十二章 バルバロ侯爵と島

二百六十話目 岐路

 ハルカの脅しがうまくいったかどうか、それは結果が出るまで分からない。

 しかし、這う這うの体で逃げていった後姿を見た限りでは、中々うまいことやったのではないかと、ハルカは自画自賛していた。


 やれ棒読みだのなんだの言われたが、技術指導をしてくれたイーストンからは、微笑と共に「…………よかったんじゃない?」とのお言葉もいただいた。言葉の前の長い沈黙が少し気になってはいたが、もとよりハルカは演技など得意ではなかったから、百点満点が取れるとは思っていなかった。

 ユーリも「ままかわいいね」と言ってくれた。脅しをした後に貰う感想ではないと思ったが、それも前向きにとらえることにする。


 だからいいのだ。


 思い出すと背中に冷たい汗が垂れるような、耳が熱くなるような、そんな感じになるので、ハルカはこれ以上あの時のことを考えるのはやめた。

 人前で何かをするのには向いていないと改めて自覚したところである。


 旅は続く。


 大竜峰の北側を大きく迂回して、その突き当りには大きな漁港を持つ侯爵領がある。

 ノクトによれば、北の辺境伯、南の公爵を見張る役目を持っている女王派閥の貴族で、これもまた中々のくせ者だそうだ。ただ、信頼は厚いので、わざわざ見に行くほどでもないという。


 北へ行けば辺境伯領、直進で侯爵領、南へ進めば公爵領だ。分かれ道には中々しっかりとした街があり栄えていた。一応名目上は侯爵領であるらしいが、それ以外の二つの領地からも代官が派遣されているそうだ。

 権力争いと言うのは面倒だなぁ、とハルカはぼんやりとその話を聞いていた。


「それで、どうするんですかぁ?」


 ノクトに話を振られ、慌てて姿勢を正す。人が話しているというのに少しぼんやりしてしまっていた。


「イースさんは、侯爵領でご用事が?」

「まぁ、そう言われればそうかな」

「そちらまでご一緒しては迷惑でしょうか?」

「別に構わないけれど……、予定とずれるんじゃないの?」


 ここに来るまでの間に、仲間たちとはなんとなく相談をしていた。イーストンさえ迷惑でなければ、侯爵領にも寄ってみたいというのがハルカたちの総意だった。ノクトの意見に関しては、はじめのうちに旅の行程は好きにしていいと言われているので、特に問題はない。


「それは問題ありません。ついでにおいしいご飯屋さんなんかを教えてもらえると嬉しいですけれど……」

「あ、うん、いいよ。わかった、ご飯屋さんね」


 イーストンは一度目を丸くしてから、返答しながら笑う。遠慮しがちなハルカが、そんなことをお願いしてきたのが、なんだかおもしろかったからだ。

 いつの間にか、そんなお願いをしてくるくらいには近しい存在になっていたのだと気づくと、確かにここでハイさよならと別れるには、少し寂しいような気持ちになってきた。


「じゃあ、案内するよ。バルバロ侯爵領は、結構おいしいものが多いんだ。期待していていいよ」


 イーストンは、暮らし慣れた街を思い浮かべながら、彼らをどこに案内してやろうかと思考を巡らせた。



 夕食を終えて、いつもだったら部屋に戻る前の訓練の時間だったが、仲間たちが一向に席を立つ気配がない。お互いに目配せをしているのに、ハルカの方は見ないようにしている。


 何かあるのかと思って、ハルカもしばらくの間黙って待っていると、モンタナが立ち上がり、袖から何かを取り出した。


「これ、あげるです」


 シルバーに紅い宝石がはめ込まれたシンプルなデザインのイヤーカフだった。


「えっと、これは……?」

「私がつけてあげる!」


 コリンが立ち上がって、モンタナの手からイヤーカフを受け取り、ハルカの正面に立って、ぴたりと止まる。


「えっとー、どっちにつけたらいいかなぁ……。こっちでいっか」


 コリンが身を乗り出してハルカの右耳にイヤーカフをはめ込む。

 そうしてコリンは少し離れてモンタナの横に並び、ニコッと笑った。


「ちょっと遅れたけど、十八歳の誕生日おめでと、ハルカ」

「おめでとです」

「おめでとさん。なんかダークエルフは十八歳で、耳にイヤーカフをつけるんだってよ。受付の姉ちゃんが言ってた。だから俺たちからだ。っつっても俺とコリンは材料用意しただけで、作ったのはモンタナだけどな」


 仲間たちが次々と祝福の言葉をくれるのに、ハルカは少し混乱してから、そういえば誕生日をこの世界に来た日、と言うことにしていたことを思い出した。

 この世界に来て、もう一年が過ぎたのだ。


「ああ、それで最近皆さんこそこそしてたんですねぇ」


 ノクトが、納得したように頷いてから、続ける。


「僕も何か用意しとけばよかったです。ユーリはこの間リボンを上げてましたし、イースさんはこれから先の街で、美味しい食事に連れて行ってくれるんでしょう?  僕からも何かそのうちいいもの上げますからねぇ」

「あ、そ、そんないいんですよ。それと、皆さん、ありがとうございます。自分のことなのにすっかり忘れていました」


 ハルカは慌てて頭を下げて、自分の右耳につけられたイヤーカフをそっと撫でる。似合っているだろうか。こんなおしゃれをしたことはないから、わからない。でもきっとモンタナが自分の為に作ってくれたものなのだから、似合わないってことはないはずだ。


「ハルカさんってまだ十八歳だったんだ」

「ままじゅうはっさい……?」


 ハルカの年齢に驚いているのは、黒髪の二人だ。二人とも、普段の立ち振る舞いから、もう少し年上だと思っていたらしい。

 ノクトが指をフリフリしながら口を開く。


「ダークエルフと言うのは、十八の誕生日を迎えると、その時大切にしている相手からイヤーカフを貰うんです。大抵の場合は両親からになりますね。そういう面から言えば、実に適切な贈り物だと思いますよ」

「そうなんですか……。その……、言葉がうまく出てきませんが、とにかく嬉しいです。皆さん一体いつから準備を……?」


 アルベルトとコリンはニカっと笑い、機嫌よく答える。


「あれだよ、エレクトラムで自由にできる時間が結構あったろ。あそこで準備した」

「私が! 誕生日プレゼント用意しようって提案したんだけどね!」

「そんで俺が一緒に、材料探し回って、モンタナが作った」

「です」


 ハルカは漏れ出す嬉しさに、顔が緩むのを抑えきれずに、三人へ寄っていってモンタナとコリンを撫でてまわす。ちなみにアルベルトには逃げられたが、最終的には無理やり腕を捕まえて、心行くまでそのぼさぼさの頭をかき回してやった。









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