたところで一気に前進をしようと前のめりになった他の二人が見たのは、何もないように見える空間に弾かれた岩の礫だった。
「無茶苦茶だ」
バンドールがぼやいた直後、はじき返すことに全力を使ったガーダイマが、腹に一撃を食らって後ろにぶっ飛ばされた。
丈夫な巨人族だからあれぐらいで死にやしないが、復帰には僅かに時間がかかる。
ハルカもすぐさま起き上がろうとしているガーダイマの姿を見て、岩の上でいくつかの炎の玉を生み出し、爆発させる。
加減がわからずやや威力を抑え過ぎた爆発は、ガーダイマの表皮を僅かに焼き、髪の毛をちりちりにするにとどめた。腹の上に乗っていた岩まで壊してしまったのは、判断ミスと言えるだろう。
よろめきながら復帰したガーダイマと、じわりじわりと前へ進むグデゴロスにバンドールが叫ぶ。
「我が全部弾く! 好き勝手してるあれを黙らせろ!!」
被弾を覚悟しながら一気に距離を詰めていくバンドール。
バンドールは巨人族こそが最も強いものだと疑わない、頭の固い老人だ。それ以外の種族を王にするなど許せなかった。二人の若い長は忌々しかったが、せめて巨人族を自らの王とすべく、自らを犠牲にして重戦車のように突き進む。
グデゴロスはそんなバンドールの気持ちを汲みはしたが、それ以上に自分こそが王となるべく作戦に乗ってやることにした。
確実にハルカに一撃加えるため、その真後ろにピタリと張り付く。
後ろでは起き上がったガーダイマが、一歩踏み出すごとに地面を揺らしながら、ぐるりと魔法の嵐を迂回しながらハルカへ迫っている。こうなればどちらの武器が先にハルカに届くかの勝負になるだろう。
ハルカのもとへ最初にたどり着いたのはバンドールだった。
刃の欠けた巨大な剣はすでに半ばから折れており、バンドールはそれを放り投げてこぶしを握り振り回す。
その拳は、またしても見えない壁に阻まれ威力を失いつつもそのままハルカに迫っていく。しかし、その時にはバンドールの顎は横から飛んできた、今までよりもやや小さな岩によって射抜かれていた。
グデゴロスはその岩がバンドールに迫っていることに気づき左手に持った手斧を振るったが、今までの岩よりも鋭く速く飛んできたそれを叩き落とすことができなかった。
道を切り開いたバンドールの巨体が崩れる。
グデゴロスは、まだふるっていない右の手斧を、ハルカの体を真っ二つにするべく思いきり振り回す。
左からは顔を腫らしながらやってきたガーダイマが、鉄球をハルカに向けて叩きつけようとしていた。
つまりハルカは、自分の身の丈より大きな巨大な武器に挟み潰されるような形になったわけである。
二人の長も、周りの巨人も、ハルカの体が粉みじんになくなるのだと確信して疑わなかった。王は、グデゴロスかガーダイマになるのだろうと予想していた。
ただ、ハルカの仲間たちは顔をしかめながらも、じっとそれを見つめていた。
響いたのは金属音だった。
ハルカの体がすり潰されて、武器同士が激突したのだと、思った。
コリンでさえ息をのんだし、グデゴロスとガーダイマは互いを横目でにらみつけて即座に武器を引いた。
ハルカは二人の長による渾身の一撃に、障壁を以て迎え撃った。
巨人の規格外の膂力が十二分に込められたそれは、障壁を打ち破りハルカに迫る。
ハルカは瞬間、浮かぶのをやめて落下を始める。
攻撃に耐えうる可能性はあったが、そんな恐ろしいことを実験したくなかった。
自由落下では間に合わない。
下へ射出するように全力で動いたハルカの体は、地面に到着すると同時に半ばまで埋まっていた。見上げればにらみ合う巨人の長二人。
ハルカが下にいることには気づいていないようだった。
頭の上で激しい戦いが始まってしまったので、ハルカは万が一にも踏みつぶされないように少し退避する。振り返るとモンタナと目が合い、そのモンタナが仲間たちにハルカの居場所を伝えたようであった。
アルベルトが戦っている長二人を指さして、何かを言っている。
他の巨人たちの盛り上がりのせいでさっぱり聞こえないが、早く戦いに戻れとでも言っているようだった。
戦っている二人をもう一度見上げたハルカは、一度ため息をついて拳に巨大な岩を纏っていく。
力を示さなければならないのだ。
戦って傷ついて残った巨人族の長を倒したところで、納得できないものもいるだろう。
必要なのは圧倒的な成果だ。
ハルカは空へ無数の魔法を浮かべる。
思わず見上げざるを得ない、隕石のような岩の群れだった。
近くにいたのはガーダイマだった。ハルカは岩の拳を地面に引きずり、それを力の限りガーダイマの足へと叩きつける。
岩が砕けた。そして骨も砕けた。
正面の敵、そして上へ意識を割かれていたガーダイマは、その不意打ちに耐えることができなかった。
足を掬われるようにひっくり返り、丁度ハルカの目の前に顔が落ちてくる。
ハルカは残った左手の巨大な拳を、一歩二歩、前へ踏み込みながら、ガーダイマのこめかみに叩き込んだ。
太い首に支えられた頭部が弾かれて、体ごとガーダイマの位置が移動し、完全に沈黙する。
ハルカに向けて手斧を振り下ろそうとしていたグデゴロスの体に、空から無数の岩が振ってくる。
やられる前にやる。
そのはずの手斧の一撃は、斜めに張られた障壁によってハルカの体から逸らされ、地面に亀裂を作るに終わった。
グデゴロスが意識を失う間に聞いたのは、自分の背中や後頭部に迫りくる岩の風切り音だった。
岩に押し熨されるようにして意識を失ったグデゴロスの横から、ハルカが浮かび上がってくる。囲んでいる巨人たちは、口をぽかんと開けて顔を上げながらそれを追いかけていた。
「よっしゃあ! ハルカ!! よく勝った!!」
アルベルトが叫んだのを皮切りに、巨人たちの間にどよめきが広がる。
「おい! 巨人族は強いやつが一番偉いんじゃねぇのか!?」
アルベルトが地面をダンと踏んでぐるりと巨人を睨みつけると、動揺した「お、おおぉ」という声が僅かに出始める。
それはやがて少しずつ大きくなり、最後には地平線まで届くんじゃないかというような大歓声に変わっていった。
空気が揺れる、草が、木の枝が、地面が揺れる大歓声。
ハルカの勝利が巨人たちに認められた瞬間だった。
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