二百八十五話目 類友

「おい、お前ら! たまには外部の奴らと組手でもしてみろ。なんだって経験だからな」


 日が沈みもうすぐ夕食の時間だというのに、そんなことを言いながら乗り込んできた上司に、兵士たちはこっそりと嫌そうな顔をした。あからさまな顔をしてウーにばれると、絡まれてぼこぼこにされるのが怖いからだ。

 コリンは兵士たちの前に立ったは良いものの、居心地が悪くて視線をそらしてノクトとユーリの方を見ていた。


 ウーが槍を片手に兵士たちの前をのしのしと歩くと、兵士たちの背筋がピンと伸びる。視線は遥か前の方を向いており、全員がウーと目を合わせようとはしない。


 全員の前を通り過ぎたウーが、石突で地面をトンと叩き、兵士たちの方を向き直ると、先頭に並んでいるものがびくりと肩をすくませた。


「ようし、選べ! 俺と訓練したいやつは俺の前、あっちの冒険者の嬢ちゃん、コリンと訓練したいやつは、その前に並べ!」


 兵士たちはざわめき、隣の仲間たちの様子を窺って中々動き出さない。しばらく黙っていたウーだったが、三十秒ほど我慢したあげく、スーッと大きく息を吸い込んでから怒号を飛ばした。


「早くしろ! 足腰立たなくなるまでぼこぼこにされてぇか!!」


 先頭にいた数人が慌ててウーの前に並ぶ。

 その後十数人がこそこそとコリンの前に移動してくる。どんなにこそこそ動いたって、これだけの大人数になれば絶対に目につく。まして列を作ったものだから、並んでいる人数の差は一目瞭然だった。

 ウーの前に並んだ五人の兵士たちは、恨めしそうにその兵士たちを見やる。


 ウーはにっかりと歯を見せて笑って、自分の前に並んでいる兵士に告げる。


「よし、お前ら飯食いに行っていいぞ」

「えっ」

「なんだ、訓練してぇのか?」

「あ、はい! 飯食ってきます!」


 駆け足で立ち去る五人の後姿を見送って、笑ったままのウーが残りの兵士たちの方に笑顔のまま振り返った。その目じりはぴくぴくと痙攣しており、ギュっと槍を握り締めた右腕には筋肉がくっきりと盛り上がっている。


「よぅし、馴染みのある上官の俺より、一見弱そうに見える嬢ちゃんをぼこぼこにしてこの場を乗り切ろうとした屑ども。俺がその根性叩き直してやるぜ……」


 そう言いながら近寄ってくるウーの姿に、並んでいる数十人の兵士たちは表情をこわばらせて固まった。コリンにとっては今のところ、顔が怖いだけの気のいいおじさんであったが、兵士たちにとってはそうでないらしい。


 ウーはコリンの横に並ぶと、ふんっと鼻息を吐いて続ける。


「と、言いてぇところだが、今回俺は嬢ちゃんがやべぇ時だけ手を貸すことにする。おい、嬢ちゃん、何人同時に相手できる?」

「……えーっと、とりあえず一人から」

「おいおい、慎み深いじゃねーか。余裕がありそうだったら随時追加ってことでいいか。いいかお前ら、殴られようが蹴られようが転がされようが、俺が辞めって言うまでは続けるんだぞ!」

「それ、私もきつくないですか?」

「ま、いざとなったら助けてやるぜ。先頭の奴、構えろ」


 先頭にいた気弱そうな兵士が、戸惑いながらも先が丸めてある槍を模した棒を、コリンに向けて構えた。コリンがそれに向けて無手で構えたのを見て、兵士は一度棒の先端を空に向けた。


「武器は……?」

「あ、素手なのでお気遣いなく」

「あー、じゃあ、そっちからでいいよ」


 ふらふらと棒の先端を空に向けたまま揺らして言う兵士に、コリンはムッとする。確かに目の前の兵士より背が小さいし、頼りなく見えるかもしれないが、冒険者としてのプライドが傷つけられた気がした。


「ちゃんとやらないと、後悔しますよ」

「ははは、大丈夫だよ。これでも毎日鍛えられてるんだ。流石の俺も女の子には負けないさ。どこからでもかかってきなさい」

「……ならいいけど」


 膝の力を抜いてぐにゃりと体制を低くしたコリンは、そのまま倒れるように前に走り出す。相手に何の動作もさせないまま懐に潜り込んだところで、ようやく反応が返ってきた。

 慌てた兵士が棒を振り下ろしながら、慌てて距離をとろうと片足を浮かせたところで、地面についている方の足を身体強化した右手で払った。


 両足が空に浮いてしまった兵士は、手をバタバタと無様に動かして、そのまま顔面から地面に落ちる。コリンはその頭の横に、思いきり足を振り下ろす。

 場が静まりかえってしばらく、地面に倒れた男が、ゴロンと仰向けになった。額と鼻から出血しており、口呼吸をする男は、鼻声で告げる。


「ご、こうさん……」

「思ったよりやるじゃねぇか。お前は邪魔だからどいてろ」


 地面に横たわった兵士の足を引きずって端に放り投げたウーは、楽しそうだ。


「マジであとで腐れ根性叩き直してやろうかと思ってたけど、そんな必要なさそうだな。よっしゃ、お前ら一斉に掛かれ! 嬢ちゃんに勝ったらそいつは明日休みにしてやる!!」

「ちょっと!」


 コリンの批判は兵士たちの喜びのどよめきにかき消される。先ほどとは違ってやる気満々で棒を構える兵士たちに、コリンも仕方なく手を前に出して戦闘態勢をとった。


 棒を前に突き出して一斉に突進してくる兵士は、驚くほどに血気盛んだ。こんなかよわい少女に向かって寄ってたかって、と思うと、コリンは増々腹が立ってきた。


 やや先走った兵士の棒の先端を滑り込むようにしてくぐり、そのままの勢いで立ち上がり際に顎をかちあげる。足と腕に身体強化を巡らせ、意識を飛ばして体勢を崩そうとした兵士の手首をつかみ、左に並ぶ兵士にぶつけるように投げ飛ばす。


 コリンは、それをチャンスと見て棒を振り下ろしてくる兵士を視界の右端にとらえた。

 今度は身体強化で肘を硬化させ、振り下ろされた棒を迎え撃つ。コリンが身体強化を覚えるにあたって、最も有用に使えると思い訓練したのが、この身体の硬化だ。瞬時に打撃部位や迎え撃つ部位を硬化することによって、装備がなかったとしても、全身を武器とすることができる。うまくいかずに酷い打撲や骨折をすることもあったが、今では随分と素早く部位の硬化ができるようになった。


 肘にぶつかった棒が爆ぜるようにして半ばから折れる。

 驚く兵士の顔を見ながら、コリンは棒の根元を掴み、兵士の身体ごと振り回して、相手の隊列を崩す。


 あとはもう一方的な展開だった。

 各個撃破された兵士たちは、数分後には全員が地面に張り付いていることになった。


 コリンはそれを見下ろしながら自分の口角が僅かに上がっていることに気付き、慌てて自分の頬を両掌でぐにぐにとマッサージする。

 これじゃあまるでアルベルトみたいだ。


 思わぬところで自信を取り戻したコリンは、にやつきが止まらず、顔のマッサージもやめられない。

 アルベルトとコリンの両方を知っているものがいたら、今の姿を見てきっとこう思っただろう。

 類は友を呼ぶ、同じ穴の狢、と。














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