二百五十六話目 帰りはよいよい

 山を下るのにはそう時間がかからなかった。

 邪魔をするものがなく、辿る道も定まっていたからだ。

 途中で一泊して、次の日の夕方にはノクト達と合流できそうだった。


 一応アルベルトの剣は、折れた側も拾って、ハルカの魔法によってくっつけることはできた。しかし、アルベルトの成長具合を考えれば、そろそろ武器の新調を考えるべきなのかもしれない。


 薄暗い森を、モンタナの後に続きながら、ハルカ達は雑談を続ける。


「つってもな、俺武器の良し悪しはわからねぇんだよ。モンタナと一緒に探すか。コリン、金はあるんだろ?」

「いっぱいあるよー? 次の街で探そっか。武器の相場とかはモンタナの方が詳しいかな?」


 三人が武器の話をするのを見ながら、ハルカはカバンに刺した真竜の牙を見る。もう一本貰って来ればよかったかなと思いつつ、仲間たちに提案した。


「この牙をアルの武器に加工するっていうのはどうなんです?」

「それはハルカがもらったんだろ。一緒に訓練するなら、武器くらい持っておけよ」

「そうですか……」


 真竜との戦いで、自分の訓練不足を思い知ったハルカは、アルベルト達がいつもしている訓練に加えてもらうことにしたのだ。確かに剣を相手に素手で戦うというのは、斬りつけるほうが色々やりづらい。

 武器を持っているほうが、相手としても動き方を教えやすいだろうし、武器戦闘の先輩たちのアドバイスには素直に従うことにした。


「っていうか、武器のせいばかりにもしてられねぇよ。もし俺の腕がもっと良かったら、この剣でだって普通に角くらい切れたはずだ。俺の腕が悪いのに、武器を新しくしなきゃならねぇのは、なんか悔しいよな」


 アルベルトは、指先でトントンと剣の鞘を叩いた。親から譲り受けたものだから愛着があるのだろう。


「……そうはいっても、今腕が足りないのは事実だ。それならもっといい武器を用意したほうが、接戦で生き残る可能性は高くなる。またハルカが泣いて暴れても困るからな」

「……なんか、あー……、そうならないように気を付けます」

「別にいいけどな」


 アルベルトは笑う。

 恥ずかしくなって別の方を向くと、コリンも笑っていた。


「私はねー、嬉しかったけどねー。あー、自分がいなくなると、ハルカでもこんなに取り乱すんだって。ホントはアルだってちょっと嬉しかったくせに」


 アルベルトは返事をせずに、前を向いて歩く。こういう時黙り込むのは、図星をつかれたときのアルベルトの癖だ。コリンに対して下手な返しをすると、余計にドツボにはまること知っているので、返事をせずに黙り込む。


「それでも男として、人に守られるよりは守りたいって気持ちは、わからなくもないけどね」


 一番後ろから、イーストンが会話に参戦する。


「僕は旅人でしかないから、冒険者のことはわからないよ。でも、君たちのことを見ていると、少し羨ましい気持ちにはなるね。お互いに信頼し合って、背中を預けて、全てのことを自分たちで決められる。理想の生き方と言っていいかもしれない」

「……じゃあお前も一緒に冒険者したらいいじゃねぇか」


 ぶっきらぼうなアルベルトの返答に、イーストンは苦笑した。


「もしかして誘ってくれてるのかな?」

「そうじゃねぇよ、お前が冒険者になるなら、一緒にやるのも悪くないって言っただけだ」

「……そう。まぁでも、嬉しいけど、そういう訳にもいかないんだよね。東端の領土についたらお別れになるかな。少し寂しいけど」

「……そうかよ」


 アルベルトはこう見えて、結構イーストンに懐いていた節がある。

 訓練を見ているとわかるが、イーストンは強いのだ。力が強いというより、優雅な剣を使う。まるで誰かに小さなころからたたき込まれたような、型にはまった剣術だった。

 だからといって、無茶苦茶に攻めかかると崩せるタイプの道場剣術ではなく、何をされても返しの型があるタイプの、洗練されたものだ。


 下手なアドバイスもせずに延々と訓練に付き合ってくれるイーストンは、アルベルトにとっていい兄役だったのかもしれない。


「どこまで一緒にいられますか?」

「辺境伯領の都へ向かう分かれ道までだね。君たちが元気に冒険者をしていれば、きっとそのうちまた会えるよ」


 それきり会話が途切れた一行は、ギャッギャというかわった竜の鳴き声を聞きながら森の中を進んだ。やがて空が少しずつ開けて、森の終わりが近づいてくる。

 あと数分で森を抜けようかと言うところで、ハルカは口を開いた。


「あの、一応私がそのー……。あー……、泣いていたというのは、師匠たちには秘密にしておいてください。えーっと……、恥ずかしいので」


 ふっと後ろから噴き出して笑う声が聞こえる。

 珍しくイーストンが口元を押さえて、肩を震わせていた。

 ハルカが振り返ってそれを見ていると、見られていることに気付いたのか、イーストンは声を震わしながら謝る。


「あ、うん、ごめんね。そっか、そうだよね」

「……そんなに面白いですか?」

「あ、いや。……ふふ」


 イーストンは返事をせずにまた目をそらした。

 何が可笑しいのかしばらくずっと笑っていたイーストンだったが、ハルカにとっては笑い事ではない。

 ノクトにからかわれるくらいならともかく、ユーリに幻滅されるのはごめんだった。


 森を抜けようとしたとき、モンタナが足を止める。

 それに合わせてハルカ達も止まった。


「……なんかいっぱい人がいるですね」

「なんでしょう?」

「わからないですが、ちょっと回り道して、こっそり進むですよ」


 そういったモンタナは、茂みの中をガサゴソと移動し始めるのだった。






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