二百二十七話目 たてがみを持つ男

 メイジーに案内されて門を一つくぐったところで、モンタナが前を向いたまま声を発した。


「四番八人いるです。最初からずっとなので、多分ウェストさんたちですね」

「どうしましょうか」

「ほっとけよ、邪魔するわけじゃないだろ」


 アルベルトが振り返らずにぶっきらぼうに言うので、そうすることにする。おそらくメイジーのことが心配でついてきているのだろう。


「なんだ、ウェストがどうしたんだ?」

「何でもねーよ、前むいて案内しねーとこけるぞ」


 手の甲をしっしと動かして、メイジーの興味をそらす。アルベルトはウェストたちがいると思われる方向を一睨みしてから、ひっそりと一番後ろについてきているイーストンに目を向けた。


「別についてこなくても良かったんだぜ?」

「僕もなんで一緒に来てるかわからないんだけどね。……乗り掛かった舟だし、外に逃げ出した奴とかがいたら捕まえておいてあげるよ」


 コリンがじっとイーストンを見つめていう。


「依頼料は、出さないからね?」

「……そもそも僕冒険者じゃないからいいよ。お金には困ってないし」

「ハルカー、やっぱりイースさん優良物件だよー、ちゃんと抑えておいた方がいいってー」

「はいはい、イースさんに失礼だからやめましょうね」


 コリンはどうしてもハルカとイースをくっつけたいみたいだが、互いにそういう意思を見せたことはない。盛り上がっているのはコリン一人だけだ。


「ほら皆さん、緊張感を持ちましょうねぇ。ほら、ユーリが一番きりっとした顔をしていますよ」


 身を乗り出しているユーリの頬をつついて、にへっと緩い笑い顔でノクトに注意をされる。一番気の抜けた顔をしているのは彼だったが、誰もそれに突っ込んだりはしない。


 やがて遠くに広い敷地を持った、二階建ての建物が見えてきた。

 街の門から入ってしばらくの所にあるそれは真新しく、建てられてからそう時間が経っていないことがわかる。


「あそこは元々新興の商人が建てた家だったんだ。……その商人も、しばらく前に西へ商いに出かけてから行方知らずになっていて、いつの間にか家の名義が奴らに移っていた。確かに商人の筆跡で譲り渡すとされていたらしいから、少なくともそれを書いたときは、まだ生きていたんだろうな」


 しばらく物陰から建物の様子を伺ってみる。

 門番が常に二人立っている。

 時折軽薄そうな若者が門番にぺこぺこと頭を下げて中に入っていき、しばらくするとポケットを膨らませて出てくる。

 恐らくああいった若者が小銭稼ぎ目的で、街に薬を広げているのだろう。


 日が沈み始めた頃に、一人の男が帰ってきた。

 もみあげから顎髭までがつながっており、顔の周囲がたてがみの様になっている男だった。肩の筋肉がボコりと盛り上がり、背中に巨大な剣を背負っている。

 強者の気配を感じる男は、頭を下げた門番たちに面倒くさそうに手を振る。

 耳を澄ませると話す声が聞こえてきた。


「あの陰気な野郎が来てるって?」

「はい、昼前からお待ちです」

「ちっ、会いたくねぇから帰りを遅らせたっていうのに、しつこく待ってやがるな。お前ら追い出す努力位したんだろうな?」

「はっ、いえ、私たちではとてもとても」


 返答が気に食わなかったのか、男はハエでも叩くかのように門番の頬を張った。肉が叩かれる鈍い音が当たりに響き、門番の一人がもんどりうって倒れる。残った門番が、より一層背筋を伸ばして体を硬直させた。


「ちっ、使えねぇ」


 門を軽く蹴り開けて、男が門の中へ消えていく。残された門番は、その男が完全に見えなくなっても、しばらくの間その場で立ち尽くし。たっぷり一分以上待ってから、ようやくもう一人の門番の介抱をし始めた。


「……ありゃ強いな」


 アルベルトがぽつりとつぶやく。


「難しいですか?」

「一人だとわかんねぇ。モンタナと一緒にいけば……、どうだ?」

「……わかんないですけど、大丈夫だと思うです」


 かつてない不安な回答だった。

 ハルカは、表情を曇らせるが、当のアルベルトは気にした様子もなく、立ち上がって服の埃をはたいた。


「行くぜ。あのバカが門番一人のしてくれたからな」


 アルベルトが路地から離れて、ぐにぐにと顔をもんで歩き出す。モンタナが物陰に隠れながらそれに続いた。

 だらだらとした警戒心のない歩き方で門番たちに近づいたアルベルトが、驚いたように声を上げる。


「おいおい、どうしたんだ、大丈夫かよ」

「なんだ、今忙しいんだ」


 介抱を続ける門番が、煩わしそうにアルベルトのことを見上げて、少し身を引いた。均整の取れた体つきと、それなりの背丈、腰に下げた剣を見て少し警戒したらしい。

 アルベルトは武器に手をかけることなくその場にしゃがみ、倒れた男の顔を覗き込んだ。


「あーあー、完全に伸びてやがる。かわいそうに、誰にやられたんだよ」


 そう言って顔を上げたアルベルトに、門番が渋い顔をして何かを言おうとした瞬間、その背後に影が走った。

 静かに駆けたモンタナが、男の背後で飛び上がり、剣の柄で後頭部へ遠慮なしの一撃を喰らわせる。

 何かを話そうとしていた男は、すっていた息を音もなく全部吐き出して、もう一人に重なるようにその場に倒れた。


 アルベルトが彼らを縛り上げている間に、モンタナはそのまますたすたと戻ってきて、ハルカ達のいる路地裏を通り過ぎる。そうしてウェストたちの隠れる場所まで歩いていって強面の彼らを見上げて言う。


「あの人たち隠して、代わりに門番しててほしいです」

「お、おう……」


 くるりとまた踵を返し、ハルカ達と合流したモンタナの背中を見送りながら、ウェストたちは苦い表情を浮かべる。ばれていないと思って、路地裏で身体を小さくしていたのが恥ずかしかった。




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