百八十話目 こっそり出発
「これで皆さん揃って四級ということになります」
ドロテの報告に、アルベルトはぐっとこぶしを握った。
「パーティメンバーのままチーム登録されるのであれば、手続きは必要ありません。これからの依頼達成は、特別な場合を除きチーム単位での評価となります。あなた方の場合は、今までもパーティで依頼を達成し続けていますから、特に変わりはありません」
「明日には出発してしまうのですが、何かしておいた方がいいことはありますか??」
「お早いご出立ですね。こちらでは何もありません」
「ありがとうございます。折角依頼をいただけているので、どんどん働こうかと」
「良縁に恵まれたようで何よりです」
落ち着いた様子のドロテに手続きをしてもらうと、安心ができる。淡々と仕事をこなす彼女を苦手に思う冒険者もいたが、ハルカは冷静な彼女の仕事ぶりを評価していた。
彼女の内心については、知らぬが仏と言うやつである。
オランズの友人達、というのをハルカは照れ臭く思っていたが、その人たちに頼んで、明日以降必要になりそうな消耗品を買ってきてもらっている。なるたけいつも通りの行動を意識して、ギルド内でのんびりしていた。
今も外では兵士がこっそりこちらを伺っている。
多人数で戦闘を行う兵士よりも、冒険者の方が隠密行動には長けている。また他人のそれを察知する手段もまた冒険者の方に分があった。兵士が傍に現れると、モンタナが小さな声で知らせてくれる。
ハルカはいつまでもモンタナだよりもどうかと思い、察知するためのコツを聞いたことがあるのだが、モンタナが首をかしげて考えてこんでしまって結局返事は帰ってこなかった。モンタナのこれは、動物的な勘に拠ったものなのかもしれないとアドバイスをもらうことは諦めた。
魔法をうまく使えばばれないように探索できるのかもしれないけれど、やり方が思い浮かばない。誰かが潜んでいることに気が付くための魔法となると、常時魔法を展開しておく必要がでてくる。
人があまりいないところならばともかく、街中でこちらを窺っているものだけを判別するのは難しいように思える。
するとやはり、魔法だよりではなく察知できるよう訓練したほうがいいと思うのだが、その方法もわからない。結局堂々巡りで何も解決せず、モンタナに任せきりになっていた。
夜にまたこの街で仲良くしてくれているものたちが宿に集まり、飲み食いしていく。冒険者にとってこうして宴会のような騒ぎをするのは日常的なことだったから、兵士たちもそれに違和感を覚えることはないはずだ。
土産と称して持ってきてもらった携帯食やその他消耗品を預かる。
そうして夜が更ける前に、それぞれが自分達の拠点に戻っていった。ハルカたちも早々にそれぞれの自室へ引っ込んで体を休める。
今まで妙な態度を見せてこなかったおかげか、夜になると兵士の監視はいなくなる。そうしてまた朝食の頃に現れて、宿を出るとついてくるのだ。
明日の朝、彼らがこの宿の前に現れた頃にはハルカたちはもう旅路を進んでいることになる。
あとはいなくなっていることに、いつ気がつくかだ。
いく先は信頼できるものにしか伝えていないし、出発する時に門兵には情報を渡さないようにお願いしていくつもりだった。
実はそんなことをしなくても、この冒険者の街では気軽に他人に行先を教える門兵はいないのだが、念のためである。
ハルカとコリンの部屋が控えめにノックされる。
寝過ごしたかと一瞬焦るが、外はまだ暗く、日が昇っていない。ホッと息を吐いて、小さく返事をして、コリンを揺り起こした。
すぐに出かけられる格好で休んでいたので、荷物だけを引っ提げて、すぐに扉を開ける。
眠たそうに目をしょぼしょぼさせるアルベルトとモンタナ。それからニコニコとすっきり目覚めているノクトがそこで待っていた。
老人は早寝早起きなのである。
前日のうちに宿の主人には、今日の出発のことと、軽い事情を説明してある。そのまま大きな音を立てずにそっと宿の裏口から外へ出て、西の門へ向かった。
門兵と軽く挨拶を交わして、街の外へ出る。
森の奥が青白くなり、ゆっくりと空の暗闇を晴らしていく。澄んだ空気を吸い込むと、鼻の奥が冷気で少し刺激される。乾燥した、爽やかな夜明けだ。
見送りの者はいなかったが、別れの挨拶は昨日のうちに済ませていたから寂しくなかった。
「どうやら今のところ出発を気取られてはいないようですね」
「こんな朝っぱらか出てきて気づかれてたらたまんねーよ」
鼻の下をぐしぐしと擦りながら、アルベルトは半分とじた目で返事をする。明日早いと言っているのに、みんなが布団に寝転がった頃に、習慣の訓練をし始めていたから、仕方ない。
モンタナとコリンは目が覚めてきたようで、街を振り返ったり、地図を見たりしている。
今回は最初にコーディたちと進んだ道を辿っていく予定で、道順はハルカの頭に入っている。なのでコリンに地図を持たせて、方向音痴を矯正していくつもりだった。
「今回は前より長い旅になりそうですね」
「楽しみです」
「そりゃまぁ、楽しみだよな」
ハルカの横に並んだモンタナが、ほぅっと白い息を吐いて答えると、追いついてきたアルベルトも目を擦ってから大きく伸びをしてそういった。
相変わらず障壁の上に乗って楽をしているノクトも、若者たちの会話を聞いて楽しそうに笑う。
ただコリンだけは、難しい顔をして地図と睨み合いながら歩いていた。
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