二百五話目 存在証明

 捕まえた男も含めて、全員が焚火を囲んで食事をしている。

 縄は既にほどいているが、逃げ出す様子はない。ほどく前にノクトが脅していたので、さもありなんと言ったところだ。脅し文句は『逃げてもいいですけど、気づいた瞬間全身をプチッとします』だった。とてもじゃないが逃げ出そうとは思えないだろう。


「んで、こいつどうするんだ?」


 アルベルトがスプーンで男を差して、尋ねる。男はびくりと体を震わせて、縮こまっていた体を一層小さくした。


「ただ飯ぐらいはいらねーだろ。つっても、次の領地では騒ぎになりそうなんだろ?戻って直轄領に突き出すのは時間の無駄だし、ここで置いてったらまた悪さするかもしれねーぜ?」

「んー……、どうしよっか?」

 

 チラリとハルカの方を一瞬見たアルベルトとコリンに、ハルカも気づいていた。矢が刺さったままあの場に放置しておけば、そのうち野生動物に襲われて死んだはずなのに、それを助けたのはハルカだ。


「私が決めてもいいんですか?」

「納得できなきゃ途中で口挟む」

 

 仲間たちがアルベルトの意見に頷いたのを見て、ハルカは食事の手を止めて男を見つめた。


「私はハルカ=ヤマギシと言います。知っての通り冒険者です。これから大事な話をします。その前にあなたの名前を教えて下さい」

「シモン、俺の名前はシモンだ。でもなんでそんなことを……?」

「ではシモンさん。あなたは死にたくないですか?」


 シモンは名前を呼ばれた時、その久しぶりの感覚に戸惑った。

 家を出てからは「おい」とか「お前」とか、そんな呼ばれ方ばかりをしていたからだ。一緒にいたならず者たちのいったい何人が、自分の名前を知っていたかもわからない。


「死にたくない……、死にたくないです」

「シモンさんが殺した人も、見殺しにした人もそう思っていたでしょうね」

「わかってる、わかったんだ、殺されそうになってわかったんだ。悪いことをしたと思ってるんだ。家じゃいらないモノ扱いされて、追い出されて、俺が一番不幸だと思ってたんだ。だから、恵まれた奴らなんて、……だから、だから」


 言い訳を重ねようとして、シモンは黙り込んだ。目の前にいる神秘的な容姿をした女性は、シモンの言うことを遮らずにただ聞いてくれている。シモンのくだらない妄言を黙って聞いてくれた人なんて、これまで一人だっていなかった。自分がくだらないことを言っているとわかっていた。

 これ以上彼女の耳に汚らしい言い訳を聞かせるのが恥ずかしくなってしまった。

 

「辛い境遇だったんですね。しかし、だからこれからも、人を殺して奪うというんですか?」

「……それはしない、もうしたくない。毎日腹減らしてたって、馬鹿にされたっていいから、普通の仕事を探して……。そうだ、冒険者とかになって下働きをして……」


 先のことを考えるほど、死ぬのが怖くなった。考えるほど、普通に生きていた人を平気で殺していた自分がおぞましい獣に思えた。

 そして不意に思った。

 あ、自分は死んだほうがいいんだと。


「……俺、どうせ死ぬならハルカさん、あんたに殺してほしい」


 シモンはそう言って目をつぶり、下を向いて首を垂れた。どうせ絞首刑になるくらいなら、自分を獣から人間に戻してくれたこの綺麗な女性に殺されたかった。神様なんてどこにもいやしないと思っていたけれど、思いもがけず綺麗な死神に出会えた。シモンは粛々と自分の神様から与えられる死を受け入れようとしていた。


 一方ハルカは困惑していた。

 折角助けた命だったから、何とかして改心させられないものかと話をしていたのに、突然殺してほしいと言われてしまって大混乱である。

 慌てて他の仲間たちの方を見るも、どうしてこうなったのかわからない仲間たちは、首を振るか、視線を逸らすかで助けてくれそうにない。アルベルトはめんどくさそうに口パクで「ころせば?」と言って、びっと自分の首の前で親指を横切らせた。

 こういう時の仲間たちは頼りにならない。ハルカは悩みながら話を続けることにする。

 

「死にたくないのでは?」

「死にたくないけど、俺、もう死にたくない人殺してるから、死んだほうがいいんだ。どうせ死ぬなら、名前も知らないような奴に殺されたくない。俺のことを知ってる人に殺されたいんだ。お願いだ、俺のことを殺してくれ」


 シモンは顔も上げずにそう言うと、また下を向いて押し黙った。

 ハルカはこそこそとモンタナの横に行って、小声で尋ねる。


「あの、あれ、本気で言ってますか?」

「と思うです。まっすぐです。神様にお祈りしてる人みたいな色をしてるです」

「え、えぇ……?」


 ハルカは困惑したまま元の位置に戻って仲間たちの様子を伺いながら口を開く。


「シモンさん……、えー……、あなたが死にたいと願うのなら、私は生きてみてもいいのではないかと思います。人の命が失われることの重大さを考えられたのであれば、今からでもやり直してみてはいかがでしょうか? いつかあなたが立派な冒険者となって再会することを約束してくれるのであれば、私はあなたのことを見逃そうと思います」

「俺、生きていて、いいんでしょうか?」

「あなたが傷つけ殺めた人よりたくさんの人を助けてください。私が今あなたを見逃したことを後悔しないように、判断が間違っていたと思わせないようにしていただきたいです」

「お、俺、一生懸命生きます。いつか、立派になって、またハルカ様に会いに行きます。絶対に、絶対に後悔はさせません……」


 顔をぐしゃぐしゃにして泣き始めた男シモンに、ハルカは本当に大丈夫か少し不安になる。しかしモンタナの方を窺うと、モンタナは大きく頷いてくれている。おそらくこれはシモンの本心なのだろう。

 

 ずびずびと涙と鼻水を垂れ流したまま、シモンもまた関所に向けて歩き出す。ハルカはその背中を複雑な気持ちで見送った。

 シモンは、水と食料を分けてもらっては五体投地し、ハルカがプレイヌまでの道を教えてやれば涙を流して頭を下げる。いちいちモンタナの様子を見てみれば、そのどれもが心の底からやっているようなのだ。これですぐさま態度を変えて悪党に戻るのだとしたら、よっぽどの演技派だということになる。

 結局生かして解き放つことになってしまったが、仲間の誰もがそれには反対しなかった。「少なくとも俺たちに直接害はないからな」というのがアルベルトの意見だ。


「相変わらず甘々な裁定でしたねぇ」

「やっぱり駄目だったでしょうか?」

「さぁ、どうでしょうか。それは時間が経ってみないとわかりませんよぉ」

 

 意地悪な言い方で笑うノクトだったが、機嫌は悪くなさそうだった。

 

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