二百五十七話目 待ち人
本日2話目
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話はハルカがめそめそしていた頃にさかのぼる。
四方に張り巡らした障壁に囲まれて、ノクトが山の方を見つめていた。
「ハルカさんたち、いつ戻ってきますかねぇ」
「ねー」
「ほら、さっきあっちに黒雲が見えたでしょう? 多分あれはねぇ、ハルカさんの仕業だと思うんですよ」
「まま?」
「はい。彼女は相手を気遣うあまり、本気で魔法を使ったことがありませんからね。荒療治になりますけど、強い敵と戦わせる必要があったと思うんです。ここの真竜さんは自分の縄張りに強者が現れると、すぐに構いに来ますからねぇ」
「ままのこといじめるの?」
「そうかもしれません。でも僕は、どちらかと言うと真竜さんの方の心配をしていますよ。ハルカさんの実力は未知数ですからねぇ」
「ままはそんなにつよいの?」
「さて、どうでしょう。能力だけで言うのなら間違いなく最強クラスでしょうねぇ。ただそれに比肩する者がいないわけではありません」
「そうなんだ」
「ユーリは賢いですねぇ……」
焚火に薪を放り込んで、ノクトは反対側へ目を向けた。
賊にしては小奇麗な格好をした者たちが、障壁を各々の得物で叩いている。
ノクトが眠れば障壁が無くなるだろうと踏んでいたのだろう。はじめのうちは障壁の外から口汚くののしっていただけだった。
しかし、ノクトが眠ろうが、ぼーっとしていようが障壁が消えることはひと時もなかった。それでついに、こうして力業に出はじめたという訳だ。
障壁を叩く作業も、すでに二日目になる。
だというのに未だに障壁が割れる様子は欠片もなかった。
いつ達成できるかもわからない目標に対して、交代で挑戦し続けられる。そんな奴らがただの賊であるはずがない。
幾度か言葉を投げかけて、所属勢力を探ってみたところ、彼らが公爵領から派遣されたものであると推測できた。マグヌス公爵領は王国の首都からは最も遠く、女王が王宮から追い出した、前王弟が治めている領土だ。
マグヌス公爵は清高派の筆頭で、獣人であるノクトの能力を過小評価している節がある。数十年前に王国で暴れまわった特級冒険者が、ただものであるはずもないのに、マグヌスにはそれがわからない。
かつてノクトが王宮で過ごしていた時期も、聞こえよがしに汚い言葉を吐いていたものだ。殺すのは簡単だったが、女王の為にはならないだろうと、見逃してやっていたことにも気づいていない。
それを勘違いして、ノクトが自分に手を出すほどの実力がないと増長している。挙句の果てに今は、恐らく女王に対する人質として捕えようとしている。表向きは、長寿の薬を手に入れたいとか、健康のために捕まえてほしいと、自分に協力的な貴族をそそのかしているのだろう。
ノクトは自分が捕まったところで、女王の判断が揺らぐとも思ってはいない。しかし友人の娘であり、成長を見守ってきた女王が、そのように侮られていることが腹立たしくはあった。
いっそ捕まって様子を見てみようかと思いもしたが、流石に今捕まるとハルカ達に怒られそうなので、こうして大人しく障壁を張って、敵方の動きを見守っている次第である。
ノクトはユーリに呟く。
「退屈ですねぇ……」
「おもしろいよ?」
ユーリが怖がるでもなく、武器を振るう大人を眺めて言うのを見て、ノクトは笑った。
「これは将来有望ですねぇ。何が面白いですか?」
「あっちのひとより、こっちのひとのほうがたたくのがじょうず。でもたぶんあるのほうがじょうず」
ノクトがそれらを見比べてみると、確かにユーリの言うとおりだった。片方は体のブレが少なく、淡々と作業を繰り返しているが、もう片方は無駄に力が入っていて、まだ寒い時期だというのに球のような汗を流していた。
「……本当に将来有望ですねぇ」
ノクトはユーリの頭を撫でてぼんやりと武器を振るう男たちを眺めた。
最近はハルカたちとずっと一緒にいるせいで、心が以前よりも穏やかになっている気がする。
真っすぐに目標を見つめて、弛まず努力をし続けられる少年。
人と関わることを恐れながらも、他人に優しくできる獣人の子。
将来を見据え、仲間の為に備え続けている少女。
それに、自分を師匠と呼ぶ、世界を滅ぼすような力をもったエルフ。
皆が互いのことを思い合っていて純粋だ。一緒にいるのが心地いい。
たまにこうして人の悪意に触れないと、そのまま彼らを見守りながら年をとっていってもいいんじゃないかと思えてくる。
とはいえこういう癇に障る連中を見ていると、やっぱり早くハルカたちと合流したい気分にもなる。
「一緒について行けばよかったですかねぇ」
「いけばよかった」
「そうですよねぇ……」
すぐさまユーリに肯定されて、ノクトは苦笑いする。
退屈な時間が過ぎていく。
ハルカたちの身については心配していなかった。
大型飛竜相手だと言っても、即死するような攻撃を受けるほど練度は低くないはずだ。大けがを負ってもハルカに治してもらえばいい。
万が一あるとしたら、真竜が耄碌していて本気で攻撃してきた時くらいだ。しかし寂しがりなあの竜が、そんなことをするとは思えないので、やはり大丈夫だろう。
「早く帰ってきませんかねぇ……」
「ねー?」
ノクトは膝の上にユーリをのせて、体をゆらゆらと揺らす。
そうして何度目になるのかわからないやり取りをまた繰り返すのであった。
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