二百二十四話目 気炎

「奴らの拠点は一番外側の街にある。薬の話が耳に入り始めたのは精々ここ三か月くらいだ。酔っ払いが妙な事件を起こすことが増えて、その件数が異常だったから調べたんだ。まぁ、酒関係はうちの生業だからな。そうしたら、そんな薬が出回ってることが分かった。しかもそいつは常習性が高いらしくてな、買うために身を持ち崩すような奴らまで出てきやがった。街の治安を預かる身としちゃぁ、黙ってみてるわけにはいかねぇだろう?」

「ちょっと待てよ、お前ら別に役人ってわけじゃねぇだろ?街の治安を守るのは、この街の侯爵の役目じゃねぇのか?」


 アルベルトの突っ込みは至極もっともだ。街の治安がそれほど乱れているのなら、法を定めている侯爵が動くべき問題のはずだ。


「ウェストのやつが話してたろ? 薬を売っちゃいけねぇなんて法はこの街にはねぇんだ。ただし、薬をやって罪を犯せば裁かれる。元々善良な一市民がそんな風に落ちぶれていく様は見たくねぇだろうが」

「なるほど、いかにもトムの言いそうなことです。でもそれって、本当にあなたの考えなんですか?」

「……おう、そうだぜ」


 ノクトの質問に、一拍空いてから肯定の返事が戻ってくる。今まで躊躇いのない話し方ばかりしていただけに、その空白はひどく目立った。

 ハルカも感じていたことだが、先ほどから彼女の口から飛び出してくる言葉は、年相応でないものばかりだ。ちゃきちゃきした話し方は、彼女を生意気で考えのない少女のように見せているが、一方でその内容は志の高いものばかりだ。

 彼女のそのアンバランスさがノクトの目には、危なっかしく映るのだろう。


 そもそもこの若さで、組織の長をやっていることがまず異常だった。妙に遠慮している、というかふわふわしていて、いつもの切れ味がないノクトの代わりに、ハルカが尋ねる。


「メイジーさん、失礼かと思いますが、ここのボスの地位を引き継いでからどれくらいになりますか?」

「……貫目がたらねぇとでも言いてぇのか?」

「いいえ。なぜその年でボスと呼ばれているのかが、単純に気になったからです。ウェストさんがよく呼び間違えていたところを見るに、まだ引き継いで短いのでしょう?」

「そこまでわかってんなら、答えるけどよ。引き継いで半年だ。だから何だってんだよ」


 口をとがらせて拗ねたように答える仕草は、普通の少女のようだ。時折表に顔をのぞかせるこれこそ、彼女の本当の姿なのかもしれない。


「では、先代と言うのはどうされたんですか?」

「と……、親父は、一年くらい前に仕事で街を出て、それから戻らねぇ。ウェストのやつは俺に隠してるみてぇだが、恐らくもう死んでる。半年くらい前から、俺のことをお嬢や代行ではなくて、ボスって呼ぶように通達を出してた。二か月で戻る予定が、もう一年。ウェストは言わないけど、俺だって、そんなに馬鹿じゃない。父様も、兄様も、一緒に行った皆も帰ってこない。だから俺がしっかりしないとダメなんだ。お爺様みたいに、強くないとダメなんだ」


 口をキュッと結び、少し上を向きながら話す。メイジーの口調は後半に行くほど、小さく、調子が崩れていった。最後は自分に言い聞かすようにして、そのまま口をつぐんだ。

 誰も彼女の話を急かすことをしなかった。

 しばらく沈黙したのち、彼女は下を向いて、頭を抱えながら小さな声で話しを続ける。


「私も調べたんだ。そしたら、父様たちと一緒に出掛けたはずのやつが一人、薬を売っている奴らと一緒に、この街に戻ってきてたのがわかった。いろんな手配をした後は、姿を見せなくなってるらしいから、もう消されたのかもしれない。もしあいつらが父様たちの仇だというんなら、私は話を聞きたい。私はこの街が好きだから、言ったことは嘘じゃないんだ。優しかった街のおじさんが、路地裏でよだれを垂らして冷たくなっているのを見たくない。嫁を取ったばかりの陽気なお兄さんが、がりがりになって虚ろな様子で彷徨い歩くのを見たくない。残された奥さんは、子供はどうなるんだ。だから、他でもない、私が今すぐ何とかしなきゃいけない。でもそれと同じくらい、父様たちが一体どうなったのか、その真相を知りたい。私は、あんたらと一緒に乗り込まなきゃいけないんだ。安全な場所から黙ってみていられるものか。そんな風に生きるくらいなら、死んだほうがましだ」


 僅かに持ち上げられた顔からのぞくメイジーの三白眼は、めらめらと燃え上がっているように見えた。これまでの借りてきたような、聞こえの言いものとは違う、彼女の感情の乗った言葉は炎のように熱く、ハルカ達の心をも揺さぶった。

 もしハルカ達がここに来なかったとしても、近い将来、彼女は何かしらのアクションを起こしていたに違いない。

 そうしてきっと命を落としていた。


 そもそもハルカがいなければ、背中に短刀が刺さった時点で命を落としていた可能性は高い。それくらいには、メイジーは自分の命を張って、これまでも動き回っていたのだろう。

 死にかけた数時間後にこれだけの気炎を吐けるのだ。そこには彼女の意志の強さが垣間見えた。


 ウェストがあれだけの依頼料を支払ってでも、今の状態をなんとかしようとする理由が分かった気がした。






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