二百二十八話目 ネズミがたくさん

 門番をウェストたちに任せて、庭に潜入する。

 庭をぐるりと回り、外から人がいる場所を窺う。

 中で動き回っている人々や、ガラの悪い男たちが待機している場所、それに倉庫らしき場所も見つけることができたが、先ほど門番を殴って家へ入っていった男を見つけることはできなかった。


 二階建てなので、庭から見える場所にはいないのかもしれない。もしくは窓のない部屋にいるか。


 ドアから入ることもできるが、わざわざ警戒されている場所から入っていくことはない。

 男たちのたむろしている部屋では、たばこを吸っているものが多くいて、その煙を逃がすためか、窓が大きく開けられていた。

 家の中にいるからと油断しているのか、男たちが雑談をしているのが聞こえてくる。


「俺たち一体いつになったら帰れるんだよ」

「知るかよ。そんなに帰りたいなら、エドガーさんに言ってみろよ」

「……それができたら苦労していない。タバコを吸う回数もずいぶん増えちまった」

「恨むんなら普段から素行の悪かった自分を恨めよ」

「お前らには言われたくない」

「違いないな。この部隊は全員チンピラまがいの兵隊で構成されてますってなもんだ。せめてエドガーの奴がいなければ、給料も高いし、楽なんだけどな。あんな頭のおかしいやつを雇いやがって」

「おいおい、聞かれたらどうすんだよ。あのバカみたいに腰のあたりから真っ二つにされたいのか?」

「お前らだってそう思ってんだろ」

「……まぁな。あー、早く帰って新鮮な魚が食べたい。ここは海が遠すぎる」


 この後は、街の女の話だの、酒は美味いだの価値のなさそうな話が始まった。

 海沿いの領地の兵隊、恐らくあの髭の男の名前はエドガーで、今回特別に雇われたまとめ役だ。平役たちとの仲はそれほど良くない。


 メイジーの父は、海沿いの伯爵領に出かけて行方不明となっている。この家の元の持ち主も、やはりその方面に商いに出かけて帰ってきていない。

 この家に住む者たちが、メイジーの父の仇である可能性はかなり高そうだ。


 これ以上聞いていても碌な情報が得られなさそうだと判断したハルカは、仲間たちに目配せをして、一斉に部屋の中に立つ男たちの頭に水を纏わせた。

 唐突な水球の出現に男たちは混乱し、バタバタとその場に倒れて行く。

 もがいてそれを外そうと、物音を立てる者もいたが、それほど長い時間もつことはなく、すぐに室内は静かになった。


 モンタナを先頭に、窓枠に手をかけて、室内へ入りこむ。

 最後にノクトが障壁をエレベーターのようにして、ユーリとメイジーを連れて入ってきた。


 全員を拘束して猿ぐつわを噛ませ、床に転がしておく。

 モンタナがドアをそっと開けてあたりを窺い、皆に手招きをした。


 門番が二人、部屋内に六人、あとは家の中を警備する奴らがいるかもしれないが、その数は多くないだろう。

 廊下を歩き、ドアを片っ端から開け、見つけたものには剣を突き付けて拘束したのち、意識を奪い床に転がす。途中階段を見つけたので、その先の部屋はアルベルトとハルカだけで、警戒して周っていく。そうしてそれほど時間を使わずに、一階を全て制圧することができた。

 そしてそのどの部屋にも、恐らくエドガーと言う名であろう、髭の男の姿はなかった。


 階段をゆっくり上がり、二階に来ると、廊下には誰もいない。


「……二人しかいないです。こっちですよ」


 モンタナが小さな声で告げてから、先を歩くのについて行く。

 重厚な木の扉に、高級そうに輝くドアノブがついた部屋の前で、モンタナが足を止めた。

 ぴたりと耳を壁につけて、口元に一本指を立てる。


 ハルカたちもそれに倣って壁に耳を付けた。


「……私はこれで失礼する。お前がまともに協力する意思を持っていないことは分かった」

「なぁに言ってやがんだ。急にきて協力? 何様だてめぇ」

「依頼主からの話だと言っているだろう。命令に従わない奴はいらん」

「おいおい、こんだけの金を稼げて、好き勝手出来るんだ。お前にも甘い汁を吸わせてやる。だからあんな奴の言うこと聞かないで、こっちにつけや」

「……そうだな、お前が明日まで生きていたら考えてやる」

「どこ行くんだ、そっちは窓だぜ。帰るならドアから出て行きな」


 ガラッと窓の開く音が聞こえて、足音が一つ遠ざかる。


「……死ね、いけすかねぇ、糞暗殺者が。明日のこのこ顔出しやがったらぶっ殺してやるからな。わけのわからないことばかり言って、こそこそしやがって」


 椅子のきしむ音がして、男が立ち上がったのがわかる。

 こつこつと足音がドアに近づいてくるのに合わせて、ノクト達がドアから離れた。


 コリンが少し離れたところで弓を構え、ドアの左右にモンタナとアルベルトが剣を構えて待機する。

 ハルカも以前の通り、足を削ぐような位置にウィンドカッターを浮かばせた。


 ドアの前で足音が止まる。


 ドアノブはひねられずに、小さくくぐもった空気を裂く音が聞こえたかと思うと、ドアの周りの壁が破砕され、木くずがあたり一面に飛び散った。


 咄嗟にしゃがんだアルベルトの頭の上を大剣が通り抜ける。しゃがんでいなければ首が飛んでいたところだ。


 扉が蹴り飛ばされて、へしゃげたままノクトたちの方へ飛んでいく。

 メイジーがとっさに目をつむる一方で、ユーリは大きく目を見開いていた。

 前に飛び出したイーストンが、その縁を掴み、無造作に床に放り投げた。イーストンの紅い瞳がゆらりと怪しく光る。



「別に止めてくれなくても大丈夫でしたよ?」

「……身体が勝手に」

「人が良いですねぇ」


 ノクトがへらっと笑いながら言うと、イーストンは気まずそうに顔をそらして答えた。


 全身が見えたエドガーに対して、コリンからは既に矢が放たれていた。

 後ろを気にしてしまったハルカも、一拍遅れてウィンドカッターを放つ。仕留められれば御の字、そうでなくてもアルベルトが体勢を立て直すための時間稼ぎができればよかった。


 モンタナが数歩飛び下がり、アルベルトもそれに続く。

 

「しゃあ!!」


 裂ぱくの気合と共に振り下ろされた大剣は、天井をえぐりながらも加速し、エドガーに向けて放たれた矢と魔法を叩き潰すように消し去った。


「ネズミ共が……!あいつが窓から出たのはそういうことかよ」


 エドガーの唇は弧を描いていたが、それは笑顔と言うより、相手を獰猛に威嚇する獅子のようであった。




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