二百八十四話目 余暇
「ふむ、今日はこの辺りにしておくか。たまには書類仕事ばかりせずに、兵士たちの様子を見るのもいいだろう。仕事ぶりはなかなかだった。冒険者というのはもっと粗雑なものが多いと思っていた。……ウーのようにな」
「旦那、俺は冒険者じゃなくて、さすらいの武人だ」
「一緒だろうが。そもそもなぜ冒険者でないのだ」
「俺の師が冒険者と仲が悪かったからだよ」
「……ウーの話はどうでもいいが、とにかく今日の仕事は終わりだ。コリン、お前もこの後は好きにするといい。明日もまた頼む」
「はーい」
ユーリが広げていた本をノクトがしまう。それを待っているうちに、ヴェルネリの片付けも済んだようで、結局部屋を出る時は全員一緒だった。
陣地の中では生活をするための空間と、兵士たちの訓練をする空間がごっちゃになっている。部屋を出て陣内を彷徨いていると、兵士たちが訓練をしている姿が目に入った。
号令に従って動いてはいるが、決してその練度が高いようには見えない。
コリンはふと、ハルカがここに借金のかたに連れて行かれた人がいる、と言っていたのをおもいだした。
隣にウーが歩いていたので、こっそりと質問をする。
「ウーさん、この人たちって無理矢理ここに連れてこられた人なの?」
「ん、知らねぇ。でもそんなこと言ってる奴もいたな。旦那にききゃいいじゃねぇか。おい、旦那、あいつらってどっから連れてきたんだ?」
ヴェルネリに直接尋ねるのが気まずかったのでウーに尋ねたというのに、その気づかいはまるで無意味だった。
ヴェルネリの表情をそっと窺うと、特に気分を害した様子もなく、訓練のしている兵士たちを眺めている。
「無理矢理というと聞こえが悪いが、あながち間違ってはいない。他領で罪を犯したもの、暮らしが成り立たなくなったものを、金を支払って集めている。しっかり給与は支払っているし、手柄によっては更なる褒美も与えている。食い詰めものが他領で働くよりも豊かに暮らせるようにしているつもりだ。ただ、もとがならず者であることが多いからな。規律は厳しくしているつもりだが。……まぁ、どうしたって使えぬものもいるが。あとは私のところの正規兵もいる。そう言ったものは部隊の指揮官をしていたり、練度の高さを求められる弓兵であることが多いがな」
「冒険者を集めようとは思わないんですか?」
「……そもそも王国には冒険者が少ない。それにこのような辺境には冒険者を集めるだけの魅力もない。さらにいうのであれば、ここから山を挟んで西にあるデザイア辺境伯が領内で冒険者を優遇する政策をとっている。猿真似しても仕方あるまい」
「なるほどー……」
ヴェルネリは最初にあった時と比べると随分饒舌だった。初対面はよほど体調が悪かったらしい。仮眠でなんとかなると思っていたのが不思議だ。
ヴェルネリは兵士たちの方を見て、振り返ることなく続ける。
「人には持って生まれた才能というものがある。自分に合った才能を見つけるのは難しい。一生涯かけても見つからぬことも珍しくない。私は才能に頼らずとも、日々努力していれば満足に暮らしていける社会をつくりたい。そのためには広い耕作地が必要だ。要塞から北の山々に自由に入れるようになれば、製鉄にも力を入れられる。ディグランドには、燃える水やガスが湧き出る場所もあるらしい。……人を資源のように使うのは罪だと思うか? 私は思わないようにしている」
腕を組んだヴェルネリは語り終えて目を閉じて、それからコリンの顔を一度みた。
「ウーよ、そこのコリンは強いのか?」
「さぁ、戦ってるの見たことねぇから。強いのか、ノクトさんよ」
「ん? 強いですよ。冒険者ですから」
なぜそんな話になったのか、疑問に思いながらも、コリンは口を挟まずに黙っていた。それに、ノクトが自分のことを強いと迷わず言ってくれたのが少し嬉しかった。
「仕事が思いのほか順調に進んだ礼に、一つ助言をしてやろう。自信がないからといって、大事な人から目を離すものではない。自慢ではないが、私は体動かすことが滅法苦手でな。強い父や兄に憧れて育ったものだ。そのサポートをして生きていこうと決めていたが、ある日政務室で私が聞いたのは、二人と一緒に赴いていた母の訃報だった。こんなことになるならば、どうにか工夫をして、自分も前線に行っていればよかったと思ったな。それ以来私はずっと、尊敬すべき父と兄の理想を追いかけている」
コリンは不安になって、思わずノクトの方を見る。ノクトは珍しく苦笑しながら、コリンのそばまで歩み寄りながら、ヴェルネリに告げる。
「あまり脅かしちゃダメですよぉ。コリンさん、私が見る限り、そんな簡単にやられたりはしませんよ。……でもまぁ、物事に確実ってことはありませんからねぇ。ヴェルネリさんの意見も間違ってはいません」
全員が黙り込んだところで、ウーが大きなため息をついた。
「あんなぁ、あんたら。いい大人が寄ってたかって可愛い嬢ちゃんいじめてんじゃねぇよ。ほら、自信がねぇんだったら、ちょっち訓練に混ざっていけよ。大人何十人もころがしゃあ、自信の一つもつくだろ。ほら、いくぜ」
のしのしと訓練をしている兵士たちの方へ歩いていくウーを全員がその場で眺める。コリンもどうしたらいいかわからず悩んでいると、ノクトが背中をぽんと叩いてくれた。
「たまにはいいと思いますよ。アル君みたいに、何も考えずに暴れてみるのも。その方がスッキリすることもあります」
「う、うー……、ノクトさんがそう言うなら!」
歩き出そうとしたコリンに、少し離れたところから
ウーが声をかける。
「おい、早くしろよ! それとも本当はその辺の木端にも勝てないほど弱いってのか?」
わかりやすい煽り文句だった。
コリンを元気付けようという意志を感じる言葉でも合ったが、コリンはあえてその挑発に乗ることにした。
「……いいわよ、やってやる! ウーさん、あんたも地面に転がして謝らせてやるから!」
「お、威勢が良くなったな、よしよし」
対巨人の陣地の中で、奇妙な武闘祭が始まろうとしていた。
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