二百七話目 力の誇示

 いつもと同じくらいの時間に目を覚まし、コリンの朝食を食べて出発する。

 ハルカは戦闘に備えて、寝起きから緊張していた。難しい顔でユーリに食事をさせていたが「ママげんき?」と聞かれ、はっとして眉間を指でもみほぐした。


「ごめんなさい、ユーリ。元気ですよ」


 ハルカが笑いかけると、ユーリも笑う。言葉一つで元気になろうと思えるのだから、小さな子供の力と言うのは不思議なものだ。

 コリンが二人の間から顔を出して、ユーリの顔を覗く。


「なんでハルカだけママなのかしら?」

「誰か吹き込んだんじゃないんですか?」

「胸の大きさじゃねーの」


 ぼそっと横でつぶやいたアルベルトが、コリンに後頭部をしばかれる。コリンも決して小さいわけではないが、ハルカのものと比べると常人並みではある。余計なことを言ったとわかっているのか、黙って叩かれているアルベルトだった。

 頭を抱えて小さくなっているアルベルトが哀れで、ハルカは助け舟を出してやる。


「コリンはママって呼ばれたいんですか?」

「別にそういうわけじゃないけどー」

「うーん……、ユーリ、ほら、コリンママですよ」


 ユーリはフルフルと首を振った。


「はるかママ、こりんねーちゃ、モンくん、アル、じーちゃ」


 それぞれを見ながらちゃんとどういう立場か理解しながら呼ぶユーリはやはり賢い。間違いなくただの子供ではないであろうことが理解できる一面だった。

 ノクトとハルカはそれをよく理解していたが、他の三人はそうでもないようで、ユーリをちょっと賢い子、くらいの感覚であるがままに受け入れている。ハルカはこれに、あえて訂正する必要もないかと思い、様子を見ているところだった。


 ユーリの呼び方に、コリンが、にまーっと笑い笑いを漏らしている。


「ふふふ、いいわね。いいわよ私お姉ちゃんね。私弟か妹が欲しかったの。……でもそしたら私もハルカのことママって呼んだ方がいいのかな?」

「勘弁してください」

「どうしよっかなー」


 コリンがハルカをからかっている間、モンタナとノクトは同じようにそっぽを向いていた。二人ともちょっと顔がにやけているのを隠していたが、誰もそちらを見ていない。

 アルベルトだけは首をかしげながらユーリを覗き込んでいた。


「おい、ユーリ。なんで俺だけ呼び捨てなんだよ。アルにーちゃんだろ」

「アル」

「アル兄ちゃん」

「アル!」



 何度か訂正しようとして繰り返すが、指をさして楽しそうに呼んでくるユーリはその呼び名を訂正する様子はない。


「ユーリなりの親愛の証じゃないですか?」

「なんか納得いかねーけど、そういうことにしておくか」


 ハルカが笑いながらアルベルトに言うと、アルベルトは腕を組んで首を傾げた。

 食事を終えると、二日間世話になった野営地を後にする。

 その野営地には昨日の訓練によって、焦げた倒木が無数に積み上げられていた。きっと次にここを使う人は、薪は困らないだろう。






 目で見えるところに街の壁が見えてくる。

 その壁は確かに今まで立ち寄った街に比べると低く、背の高いものが腕を伸ばしたら手がかかるくらいの高さしかない。また、街の外に農地が広がっており、普段であればそこで農作業をするもの達もいそうだ。農地までをも壁で囲うほどの余裕がなかったのか、あるいは壁を作ってから農地を拡大したのか。

 どちらにしても破壊者ルインズとの戦いの最前線であるオランズでは絶対に見られない光景だった。

 

 街の外に兵隊が並ぶ。

 ほとんどの兵の顔は緊張していたが、ハルカ達一行の姿が近づいてくるにつれて、その顔が徐々に訝しげなものに変わる。そうして姿を完全に視認できるようになると、あからさまに気を抜いたものも現れはじめた。

 仲間の話から、どんなに恐ろしい冒険者の護衛がついているのかと思えば、子供みたいな五人組に、赤ん坊まで連れている。

 後方でぶるぶると体を震わせている二人の兵士を、馬鹿にしたように小突くものも出始めた。


 大事を取って後方に控えていた男爵はハルカ達の姿を見ると、にやりと顔をゆがませて、兵士たちに指示を出し、道を空けさせた。

 その真ん中を悠々と歩き、ハルカ達の正面に立つと、男爵は声を張り上げる。


「昨日は我が領の兵士に対し目に余る行為があったと聞く!今手を引き……」


 男爵が話している途中で、ハルカは手を挙げた。

 もろ手を挙げて降参したわけではない。片手を空に向けて、そうして魔法を一息に展開させる。


 兵士の数が凡そ八十人。余裕をもって二百のファイアアローを話す男爵に、兵士たちに見せつけるように展開した。

 男爵が口を閉じたのを見て、今度はハルカが声を上げた。女性にしては幾分か低い声は、冷えた空気に良く響く。


「兵士に後をつけさせたうえに、兵士を並べての歓迎とはいかなるものでしょうか?後ろの二人には、次に会ったら死を覚悟するように伝えていたはずです」


 その声が聞こえて逃げ出した二人の兵士へ、炎の矢が勢いよく飛んでいく。逃げ出した兵士の後頭部に命中したそれは、一瞬兵士の頭を燃え上がらせる。ばたりと糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した兵士をみて、全員に動揺が広がる。


「話し合いをしましょう。あなた達が暴力に頼るのであれば、私たちもそうします。話し合いに協力する物には沈黙と静観を求めます。手向かうものは相手をします。逃げだす者には炎の矢を……、あなたも一緒ですよ、ザッケロー男爵」


 じりじりと兵士に紛れていき、後方へ撤退しようとしていたザッケロー男爵の逃走経路にファイアアローを一つ打ち込んで牽制する。男爵は顔を真っ赤にして怒りの表情と共に振り返る。ぎりぎりと歯ぎしりをしてから、唾を散らしながら兵士たちへ叫んだ。


「あの無礼者どもを始末しろ!!」


 男爵の激に従い、隊長格であろう兵士が指示を出す。


「構え、前へ!」


 兵士たちは動揺しながらも、辛うじて訓練通りに槍を前へ突き出した。全員がフロントにいるわけではないが、流石にこの人数が一斉に動くと、練度はともかく壮観であるには違いない。


「アル、モンタナ、コリン、やれますか?」

「あいつらビビってるから、余裕」

「まかせるです」

「はーい、準備できてるよ」

「危険があれば援護を。間に合わなければ障壁を張ります。では、頑張りましょう。前線を乱したら戦闘に入ってください。抜けてくる者はすべて私が止めます」


 足並みはやや揃っていないが、この人数が一斉に突撃してくると地面も揺れる。

 ハルカが前線を走る兵士に当たりをつけて、一斉にファイアアローを放つ。それが着弾する前に、アルベルトとモンタナが剣を抜いて集団へ駆け出した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る