九百三十四話目 テスト
空気中の魔素が減ったという言葉を受けて、ハルカたちはとりあえず身体強化や魔法の発動に影響がないか確認してみたが、それほど違和感はないようだった。
「うーん、いつもと変わんないね」
「そうだな、ほんのわずかにも違和感はない、ような気がする」
一番魔素を巧みに操っているであるはずのカナも、コリンの言葉に同意する。
一先ず戦うことに支障がなければ、それ以上を考える必要はない。
朝の食事を摂ったら出発する時間だ。
コリンが朝食の準備を始めると、各々好き勝手訓練をしたらあたりをうろついたりし始めた。
もはやウルメアのことを気にして見ているのは、ハルカとイーストンぐらいだ。
ハルカ達が色々と試している間にも、ウルメアは歩いてみたり石を拾って投げてみたりした結果、今はすっかり意気消沈して立ち尽くしていた。
「あれ、どうするの?」
「……ケンタウロスたち相手に反省をさせようかと思っていたんですが、難しいでしょうか?」
「殺されるよ?」
「駄目ですか」
「別にいいけどね」
「駄目ですね、連れて行きます」
イーストンの態度は一見冷たいようだが、ハルカはそれを責める気持ちはなかった。仲間たちのウルメアは生きているべきではないという気持ちを曲げているのが、ハルカの意思であるときちんと理解しているからだ。
「ええと……、現地についたら魔法で檻を作ってそこに入っていてもらうことにしましょう。連れて行って万が一邪魔をされても困りますから」
「……まあ、その辺がいい落としどころかな。あとはこの件が片付いた後にしよう」
イーストンも話すべきことを話すと、食事の準備をしているコリンの近くに腰を下ろし目を閉じた。
残されたハルカのやるべきことは、ウルメアとの対話だ。
この後のこと、これからのことを話さなければいけない。
生かしてそれで終わりならば、殺した方が良いのだから。
ハルカが歩いて近付くと、足音を聞いたウルメアはびくりと肩を跳ねさせて振り返る。持っていた全能感を失い、ウルメアの精神はかなり繊細になっているようだ。
「な、なんだ!?」
「今後の予定を伝えようかと」
「あ、ああ、そうか、わかった」
全身を緊張させているのは、ハルカの魔法や力を知っているからだ。
少しの時間今の身体能力を確認した結果、自分が酷く弱いことを理解してしまったのだ。尊大にふるまっているのはそれを隠すためかもしれないが、目を泳がせていてはそれも一目で理解できてしまう。
弱い立場になったことのないウルメアは、その立場での処世術を持っていない。
「元々私は、あなたをケンタウロスの方々の下へ置いて、罪を償ってもらうつもりでした」
ウルメアは今の自分の力とケンタウロスたちの戦闘力を比較して顔を青くした。
短い期間とはいえ同じ場所で生きてきたから、ケンタウロスたちが家族と誇りを大事にしていることだって知っている。
そのすべてをウルメアは踏みにじってきたのだ。
罪の償い方など知らないし、何をする前に殺されるのが目に見えている。
「しかしそれだと互いのためによくないようですので、一緒に吸血鬼達の拠点まで連れていくことにしました」
「……そうか」
「そこで確認なのですが、ウルメアさんは今、どのくらい戦うことが出来ますか? 能力は完全に失っていますか?」
ウルメアは返答に暫し悩む。
まったく戦えないと返答するのが正解である気がするのだけれど、無能であると宣言することには強い抵抗がある。
「さぁ、どうだろうな?」
「わかりませんか?」
「……っ、わ、からんな」
ハルカに真面目な顔で尋ねられると、心臓がどきどきと早鐘を打つ。
師匠ノクトに続き、ハルカにまで苦手意識を植え付けられてしまったウルメアである。
「……試してみるしかありませんか」
「試すとはなんだ?」
「実際戦って見れば、どのくらい動けるかはっきりするでしょう」
「……なるほど」
「いいですか?」
「…………わかった」
長い沈黙は拒否したい気持ちの表れだったが、ウルメアは結局了承をした。
一度敗北を味わってしまった以上、ハルカにあらがう気がどうしても起きない。
はっきりと自分の意見を述べれば、それなりに考慮してくれる相手であることを、ウルメアはまだ理解できていない。何かを否定ししようとすると『殺します』という言葉と、その時のハルカの表情が脳裏に浮かんでしまうのだ。
ハルカはウルメアを連れて、訓練をしている三人組の下へやってきて声をかける。
「あの、彼女がどのくらい戦えるか確認したいのですが、いいですか?」
「……別にいいけどな」
「……です」
ハルカに妙な提案をされて、アルベルトとモンタナは顔を見合わせた。
どう見たって体を動かし慣れていないし、手合わせして勝負になるとは思えなかった。レジーナも白けた顔をして腕を組んでいるが、ハルカはそのあたりの感覚は理解できない。
それよりも確実にウルメアの能力を見極めなければと思っているのだ。
ある意味現状のウルメアを一番高く評価しているのはハルカであった。
「相手をする人を決めてください。怪我をしても治しますので、そこは心配なさらず」
ウルメアの表情が僅かに歪む。
怪我をすれば痛いのだ。前提で話されても困る。
ウルメアは三人を見てそれぞれを評価していく。
冷静で怖そうなのがモンタナ、でかくて強そうなのがアルベルト、表情が怖いのがレジーナだ。
「そいつだ」
結論としてはどれも相手にしたくないけれど、ウルメアは悩んだ末にレジーナを指名した。これまでレジーナは、ウルメアに対してそれほど厳しい言葉を投げかけていない。
単にどうでもいいだけだったそれを唯一のよりどころにしたウルメアは、寄りにもよって一番選ぶべきではない相手を指さした。
「指さしてんじゃねぇよ、殺すぞ」
そして最初の一言でそれを悟った。
けど今更引くことはできない。
「レジーナ、殺すのはなしで。真剣に戦ってほしいですが、治せるぐらいでお願いします」
「真剣? こいつと?」
何言ってんだこいつというレジーナの視線を受けてもハルカの考えは変わらない。
ウルメアは元々五百年生きた、王たる血を引く吸血鬼なのだ。
少なくとも半分人であり、同じく王たる血を引いているイーストンは、吸血鬼の力がなくたって、アルベルト達と互角に打ち合えるくらいに強い。
「はい、油断せずにお願いします」
「おい、私は……」
何か誤解がありそうなことに気づいたウルメアが抗議の声を上げようとしたところで、ハルカは真剣な顔でウルメアに忠告する。
「多少の怪我は構いませんが、命にかかわるようなことをするようでしたら、すぐに邪魔をします。そうなったときには無事は保証しません」
「…………わかっている。命に係わるようだったら、邪魔をするんだな?」
「ええ、ちゃんと心得た上で手合わせをしてください」
無事を保証してほしいのは自分の方だ。
ウルメアはそう言いたかったが、大事な文言を確認するだけにとどめる。
少し離れた場所でそれを見聞きしていたニルは、我慢しきれずにぶはっと口から空気を漏らして笑った後、慌てて他所を向いて口を両手で押さえた。
「では、はじめます」
ウルメアとて、この五百年の間それなりの戦いを経験してきた。
徒手空拳であっても、吸血鬼の力がなくとも、それなりには戦える。
例えば、一般人相手なら喧嘩に勝つことぐらいはできるだろう。
ハルカの言葉を聞いたレジーナは、手に持っていた金棒を背中にしまう。
もしかしてこいつはわかっているのか? と一瞬期待したウルメアの目に入ってきたのは、レジーナの両手にはまっている鋲付きのグローブだった。
レジーナはもちろん手加減をするつもりだ。
そして、殺さない程度に相手を痛めつける方法を、レジーナはこれまでに生きてきた過程でそれなりに、いや、人並み以上に身に着けてきていた。
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